万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日中間の農産物貿易拡大は最悪のトレード

2018年11月11日 11時25分50秒 | 国際政治
日韓と農産品貿易を倍増=中国担当相が表明―北京
中国の首都北京では、11月10日に日中韓の三か国による農相会合が開かれたそうです。同会合において、中国の韓長賦農業農村相は、「中国と日韓の農産品貿易額を今後10年で倍増させて300億ドル(約3兆4000億円)以上にしたい」とする希望を述べたそうです。しかしながら、この中国側の提案、日本国側からしますと最悪のトレードなのではないかと思うのです。

 中国側が農産物分野において日本国との貿易拡大を目指す背景には、激しさを増す米中貿易戦争があります。中国では、米国産大豆等の輸入減少により食料品価格が値上がりし、一般の国民の不満も高まっているそうです。日本の農産物は割高ですので、米国産の代替にはならないのですが、それでも購買力を有する富裕層向けには不足分を補うことはできるかもしれません。あるいは、将来的には、中国が、日本国に対してより安価な中国向け農産物の大規模生産を求めるといったシナリオもあり得ましょう。

また、品不足状態にある大豆に限らずとも、日本国産のくだものといった高級品は、その美味しさから中国でも人気が高いそうですので、日本国を中国のための食糧生産地として利用する思惑が透けて見えます。しかも、中国の土壌は長期に亘る劣悪な農地管理のために重金属等で汚染されているとされ、清潔な環境で丁寧に栽培されている日本産農産物は、その安全性からしても評価が高いのです。日中間の農産物の取引拡大で最も恩恵を受けるのは、共産党幹部といった都市部に住む一部の富裕な特権階級となりましょう。一方の日本国では、高級品は高値が付く中国へと輸出され、一般の日本国民の食卓には上らなくなります。しかも、13億の中国市場、あるいは、1億とも推定される中間所得者層を考慮すれば、輸出拡大により日本国内では品不足となり、食料品価格も上昇することでしょう。

 加えて、自由貿易推進の立場からの提案であったとしますと、日中両国は、農産物分野において関税率を引き下げたり、保護的制限を撤廃する方向で合意することとなります。価格競争力と生産量で優る中国側としては、対日関税引き下げによって農家は然程の打撃を受けませんが、劣位にある日本国の農家は(対中輸出向け生産農家を除く…)、安価な中国産の農産物の輸入拡大という脅威に晒されます。とりわけ日本国は人口減少の傾向にありますので、農産物市場の規模拡大も見込めない中、日本国内でのパイの取り合いとなりましょう(日本国内にあって中国でしか生産できない特産物は少ないため、多くの品目で競合関係に…)。中国の農産物の安全性の低さは日本の消費者には知られており、一般家庭での消費は中国側が期待するほどには伸びないでしょうが、安全性よりもコストを重視し、かつ、生産国の表示を義務付けられていない外食産業等では、中国産農産物を積極的に採用するかもしれません。かくして、日本国内では、食糧自給率の低下のみならず、安価な中国産農産物との競争に敗れて廃業に追い込まれる農家が出現すると共に、一般国民の食の安全も脅かされるのです。

 さらに、今般の入国管理法改正案では、農業が受け入れ対象分野の筆頭に挙がっている点も気に掛かるところです。既に‘嫁不足’から配偶者を中国から迎える農家も多く、かつ、今後は、農村での中国人定住者が増加するとしますと、長期的には、中国系住民が多数を占める自治体が出現するかもしれません。農業分野における民間企業参入に向けた規制緩和も、中国系企業に参入機会を開くことともなりましょうし、間接的な手法を用いて農地が取得されるケースも想定されます。あるいは、今般の農業分野での貿易拡大は、日本国の農業を自国に取り込みたい中国の対日戦略の一環なのかもしれません。

 以上に述べてきたように、日中間の農産物貿易の拡大は、中国国内の少数の富裕層と日本国内の少数の中国輸出向け生産農家との間ではウィン・ウィン関係が成立しますが、包括的に見れば、日本国の一般国民が‘負け組’となってしまうトレードです。中国産農産物の摂取量増加による健康へのマイナス影響、食料品価格の上昇、国産品の入手機会の減少、食の安全保障の低下など、負の部分を一身に背負わされてしまうのですから。今のところ、中国側の‘希望’的な提案として報じられておりますが、近年の日本国政府の‘海外ファースト’の傾向を見ますと、自国民にとりまして最悪のトレードを積極的に推進するのではないかと心配になるのです。

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コメント (4)
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