もうひとつの♪赤トンボ

2011-08-12 16:42:03 | SONGS
ときおり随分となつかしいものに出会います。

♪夕焼け小焼けの赤とんぼ は有名です。
もうひとつの『赤とんぼ』は懐かしい。

先日点けっぱなしのラジオから流れ、驚きました。

こういう「ナガラ聞き」はエコじゃないよね。
でも気づくと音楽を流しています。
たまに思わぬ物に出会うことがあるし、止められません。

♪秋の水 澄み切った 流れの上を 赤とんぼ

と始まります。

たしか「何百何千泳いでゆくよ、泳いでゆくよ」で
短い一番が終わるのです。

三木露風のに比べれば地味ですね。
けれども、聞くことが少ない分だけ懐かしい。
唱歌の世界をしみじみ思いだします。

といっても『秋の水・・』は何時習ったのか?

土堂小学校で習った可能性が高いとは思います。
広島に転校して千田小学校か?

千田に行って驚いたのは「音楽の先生」がおられたこと。
音楽の教室に移動しての授業、先進的でした。
ですから古い『赤トンボ』は似合わない。

もしかして中学か?
でもね、唱歌を習ったかなあ。
(清原先生お元気ですか?)


『秋たつと聞いて見上げる赤い月』


『赤とんぼ』と同じ番組で『遠足』も。
これは土堂!

♪鳴くや雲雀の声うららかに陽炎もえて野は晴れ渡る
 いざやわが友うち連れ行かん、今日は楽しき・・

本当に遠足のとき歌ってましたねえ。
今は遠足で田舎道を一列になって歩きながら一緒に歌う
なんて風景は想像できませんね。

歩きながら歌う『遠足』は好きでした。


他にも『牧場の朝』とか、いろいろ。


比較文化論の芳賀徹さん。
なんだか好きで十冊くらい著書を読みました。
(どれも面白いですよ。)

中公新書『詩歌の森へ』
いつかもブログに書きましたが新聞連載の短い文を
集めたものです。

様々な詩歌の中に唱歌も数多く並べておられます。
唱歌好きとしては嬉しいことです。

国語を教える際、私の中に自分特有の(文学)が
浮かんでいますよね。
人に言うと笑われるので黙ってきましたが。

恥ずかしながら、そのちょこっとした日本語の感覚は
私の場合、幼時~少年期の唱歌がベースになって
いるような気がします。

今の子供たちはどうやって感覚を育てるのだろう?
オカズばかりつまんでご飯の味を知らないのでは?

同窓会でムっとして

2011-08-11 14:15:55 | 塾あれこれ
「もう行かん」
そんなのばっかりです。

同窓会に限りません。
(友達未満知り合い以上)という人たちと久振りに会う時に
しばしばおきることです。

一人二人の時はそんなことはないのですけれど
同窓会風に「~会」などというときによく経験しますね。

期待が大きすぎるのでしょうか。


ン十年ぶりに会うというときに期待がないわけがありません。

また、間隔の大きさに一抹の不安もあります。
(皆は自分を覚えてくれてるだろうか)
(私は人の顔と名前の認識が大丈夫だろうか)
(現在の自分はショボくないだろうか)

テンションが上がっているのでしょうね。
それゆえ何かあると、反応が大きくなります。


幹事をしている人の大変な苦労が分かる(気がする)から
何かあっても顔では穏やかにしていなくてはなりません。

幹事はみんなのためにボランティアでしょ。
主賓の方にはわざわざお運びいただいている。

そんな席の隅っこで小さいなりと言えどケンカできるわけは
ありません。
気が短い人間には結構「長い我慢時間」となります。

そんなとき聞えよがしに中学の教員が
「ワシにゃ生徒の将来に責任があらー。
じゃけ、ワシの思うようにさしてもらう。絶対上手うやる。
 万一、言うことを聞かんのなら責任持てん」
「塾がなんぼのもんなら、あいつら金儲けだけで。
 子供のことなんかどうでもええんじゃろ」

一神教の世界ならばまず神様に対して生きますから
絶対的な間違いを正すべき義務が人々にもあります。
「それは違う、神の御心は・・」と声をあげねばなりません。

しかし日本ではこういうことを大声で辺り構わず口走るバカに
まともな対話が成り立ちません。

彼は、受験指導で言うことを聞かなかった生徒にどんな
ことをしたか級友に得々と語るのです。
(それ、親が聞いたらキレるぞ)

