万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

外国人労働者をも不幸にする‘前借金システム’-入国管理法改正案の問題点

2018年11月19日 15時36分26秒 | 日本政治
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大航海時代の幕開けにより、‘人の移動’とは、自らの力を信じ、新天地に夢を求めて海を渡る独立心と進取の精神に富んだ人々のチャレンジとするイメージが振り撒かれています。しかしながら、この華やかな冒険時代の裏側では、新大陸の需要に応えるべく労働力として売買された奴隷貿易船も広大な大西洋を行き交っていました。‘人の移動’に纏わる‘光と影’は、‘自由と束縛’と見事なまでに対照を成しています。

 そして、‘人の移動’の影の部分に注目すると、近代の奴隷狩りによる奴隷売買とは異なる別の‘束縛’の手法をも見出すことができます。奴隷の歴史を遡りますと、戦争が最も典型的な奴隷化の契機ですが、他にも幾つかの奴隷化の形態があります。その一つに債務奴隷と呼ばれるものがあり、これは、借金を返済できなかった債務者が債権者の奴隷とされるという形態です。例えば、古代ギリシャのアテネでは、早くから貨幣経済の発展した商業都市であったこともあり、債務奴隷の数が激増したため、紀元前594年には、執政官となったソロンが借金の帳消し政策を実施し、奴隷に転落した人々を市民に復帰させると共に、海外に奴隷として売り払われた元アテネ市民をも祖国に呼び戻しています。この時代、借金とは、金銭を得るのと引き換えに、奴隷身分への転落や海外売却のリスクを伴う危険な行為でもあったのです。

 債務奴隷制度は古代に限られたことではなく、近代に至るまで、姿や形を変えながら同様の制度が世界各地で行われてきました。シェークスピアの名作『ベニスの商人』も、借金の形に命を失い兼ねなかった青年の救出劇として知られています。また、実のところ、特定の職業への就業に伴う前借制度は、日本国でも、炭鉱労働や風俗業などにしばしば見られた形態なのです(もっとも、日本国の場合には、これらの職業は労働条件こそ厳しいものの、報酬については平均所得を超える高額の賃金が支払われていた…)。‘身売り’とも表現されたように人身売買的なニュアンスが伴うため、国内では前借による雇用契約は殆ど姿を消しましたが、今日なおも完全に消滅したわけではないようです。そして、僅かに残された‘前借金システム’こそ、海外における外国人労働者の募集に他ならないのです。

 ベトナム等の東南アジア諸国では、現行の外国人実習制度を通して訪日する外国人の多くは、手数料や日本語研修等の名目で100万円ほどの借金を斡旋業者等に負っているそうです。日本国での給与は月収12万円ほどですので、生活費を差し引けば借金完済には相当の年月を要します。また、職場に対する不満から途中で帰国しようとしても、借金が残っているためにその望みも叶いません。外国人実習生制度の問題点は、低賃金や労働条件のみならず、前借金システムによる斡旋業者や派遣業者による束縛にもあるのです。

 入国管理法改正によって新資格が創設されれば、外国人技能実習生の多くが特定技能1号に移行すると説明されていますが、日本人と同等の賃金や待遇が約束されても、‘前借金システム’が温存されていれば、外国人労働者は、特定の斡旋業者や派遣業者、あるいは、それの背後に控えている金融業者の‘餌食’となりましょう。また、5年間で最大34万人もの受入枠が設定されておりますので、市場の‘パイ’も大きくなります。もっとも、政府の説明では、外国人労働者やその家族の日本語教育等については雇用者や地方自治体等が責任を負うとしており、これが来日外国人労働者の個人負担の軽減、即ち、前借の不要化、あるいは、減額を意味するならば外国人労働者にとりましては朗報となります。しかしながら、その分、特に一般の日本国民は財政面のみならず、行動面や精神面でも負担だけを負わされますので、同法案に対する反対の声はさらに強くなりましょう。

何れにしても、‘人の移動’をビジネスにしている人々は、外国人労働者、並びに、受け入れ国の一般国民を犠牲にしつつ、自らの負担やコストは他者に転嫁すべく‘いいとこ取り’を狙っているようにも見えます。国境を越えて人を移動させるだけで、自らの懐に莫大な利益が転がり込むのですから。入国管理法改正よりも、まずは、‘前借金システム’を含め、既成事実化されてしまっている外国人技能実習制度の諸問題について議論すべきなのではないでしょうか。1872(明治5)年、当時の日本国政府は、人道主義を唱えて清国から‘輸出’された苦力を解放しましたが(マリア・ルス号事件)、今日にあってなおも、日本国は、名誉ある人道国家であるべきと思うのです。

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コメント (2)
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