東京の町ではありませんが、東京の町もこのように空間なき、森と林なき住宅密集地と化しています。
石原慎太郎都知事の説明を聞くと、東京には世界に通用する競技場がないからオリンピックを開催することによって建設するとのことです。
彼は、このような競技場がないことは東京の恥だと言います。
数十年前の東京についてはこのような論理も説得力があったかもしれませんが、今は石原都知事がこのような発言をすること自体が東京の恥ではないでしょうか。
世界に通用する競技場を建設したいと思ったらオリンピックの開催関係なく建設すればいいと思います。
その建設維持、減価償却に自信がないなら建設しなければいいと思います。
オリンピックを開催するため建設したとしましょう。
オリンピックは毎年東京で開催するわけではありません。
次の開催は数十年後でしょう。
建設した競技場の維持管理はもちろん、減価償却もできず、数十年後、また世界に通用する競技場がないのは東京の恥と言うでしょう。
それでは東京の誇りのために泣くのは誰でしょうか。
東京都民でしょう。
競技場は国立でしょうから都民以外も迷惑を受けます。
東京の恥をすすぐため何でほかの都市の市民が税金を払わなければならないのでしょうか。
東京の町は、環境が悪いだけでなく、防災上非常に危険な町になっています。
シミュレーションの結果、非常に危険だという情報を都民に流していますが、安全のための改善は何もできていません。
空間を設ける、森や林を増やす、土建の耐震性、防火性を上げるなどは絶対必要なのに、空間は土建で埋める方向ですし、土建は、基準が甘い上、基準が守られているかチェックする機能が作動せず、近年建設の土建も基準値以下という問題が起っています。
世界に通用する競技場がある反面、防災上非常に危険な町が放置しされている東京を考えてみてください。
何が東京の恥でしょうか。
防災上非常に危険な町が放置されていることの方がはるかに東京の恥と思います。
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