こんなのと討論すれば喧嘩になるのがオチです。

こういう場合、ことを荒立てないのが我々の文化でした。

隣から「おい、言わせておいていいのか」と心配されても
「うん有難う。仕方ないよね」と訳の分かんない返事を
するくらいしかありません。

あとで「塾は何にもよう言わんかった」となるかもしれ
ませんが、私より主賓や幹事、居合わせた人の感情を
先に考えるべきでしょう。
怒るのは自分の利益優先ですから。


同窓会だけではありません。
すでにバラバラになってしまった人間が集まる場合
それぞれは独立した他人ですから、明らかに間違っている事が
あっても指摘しないで済むことならば何も言いません。
論争に勝っても、それでどうなるの?

たとえば会社の同僚のような利害を共同にする場合は
口はばったい事でも、嫌われそうでも、言わねばなりません。
会社全体に関係してくることだから。

私自身が言われて育ちました。
「私どもじゃネーだろ、手前どもと言いなさい」
・・さすがに私には(テマエ)は言いづらかった。

きちんと言わない上司は人間として問題がある、と思います。
嫌われても部下は育てなきゃなりません。

その義務が無くなった「今」
「あの時は事情がこうでしょ」はもう言う必要のない事です。
私には、全て終わってしまったことです。

社外の人間に「手前ども」を強要したら笑われますからね。
(言わないのは、不親切な気もしないではないのですが)


で、時折一方的なことを言われっぱなしになることに・・

私が大人で器量が大きな人間なら苦笑して終わりです。

ところがご存じのようにチイセー男です。
メタボ(太っ腹)だけれど。

むかむかきてる。
内心「こいつ、アホか」です。

それを抱えて帰ってくるのだから、次は行きたくないよね。

お誘いがあると、何にも知らない幹事さんにいろいろと口実を
作らねばなりません。

ごめんね。

カレーは安易か?

2011-08-10 11:07:32 | 食べる
『上沼のおしゃべりクッキング』
本日は中華の「麻婆カレー」です。

前々から宮崎先生を天才と呼んできましたが
今回のレシピも、いけます。

実は放送に先立ちウェブサイトでレシピをチェック
昨夜カミサンに作ってもらいました。

美味い。

マーボ豆腐のカレー風味だろう、と予めイメージし
確かにその通りなのですがまた全然違うとも言えます。
初めての味ですね。

赤みそがなかったので普通の味噌にし
エリンギもないのでたまたまあったインゲンにし
と、レシピ通り厳密にしたわけでもありません。
それでこの味ですからね。
天才と呼ぶ所以です。


家でできるように調理法その他考えが行き届いています。
(所詮プロと同じものは家庭ではできません。
 また誤魔化してしまうのも感心しません。すぐに飽きます。)

できるだけシンプルな手順にして手間をかけない。
食材や調味料もギリギリまで削ぎ落す。
奇異なことをしない。
応用が利くように。

ですから一見平凡、見ていて分かったような気がします。

ところが実際に作ってみると驚きます。
え~!
こうなるんだ。

調理をしながらの説明も過不足なく理解しやすいので
ものを教えるということの参考にもなります。
本当に頭がよさそう、心からそう思いますね。

同じ番組の西洋料理、若林先生もなかなかです。
ただ若干ばらつきがありそうで
何かあるのかと思って見てたら何にも新しいことはなく
初心者向けかなと思う様なことがあります。

宮崎先生はそれがほぼ無い。
毎週のレシピ作りは大変だろうと思うのですが。

和食、畑先生が良かったねえ。つくづく。


「麻婆カレー」
麻婆豆腐が嫌いでないかたは是非お試しを。
太鼓判押しちゃう。


ところで、カレーは安易か?

