安倍政権が今国会での成立を目指す出入国管理法改正案は、自公両党の承認を得たことから可決される可能性が高まっております。同改正法案では、外国人労働者に対して新たな在留資格を設けることから、野党のみならず、保守派からも事実上の移民受け入れ政策ではないか、とする批判も上がっています。左右両派からの移民政策論に対して安倍首相は否定しておりますが、どう考えましても、移民政策以外の何ものでもないのではないかと思うのです。同改正案が移民政策に他ならない第一の理由は、定住や国籍付与を前提としなくても、同法の改正によって在留資格を得ることができる外国人労働者は、国際移住機関(IMO)において定められた移民の定義に合致する、という点にあります。これ以外にも、移民政策と認定せざるを得ない理由があります。
まず、第一に、法改正に伴って、受け入れ外国人に対する日本語教育の実施、地方自治体に対する支援、さらには、‘多文化共生庁’なる行政機関が設置されるなど、日本社会全体の大変革とも言うべき大規模な受け入れ態勢の整備が予定されている点を挙げることができます。仮に、報じられる通り、’多文化共生庁’と命名されるとしますと、日本国政府は、国民に是非を問う総選挙さえも経ることなく、外国人の文化やコミュニティーをそのまま認める共生政策を決定したことを意味します。多文化共生政策であれ、同化政策であれ、社会統合政策とは、移民の存在を前提にした政策なのですから、‘移民政策ではない’という弁明は、どうしても詭弁に聞こえてしまうのです。
第二に、同法案が定める新資格の内の特定技能2号は、日本国政府が認識している‘移民’の定義にも合致している点です。特定技能1号から2号への移行に際しては、熟練した技術の保有が条件とされ、試験に合格しなければ取得できないものの、在留期間には制限がない上に(更新可)、家族の帯同も許されます。2号への移行を以って5年以上の居住が可能となるため、入国管理法が定める永住資格の取得条件、並びに、国籍法第5条が列挙する帰化条件の重要部分をクリアできるのです(なお、国籍法第6条では、10年以上の居住であれば第5条の要件を充たさなくとも帰化が容易となるとしている…)。
第三に挙げる理由は、帯同家族、並びに、その子孫達が移民化することです。アジア諸国の多くの伝統的の家族形態は大家族であり、帯同者として来日外国人数も無視はできません。加えて、比較的出生率が高い外国人世帯の増加により、日本国内で出生する外国人の子供達の数も増え続けることでしょう。しかも、日本国内で出生した外国人、あるいは、その子孫の帰化要件はさらに下がります(居住期間3年等…)。また、帯同家族が永住資格や国籍を取得した場合、如何なる産業分野や職業であっても自由に就職することができますので、人手不足の根拠は早晩意味を失います。政府は、特定技能1条に関心を向けることで、‘移民’という言葉を回避したいのでしょうが、入国管理法や国籍法等に照らせば、特定技能第2号は、明らかに日本国での定住や国籍付与を前提とした正真正銘の移民政策と言わざるを得ないのです。
家族帯同の問題については、‘現行の高度人材受け入れ制度にあって既に許可されてきた’とする反論もありますが、この反論も説得力に欠けています。何故ならば、家族の帯同の可・不可が移民政策の認定基準であるならば、既に政府が、移民政策を別の名称を以って実施してきたことを告白したに過ぎないのですから(OECDの統計によれば、既に日本国は世界第4位の移民受け入れ国家…)。諸外国では、高度人材受け入れ政策も移民政策の文脈で議論されておりますので、日本国だけ‘移民政策’ではないと言い張ることには無理があります。言い換えますと、日本国では、既に随分と前から移民政策が採られてきたにも拘わらず、今般の法改正で注目が集まることで、ようやく一般国民がその事実に気が付いたとも言えます。
