万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ウクライナ危機で露呈する電力自由化のリスク

2022年09月21日 10時46分32秒 | 国際経済
ウクライナ危機に端を発したエネルギー不足の問題は、今日、世界的な電力価格の高騰をもたらしています。電力価格の上昇は国民生活を圧迫するため、各国政府とも対策に乗り出しているのですが、もう一つ、欧州市場の統合に伴っていち早く電力自由化を進めた欧州では、思わぬ問題を引き起こしているそうです。それは、電力企業の財務危機です。

それでは、何故、エネルギー資源不足が電力企業に財務危機をもたらすのでしょうか。たとえ発電コストが上昇しても電力価格に上乗せすれば、深刻な危機には陥ることはないはずです(最終的に消費者に転嫁されるため、必ずしも望ましいわけではありませんが・・・)。実のところ、財務危機発生の要因は、欧州電力市場の自由化にあります。電力企業が直面している危機とは、ヘッジ取引における追加証拠金の調達難にあるからです。

電力の自由化とは、発電事業の新規参入の自由化のみを意味するわけではありません。自由化政策に伴い、発電した電力を売買する卸売市場、小売市場、並びに、先物取引市場における売買も自由化されるのです。この結果、電力価格は市場取引によって変動することになりますので、価格変動による損失を回避するために、電力事業者は、先物取引市場においてヘッジ取引を行なわざるを得なくなるのです。そのヘッジ取引に際して要する証拠金は、総額1兆5000億ユーロ(凡そ150兆円)を越えるとされており、簡単に調達できる額ではないのです。

ウクライナ紛争における戦局によって将来の電力価格が左右されるとなりますと、電力事業者のみならず、国民にとりましても電力の自由市場は脅威となりましょう。ヘッジ取引が絡むという点で、背後にジョージ・ソロス氏などの金融勢力の存在も疑われるものの、投機的なマネーも流入すれば、先物市場におけるバブル崩壊もあり得る展開となります。しかも、各国政府が電力事業者への支援を始めているともなれば、政府の‘介入’を見越した外国為替市場におけるポンドの売り浴びせに類似した事態が発生するかもしれません(1992年9月16日に発生したポンド危機・・・)。すなわち、その結末は、公的支援を行なった政府が巨額の損失を被る形で、ヘッジファンドが大儲けをするというものであったのです。金融・経済財閥連合がウクライナ紛争、つまり、ロシアとウクライナの両国を上部からコントロールしているとすれば、同シナリオは、予め仕組まれていた可能性も否定はできなくなります。

エネルギー資源産出国が当事者となる紛争は、電力市場を介して金融危機をももたらすリスクがあるのですが、これは、化石燃料を使用している電力事業者のみの問題ではありません。先ずもって、自由市場で自社の電力を取引している再生エネ事業者には、化石燃料部門での資源高騰の影響が波及してきます。現状では、電源をコスト・フリーの自然から得ている再生エネ事業者は‘棚ぼた状態’にあり、紛争利得者の一人に数えることができます。しかしながら、電力市場で売買を行なう限り、ヘッジ取引に要する証拠金は、これらの事業者にも求められます。また、再生エネ事業者への補助金制度であるFIP(Feed-in Premium)にあっても、市場価格と連動する参照価格が高くなるため、プレミアム単価は政府から受け取れないこととなります。なお、欧州ではカーボンニュートラルが世界に先駆けて強力に推進されながら、化石燃料部門における供給不足が甚大な危機をもたらしている現状は、図らずも、同地域の化石燃料資源への依存度の高さを露呈しているとも言えましょう。

日本国内にありましては、電力事業者の資金調達問題は海の向こうのお話として扱われていますが、近い将来、日本国も同様の危機に見舞われる可能性があります。電力自由化に伴い、日本国内でも90年代後半から自由化が進み、2003年11月には、電力のスポット取引や先渡取引などを行う日本卸電力取引所が開設されました。欧州をモデルとして上述したFTPも2022年4月から運用が開始されており、資源エネルギー庁も再生エネの自由取引拡大を基本方針としています。

しかしながら、江戸時代の飢饉の原因の一つが、米市場での取引を優先した藩政であった事例を思い起こしましても、人々の生命や生活の維持に必要となる‘必需品’を自由市場に委ねるのは危険です。今日では、金融勢力に絶好のビジネスチャンスの場を提供することにもなりかねないのですから。今日、ウクライナ危機に始まる電力価格の高騰は、電力自由化の是非、あるいは、限界をも問うているように思えるのです。
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