YES

色々な料理でカレー風味というのが出来そうですが
我々素人がそれをするとワンパタンになってしまいます。

カレー風味ってイケルものね。
つい頼りますが。

もちろん大変に奥が深そうでもあります。
もっとヒマになったら凝るかもしれません。

まず、瀬戸内風エビカレー

小指の先くらいの小エビ、甘すぎないトマト
ジャガイモ他は思い切りちいさなサイコロ
スパイシー、かなりホット、減脂肪
出汁を利かせて、シャバシャバの仕上がり、になります。

『原爆投下、活かされなかった極秘情報』

2011-08-09 14:02:21 | 塾あれこれ
NHKのドキュメンタリ
『原爆投下、活かされなかった極秘情報』を見ました。

この事実、知りませんでした。

なぜ多くの人の命を救えなかったのか。
空襲警報だけでも鳴らしていれば大勢が助かったのに
なぜ参謀本部は握りつぶしたのか。

軍上層の目がどこへ向いていたか。
また一つ明らかになったような気がします。
国民の命は眼中になかったのではないか。

動員され、前線で命をかけていた人は悔しいでしょう。
TVでもつらそうな表情をされていました。

軍がどうであったか、は原爆対応だけではありません。

海軍の責任逃れ体質、
関東軍上層部が兵士をシベリアに差し出したこと
・・などと合わせれば実態が見えてくるでしょう。
他にも数多い証言があります。

軍は「国を守ることが第一」と言います。
そこから様々な言い逃れが始まるのです。

では「国を守るために存在する軍」という場合
その国家とはどのようなものとされていたか。

守るべき優先順位はどうであったか。

司馬遼太郎が軍隊で上官に言われた経験を書いています。
「邪魔なら国民は踏みつぶしてでも軍を守れ。」

国体護持とは言いながら、そこに自らの組織維持を図り
ついでに自己保身も忍び込ませていたようです。

敗戦の責任をとった高級軍人がどれほどいたでしょう。
切腹など自殺をした大将も少数ながらいます。しかし・・・

政治家の責任も重いけれども、戦争遂行のために軍が
突っ走ったことは間違いないでしょう。
それにしては自ら責任をとろうとした人が少なすぎる。

私に糾弾できる権利も何もないのではありますが
この事実は指摘できるでしょう。

ほとんどの人たちが「苦渋の決断」で戦後日本復興の
ためと称して口をぬぐったまま生き残ったのです。

リッチな生活をし、責任を糾弾されることなどもなく
周りには優しい良い人で、天国へ行かれたでしょう。
死ぬ前に悔悟の念で苦しんだ、なんて話、聞きません。

なんてことだ、と私は思います。

戦後教育が悪いとか、アメリカの陰謀だとか、戦後日本
の問題点の犯人探しがなされています。

それらよりもはるかに大きな問題を残した元凶は
責任をウヤムヤにしてしまった日本のエライサンでは?
悪いことをしてもハッピーに死ねるのですから。


責任がある側(財界もマスメディアも)が利用した究極の
スローガンが「天皇制維持」と「一億総懺悔」です。

天皇制そのものの課題はさておき、それを前提として
なりたっていた国家がその究極の体制を維持するのは
当然なのでしょう。

しかし、だから軍の責任は隠ぺいできるのでしょうか?
「天皇制維持」という錦旗に反対する人はいませんから
ここに結びつければ責任問題から逃れられたのです。
全ては陛下をお守りし日本を滅ぼさないため!

また、銃後とはいえ、情報統制をうけていたとはいえ
「鬼畜米英」と叫んだ多くの一般国民に一片の責任もないか
「騙されていた」で済むかこれも気になるところです。

そこを上手く掴んで自分たちの責任までウヤムヤにして
しまったのが、この国のエライ人々であるわけです。
天才的。

現在、国や東電の責任は棚上げににしてツケを国民に回す
なんてお手の物であるはずですね。


敗戦直後、証拠となる書類が組織的に焼却されました。
国を守るためであったのでしょうが、それだけなのか?

原爆投下後70年近くも事実が明らかにならなかったのは
いったいなぜなのでしょう。

自己保身と隠ぺい体質、責任を明らかにしない官僚
現代に通じる問題があったからに違いありません。

だれも問題提起や告発をしていないのはどういうこと?

この国の度し難さ。
ちっとも変わっていないようです。

官僚主義(日本にかぎった悪弊ではありません)は
生き物としての人間に巣食う欠陥かもしれません。
世界中が官僚主義に毒されています。

であるからこそ、しつこく異議申立てを!

PS
言葉が足りませんでした。

だから軍事力は不要だ、とか、自衛隊も同じだろう、
などという話ではありませんので強調しておきますね。

『それでも生きてゆく』・・感想Ⅱ。満島さんGOOD!

