昨日の『朝日』の読者欄に「『肉薄攻撃隊』で決死の準備」という見出しの〈語りつぐ戦争〉の記事を見つけ、そう言えば昔、父が話してくれた戦場体験とそっくりだということを思いました。
終戦間近のころの話ですが当時父はソ満国境の警備についていました。しかしついにソ連軍が国境を越えて満州(もちろん日本の侵略で奪い取った地域ですが)にやってきました。山の上から眺めていたらものすごい数のソ連の戦車群が押し寄せてきたそうです。日本側はほとんど無力に近い状態の警備軍だったそうですが、しかしそれに対して闘わなければならない。強力な戦車にどう挑むか。そこで考えられたのがこの「肉薄攻撃隊」でした。
爆弾を抱えてソ連軍の戦車に身を投げ出し戦車を爆破するというまあ、陸の特攻隊です。その役割を担わされたのはほとんどの人が兵隊としての経験のない人だったといいます。中には身体障害者の人までいたそうで、想像するにそれはもう悲惨の一言です。
この投書の方は「当時の日本軍人にとって命令は絶対。まさに死への使命だった。眠れず泣いて夜を明かした」と書かれています。先日NHKの番組で戦争を推し進めた海軍の責任者たちの無知、無責任、無能ぶりが明らかになりましたが、それと同じことがあちこちで行われて、死ななくていい命が無数に殺されていったのですね。
そういう戦争というものについてもっともっと考えていく、想像力を働かせておかないといけないと思います。総務省統計局のデータから見るに2009年3月1日現在の日本の人口のうち、戦争体験者(終戦時に10歳以上)は10%あまりと推測されます。戦争を知らない世代が10人中9人の日本です。
戦争の記憶を次世代に継承することが急がれています。