アメリカは大規模移民集団の越境に備えて国境地帯で米軍を展開するのみならず、国籍法における出生地主義の廃止へと動き、ドイツでは難民問題で躓いたメルケル首相の党首辞任が確定した中、本改正法案は、日本国内でも日に日に関心が高まっております。国会での審議も始まりますが、日本国の姿そのものが変わる程の重要な案件ですので、国民的議論もコンセンサスもないままで年内に成立させれば、国民を欺く背信的な行為にもなりかねないのではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
にほんブログ村
まず、第一に、法改正に伴って、受け入れ外国人に対する日本語教育の実施、地方自治体に対する支援、さらには、‘多文化共生庁’なる行政機関が設置されるなど、日本社会全体の大変革とも言うべき大規模な受け入れ態勢の整備が予定されている点を挙げることができます。仮に、報じられる通り、’多文化共生庁’と命名されるとしますと、日本国政府は、国民に是非を問う総選挙さえも経ることなく、外国人の文化やコミュニティーをそのまま認める共生政策を決定したことを意味します。多文化共生政策であれ、同化政策であれ、社会統合政策とは、移民の存在を前提にした政策なのですから、‘移民政策ではない’という弁明は、どうしても詭弁に聞こえてしまうのです。
第二に、同法案が定める新資格の内の特定技能2号は、日本国政府が認識している‘移民’の定義にも合致している点です。特定技能1号から2号への移行に際しては、熟練した技術の保有が条件とされ、試験に合格しなければ取得できないものの、在留期間には制限がない上に(更新可)、家族の帯同も許されます。2号への移行を以って5年以上の居住が可能となるため、入国管理法が定める永住資格の取得条件、並びに、国籍法第5条が列挙する帰化条件の重要部分をクリアできるのです(なお、国籍法第6条では、10年以上の居住であれば第5条の要件を充たさなくとも帰化が容易となるとしている…)。
第三に挙げる理由は、帯同家族、並びに、その子孫達が移民化することです。アジア諸国の多くの伝統的の家族形態は大家族であり、帯同者として来日外国人数も無視はできません。加えて、比較的出生率が高い外国人世帯の増加により、日本国内で出生する外国人の子供達の数も増え続けることでしょう。しかも、日本国内で出生した外国人、あるいは、その子孫の帰化要件はさらに下がります(居住期間3年等…)。また、帯同家族が永住資格や国籍を取得した場合、如何なる産業分野や職業であっても自由に就職することができますので、人手不足の根拠は早晩意味を失います。政府は、特定技能1条に関心を向けることで、‘移民’という言葉を回避したいのでしょうが、入国管理法や国籍法等に照らせば、特定技能第2号は、明らかに日本国での定住や国籍付与を前提とした正真正銘の移民政策と言わざるを得ないのです。
家族帯同の問題については、‘現行の高度人材受け入れ制度にあって既に許可されてきた’とする反論もありますが、この反論も説得力に欠けています。何故ならば、家族の帯同の可・不可が移民政策の認定基準であるならば、既に政府が、移民政策を別の名称を以って実施してきたことを告白したに過ぎないのですから(OECDの統計によれば、既に日本国は世界第4位の移民受け入れ国家…)。諸外国では、高度人材受け入れ政策も移民政策の文脈で議論されておりますので、日本国だけ‘移民政策’ではないと言い張ることには無理があります。言い換えますと、日本国では、既に随分と前から移民政策が採られてきたにも拘わらず、今般の法改正で注目が集まることで、ようやく一般国民がその事実に気が付いたとも言えます。
アメリカは大規模移民集団の越境に備えて国境地帯で米軍を展開するのみならず、国籍法における出生地主義の廃止へと動き、ドイツでは難民問題で躓いたメルケル首相の党首辞任が確定した中、本改正法案は、日本国内でも日に日に関心が高まっております。国会での審議も始まりますが、日本国の姿そのものが変わる程の重要な案件ですので、国民的議論もコンセンサスもないままで年内に成立させれば、国民を欺く背信的な行為にもなりかねないのではないかと思うのです。
よろしければ、クリックをお願い申し上げます。