2011-08-08 15:09:44 | 塾あれこれ
いやあ、良いドラマですね。
視聴率は上がらないようですが。

以前にも書きましたが、脚本がよい
出演者の演技も、演出、カメラ・・
地デジになったらドラマの水準がこうなる
という見本を見ているようです。

もはやTVドラマじゃないですね。映画の水準。
(筋立てにステレオタイプが覗きはするものの)

分かり易いのが、演技の質でしょう。

細やかでいて、インパクトが強いのです。
地デジですからそれらを意識して拾えますよね。
「受けの演技」が素晴らしいのがよく分かります。

映画で、良い監督が撮っているみたいな出来です。


よく「主人公は全体を表現し、脇役は一面を描く」と
言われます。

わき役だから一面だけを強調した演技で済むという
ことではないでしょうが、やはり主役が難しいと
言えるでしょう。

(大竹しのぶさん、すごいですよね。でも「脇」。 
 ドラマは瑛太と満島ひかりを追いかけます)

人間が持つ様々な面を的確に表現することで
二人の演技は際立っています。

そうして浮かび上がってくる個々人の全体像。

立ち姿とか背中とか、そこからして素晴らしいのは
丸ごとの人間を捉えているからです。

脚本にもよるのでしょうが、今回のところまでの
このドラマで見えてくるお二人の違いは
満島さんが比較的派手で瑛太さんが地味。

満島さんはリアクションがとても素晴らしく
瑛太さんは間が好い。

例えると、満島さんは紬、瑛太さんは江戸小紋。

なんでもないような所で、瑛太が「母さんいいんだよ」
っていうだけで泣けてきます。

満島さんが、現実というものに耐えて必死に生きる姿を
抑えても抑えきれない微妙な揺れをみせ・・泣けます。

脇役の充実も言及すべきですが、この二人の演技に浸る
だけでも満足がいきますねえ。


満島さん、才能が豊かな方なのでしょう。

TVで紹介された自作の詩、なかなか良い出来でした。
(素人の側が言うセリフじゃないか)

有名な人を追っかけて知るばかりになっている私ですが
やはり、良い人は良い!

八・六

2011-08-07 09:58:30 | 塾あれこれ
『今もなほ八月六日乱反射』


私が広島に転校してきたのは小5
戦後10年ですから今から思えば「直後」に
近い記憶が町に残っていました。

十年というと、私の年齢ではつい先日のような時間です。
ハワイで練習船えひめ丸が衝突され、小泉内閣が誕生し
アメリカの9.11があった年が今から10年前。

広島における「原爆の記憶」は強いものがあったはずに
違いありません。

戦後日本の復興力のおかげ(好条件にめぐまれ)で
広島も一見平和な街並みになっていました。
尾道からやってきた小学生には都会でしたね。

しかしじっと暮らしていると見えてくる影
記憶を語ろうとしない大人たちの深い表情

小学生なりに少しずつ気づくことがあります。

なんという恐ろしいことがあったのだろう。
今、目の前にある明るい町のほうが虚構で
いつ大きな悲劇が現実と変わるか分からない。

国泰寺はどうだった、横川は、小網町は・・
そんな記録などを知るたびに目の前の現実を
疑ったものです。

次いで、まるでトリックのように作り上げなければ
ならなかった平和を急ぐ人々の重すぎる記憶に
次第に気づくようになりました。

2011の今でも記憶の奥にしまったままの方が
大勢いらっしゃるはずです。
「私はたいしたことはなくて」などと重い口を
閉ざされて。

戦後の復興の影にも厳しい現実はあったはずです。


親爺が様々な仕事に失敗し知人に助けられて
やっと就職できた小さな会社が宇品にありました。

事務所の横に人がひとり通れるほどのどぶ板があり
そこから裏に行くことができます。

小さな木戸を開けると事務所の裏で作業場があり
爺さんが二人で木工作業のようなことをしてました。
その作業場の二階に当直室のような四畳半二間があり、
我々一家四人がそこにころがりこみました。
(姉は親戚に預けられてた)

