現存12天守紀行「近世に創建され現存12天守」
現在、全国に現存する城は殆ど近世の城郭で織田・豊臣政権下に誕生し、全国統一の過程のなか創建された。
関ヶ原の戦い後諸大名は配置替えにより新領地に入り大名達は直ちに新城を築城する大名また居城の大改修を行った。
1615年一国一城令の城郭統制が発布され中世の城は姿を消し近世城郭だけが修理を続けながら明治維新まで維持管理された。
近世城郭の構成は、天守・石垣・礎石建物・瓦葺・枡形虎口で櫓や門は、全部画一的となった。
江戸時代末期164の城があったが明治時代になり廃城令が発布され殆どの城は取り壊され残るのが19城(天守)で、太平洋戦争で6城(天守)が焼失、北海道松前藩の天守は失火で焼失した。現在全国に現存する天守は12天守である。
12天守は、昭和4年3月28日国宝保存法の制定により国宝に指定されたが昭和25年5月文化財保護法が制定された事により国法と重要文化財に指定変更された。
国宝に指定されたのは、松本城・犬山城・彦根城・姫路城で、重要文化財に指定変更されたのは、弘前城・丸岡城・松江城・備中松山城・丸亀城・高知城・宇和島城・伊予松山城である。
私は、時間の余裕みながら12天守を紀行して来た。
最後に伺った弘前城は時間を掛けて紀行した。・・桜の開花時期を外して、写真を撮るには人が少ない方がいい写真がとれるので、あえて桜祭りを避けた。
姫路城は、私の知人がボランテイァガイドをいているので案内をしてもらった。
それでは私が訪ねた天守を画像でご覧下さい。北からです。
画像は、弘前城天守で、層塔型・三重三階で国の重要文化財指定である。
現在、全国に現存する城は殆ど近世の城郭で織田・豊臣政権下に誕生し、全国統一の過程のなか創建された。
関ヶ原の戦い後諸大名は配置替えにより新領地に入り大名達は直ちに新城を築城する大名また居城の大改修を行った。
1615年一国一城令の城郭統制が発布され中世の城は姿を消し近世城郭だけが修理を続けながら明治維新まで維持管理された。
近世城郭の構成は、天守・石垣・礎石建物・瓦葺・枡形虎口で櫓や門は、全部画一的となった。
江戸時代末期164の城があったが明治時代になり廃城令が発布され殆どの城は取り壊され残るのが19城(天守)で、太平洋戦争で6城(天守)が焼失、北海道松前藩の天守は失火で焼失した。現在全国に現存する天守は12天守である。
12天守は、昭和4年3月28日国宝保存法の制定により国宝に指定されたが昭和25年5月文化財保護法が制定された事により国法と重要文化財に指定変更された。
国宝に指定されたのは、松本城・犬山城・彦根城・姫路城で、重要文化財に指定変更されたのは、弘前城・丸岡城・松江城・備中松山城・丸亀城・高知城・宇和島城・伊予松山城である。
私は、時間の余裕みながら12天守を紀行して来た。
最後に伺った弘前城は時間を掛けて紀行した。・・桜の開花時期を外して、写真を撮るには人が少ない方がいい写真がとれるので、あえて桜祭りを避けた。
姫路城は、私の知人がボランテイァガイドをいているので案内をしてもらった。
それでは私が訪ねた天守を画像でご覧下さい。北からです。
画像は、弘前城天守で、層塔型・三重三階で国の重要文化財指定である。
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