台所は会社が終わってそれを遣わせていただき
トイレなども会社のものを借りていました。

うん、肩身は狭かったね。

小学校の同級生を家に呼べなかったもの。

そんな生活の私たちが気づいて周りを見ると
ウチよりもっともっとひどい生活が沢山ある
ことに気づきました。

百メートル道路の並木の下に掘立小屋があり
川岸のあちこちにも不法建築が並んでいましたね。


ですから原爆資料館が怖かった。

展示物がそうだったというより
そこから想像される世界が怖すぎたのです。

今は学校でも「平和教育」を熱心におこなわれます。
当時はそんなことをしないでも皆が戦争の怖さを
想像できていました。


毎年この時期は猛暑が続きます。
日差しがまぶしすぎる。

子供のころ、顔に大きなケロイドを負った方が
町を歩いておられました。

宇品のまっすぐな道。
日傘をさしておられた。

その方に私が感じたおびえが、伝わったと思うのです。
とりかえしがつかない記憶です。

今、少しでもその方の人生に思いをいたすことが
何とか平和に生きることができている人間の
最低限の務めだと思います。

味噌汁担当は私→佐々長の本蔵出、万歳

2011-08-05 11:02:14 | 食べる
出汁に味噌を溶くだけです。
これでひと品できるというところが日本料理の
素晴らしさですね。

若いころは味噌汁に縁がありませんでした。
友達の中には椀に定量の味噌をいれておいてあとから
熱い出汁を掛ければ簡単というヤツもいました。
独身の私は味噌を買っておくのすら面倒でね。

今は前夜の残り物を頂くのに味噌汁は重宝です。
(大概のものが具になりますね。
 和、洋、中、ほぼ何でも)

よって我が家では豆腐の味噌汁が少ない。
豆腐は残らないもの。

オフクロの味噌汁では、下した長芋とかモズクの
味噌汁が意外性もあり、なかなか美味しかったなあ。

山口のほうのB級グルメにラーメンに下し長芋というのが
あるそうですが、アモチンの尾道ラーメンでやると美味い。


出汁は昆布の水出汁とイリコの水出汁をミックス
味噌は岩手・佐々長の「本蔵出し」

この味噌は出汁じゃなくて湯に溶いてもよいくらい
出来がよいものですがお値段がちょっと高くなっちゃった。

外食中食を極力せず、牛肉など食べず、その代わりに
調味料は高いものでも使います。
プロの人に適わない素人でも良い調味料なら家庭で
まずまずの味が出せますから。

(因みに醤油は金沢ヤマト醤油の「ひしほ」
 佐々長や湯浅の角長も良いのですが、総合点で「ひしほ」)


味噌の割合は具によって多少変わります。
目分量のアバウトな味付けです。

今日はちょっと塩辛いとか薄いとか
そういうのも味のうちですから。

この前はサラミソーセージを浮かべたら塩辛くなり
すぎてしまいました。
味噌を薄めにしたはずなんだけど。

サラミ汁は、しじみの味噌汁のような風味になりますね。

何もない時はテンカスだけ・・オツです。

一度ポテトチプスでやりたいのですが我が家には
存在しない食品で。
(家で揚げる分ではなくてスナックの)


加齢とともに知力・体力が低下します。
物の味も分からなくなるハズ。

或程度分かるうちに美味しいものを食べておくべきですが
金がなければできません。
いまの内にお金を使えばよいようなものの矢張り不安でしょ。

加齢を遅らせる以外にテはないようです。

その一つが、目分量での味付け。
レシピとか計量スプンに頼りたくないものです。

もうひとつが創作
といっても冷蔵庫の中にあるもので何をつくれるか
というだけのことですがね。

かくして味噌汁の担当は私なのであります。

さすが!コマツの坂根会長

2011-08-04 11:39:18 | 塾あれこれ
パワーショベル等の世界的な企業
コマツの坂根会長へのロングインタビューは
たいへん面白かった。(『仕事学のすすめ』)
勉強になりますね。

私自身と比べるのは「(をこの沙汰)も極み」ですが
決まり文句ということでお許しいただくとして
「さすがにデキル人は違いますね。」

思考がクリアー
方向性をきちんと定め
表現(手段が)が具体的

どれも当たり前といえばそうですが
大きな組織ではたいへんな力量を求められます。

何より重要なことは「どうすれば実現するか」を
徹底して考えておられることです。

私ごときが、何かコメントをすることすら
恐れ多い感じですね。
実感がわくようなことではなく、雲の上のような話です。


私が小さな会社に入ったころは何も考えていなかったように
覚えています。
その時点でもう同期入社に「負け」ですね。
(社会に出た時点で勝負がついていることが多いようです)

暫くして仕事が見え始めると、自分の仕事範囲ではあれ
こうしたい、とか、会社をよりよく、とか
一人前の感想を抱きます。

自分の役割に関係ないことまでも新商品のアイデア社内募集
なんて必死になって参加していたものです。
すべてボツで、残念賞にも届かなかった・・・

↑これはお遊びですけれど
直接自分の仕事に関わることは重要です。
人並であれ、改革案を練ったり、仕事を工夫しました。

ただ自分でどうにかなる、というところ以外は
実行力がほぼ伴いませんでしたね。

思い切って怖い社長に直訴するほどのトライをしたか?
却下されたアイデアでもしつこく練り直し実現させたか?

・・・情けなくもそんな頑張りはしていません。
ごくタンパクに引き下がってばかりでしたねえ。

坂根会長の話を聞きながら「俺とは違うなー・・当たり前だろ」
同じボケツッコミを繰り返していました。


塾業界に入っても人間は変われませんでした。

山口塾中学部を立ち上げ、維持することに必死に
なっていましたが、周りの方々には迷惑のかけどおし、
ずいぶん評判の悪い人間でした。

何しろ口うるさいですからねえ。

口でいうだけでは人が動くことはなく、逆効果にも
なりやすいことは重々承知でも、気がつけば文句・・

結局、人心が離れて終了!

「じゃあ、塾を辞めます」というと塾長(恭弘先生)が
「それは困る」

「では3Aをつくって難関高受験をする、そこを
 一人で担当させていただくのはどうでしょう。
 そこは私が思うようにやらせていただき、他は皆さんで
 ご自由に」
 とか言いつつ、やはり何だかんだ口出した・・
顰蹙でしたねえ。

人々の納得を得て成功させるという能力がない私でした。

坂根会長は異星人みたいに見えます。(珈琲のCM?)

節電もダイエトも、きびし~~

2011-08-03 06:37:09 | 塾あれこれ
7月の電気使用量が分かりました。

7/4~8/1 29日間で286kwh、 一日平均9.86kwh

前年同月が32日間で334kwh、 平均10.4kwhです。

今年の7月は前年比ほぼ5%強の削減。

今年は気温が上がっていないので冷房にかかる電気が
少ないハズなのですが、そのワリには減っていませんね。

頑張っても思うようにいかないのはダイエトと似てます。
国が各家庭に要望した15%減には遥かに及びません。

今まで絞っていたからきついというのが当方の言い分では
ありますが、難しいものですね。

これまで何度も繰り返していますが、家で仕事をしている
分はなかなか削りにくいのです。(弁解でスミマセン)

せっかく通塾の皆さんに協力をしていただき朝の夏期講習に
しているのですが冷房は矢張かけなければなりません。

私の当初のイメージでは9時くらいまでは冷房をせず
窓からの風だけで勉強ができるハズと思っていました。

ところが実際は梅雨のような天気で朝から雨模様だったり
ひどく湿度が高かったりでエアコンが欠かせません。

冷房費をケチろうと眠いのに朝にしたのにイ~

政府が要請した家庭での15%節電は見積すぎだったとか
中国地方はひっ迫の度合いが小さいとかで
この辺りでは東日本より盛り上がりが小さいようです。

学校などでも率先してほしいですね。
政治家も。

まず自分たちの数字を明らかにしてから人に要請すべき
でしょうし、学校なども自ら範を垂れなきゃね。


人のことはおいてまず自分、8月も頑張りましょう。
ちょっと気を緩めるとすぐにリバウンドしますからね。


体重ですか?

数年前ダイエトに励み始めたころ63.1kgから
どう頑張っても下がらない時がありました。
夜散歩後、食事前です。
一か月ぐらい100gも動かなかった。(7月~8月)
毎日ピッタリ63.1kgで、気持ち悪くなるほどでした。

その後下がったのですが、しばらくして骨折。
リハビリ中に体重もリバウンドし(アリャリャ)
最近、やっとまた少し減らしつつあります。

昨夜、食事して散歩後63.9kgです。
たぶんもう少しで数年前のレベルになるでしょう。
62kg台のとき風呂上がりに転んで骨折してしまいました
から、あと1kgくらい減らすと危ないかなあ。

もう無理はしないことにしています。
しかし以前も無理をしているつもりはなかったので(半年で3kg)
若干不安が残ります。

しかしなんですな、ある程度までは体内の水分を減らすだけで
とりあえず体重は減るもんで(今がそう)
これは本当にダイエトといえるのでしょうか。
ちょっと水分が多くなればすぐにフヤケそうで不安。

親が、子供の為にではなく自分の為に勉強させる・・

2011-08-02 13:52:43 | 塾あれこれ
業界から叱られる話です。

昔から親が子供にいう「勉強しなさい」には
第一に子供のためを思う親心がありますが
他に親自身のための発言であるということが
あったハズです。

子供に家業を立派に継いでもらわないと
親の自分が安心して隠居できないですから。
(社会保障がない時代には生死に関わります)

同じように現代でも子供のためにだけではなく
親自身のために勉強させる面が形を変えて
現代でも続いているような気がします。

(「だから高い金を払って塾にお客がくるのだから
  要らんことは言うな!」と言われそうですかね)


多くの人が勉強が一番大事とまでは仰いません。(私も)
何番目かには大事でしょうけれど。

学校で成績が飛びぬけてよかった生徒よりも
目立たなかったり、勉強はからっきしだったりのほうが
立派な社会人になっていることも多いですよね。

人柄、体力、精神力、対人関係能力、情操、倫理観・・
人にとって大切なことはたくさんあります。
記述テストの偏差値だけが大切ではありません。

もちろん勉強を通して上記の(大切なこと)を鍛えるのも
可能ですが、勉強優先派はそれよりもつい目先の
偏差値がいくら、順位がどう、に引かれてしまいます。
勉強一番と言いにくいユエンです。


上記を踏まえたうえで、では、勉強では何が重要か。

人柄、体力、精神力、・・まずこれらが大切です。

それ以外に大切なものとしては「家庭の文化」。

(親切に教えてあげたつもりが余計なお節介に受け取られ
るのも、その家の気持ちのありかたが千差万別だから)

勉強に強く関係することとしては「何が当たり前か」
という感覚があります。

例えば「宿題をしないなんて信じられない、人間じゃない」
当然すぎること、という感覚のご家庭と、
「場合によればしなくても仕方がないか」というご家庭。

どちらが良いというわけではありませんが、少なくとも
勉強に関してだけを見れば前者のほうが伸びやすい。

あまりに当り前と思えるので特別に意識していないこと
これが重要です。

「意識しないから」子供への教育としては確実に
伝わるのですから。

自然に沁みこむのですね。
兄弟みんなよい質問ができる、こんなご家庭もあります。

自分へ直接「何ナニ」と言われると義務や責任を伴った
重い話になり、子供は引き受けにくいものです。
場合によれば反発をおぼえます。

家の文化として子供の周りに「当たり前」という雰囲気が
あり会話の隅にでも出れば、直接自分へ向けての発信では
ないので、引き受けやすいのです。

社会からも子供へ情報が届いたり、親戚からもあるかも
しれませんがやはり頻度が違います。
ご家庭の影響が大きいですね。

勉強力の遺伝、と言っても直接的なDNAだけが関係する
わけではないようです。
育つ環境も二次的な遺伝を行うと言えるでしょう。

以前に比べると多世代の同居が少なくなり
またたとえ同居をしていても教育への関わりが薄いので
(嫁さんの力が強くなったか・・)
家庭の文化といってもご両親の比重が高いでしょう。

ちかごろ気になるのは、主に教育を担当する側(=通常は
お母さん)が「子供のため」といいながら実は自分のために
教育をさせ「立派な子供」を作ろうとされている、これが
多くなっているのではないかということです。

もちろんお母さんにはそんなつもりはないでしょう。

でも実際には「夫の手前、~校には合格させないと
私のメンツがつぶれる」なんて気持ちがありそうな方も・・

「かわいいわが子を育てるにはやはりエリート校でないと」
そこにご自分の見栄は100%ないと言い切れるか?

他人から指摘できることではないし
ご当人もそんなつもりはないでしょうから、やっかい。

子供はいい迷惑です。

更に悪いことに上記の(マイナス文化)が子供に伝播し
次の世代に同じことが繰り返されそうなのです。

「この子、なかなか勉強してくれなくて。
 △△校などとても。
 やっと○○校に(自分の後押しで)」

そんなことを言われる子供がどんな文化に染まっていると思われますか?