山口塾の中学部でも運動部を勧めていました。
今でもお問い合わせを受ければ薦めます。
難関校受験には運動部は向かないと言われることが
世間にはあるのではないでしょうか。
習い事でも、時間や神経をつかうものは
少なくとも受験期では遠慮を願いたい、という塾は
今でも多いのではと思います。
私は経験上からも、そのようなことはないと言います。
もちろん生徒のその時点での実力と受験先の難易度と
の関係で、運動部きついなあ、という人もいます。
けれどおおむね運動が勉強に与えるマイナスは少なく
プラスの面が数多くあるように思います。
○
何度も当ブログで書いていますが私は運動オンチで
そういう活動の経験はほとんどありません。
そこで運動部というものをよく分からないところが
あると思います。
それでも運動部を勧めるのは、社会に出ても
体力とか対人関係などでクラブ活動はよいと
気付いたからです。
更に塾に入って以降、運動部の生徒の受験成績がよい
ことに気付きました。
目標に向かって突っ走れる人間が多いということが
受験でもよい結果を出すのでしょう。
山口塾のころはむしろこちらから勧めていましたね。
○
くりかえしますが良く分からないところもあります。
私にはステレオタイプのイメージしかないので
個別には違うことも多いかもしれませんがね。
桑田真澄さんの著書が気になります。
運動部にもかなり妙な「文化」があると指摘されて
いるのでしょう?
勉強に影響がないともいえないので、非科学的な伝統は
変更してもよいのかもしれませんね。
私が不思議だったのが、たとえば野球部
キャッチボールをしながら大声を掛け合いますね。
ああいうの、あまりピンとこないのです。
非運動部としては。
ただ最近思うようになったことがあります。
昔、応援団をやりたいなんて人間が若干いましたが
「どこが良いの?」ですよね。
でも、ガクランから重い旗から「うい~っす」まで
それをすべてひっくるめて「良い」と思い
それをやりたくて応援団に入る人もいたわけです。
野球部も二列に向かい合ってボールを投げながら
なにか大声で叫ぶ、あれをやりたいのでしょう。
「これがよいのだ」と言われれば「どーぞ」としか
言いようがありませんからね。
アイドルだと言われて、どこがよいの?、こういう
トシになってしまいました。
「~っす」が良いのなら認めるしかありませんね。
もし影響力を及ぼすならば、そうなる前なのですが
他人から口の出せることではありません。
ひそかに(なんじゃそれ)と思うだけです。
○
ただね、近頃の40代くらいから下の人に見られる
(日本文化の退化)はあれでよいのかね?
欧米人の真似をしても猿としかみてくれないのに。
大阪で幼児を二人殺したフーゾクの方がおられます。
信じられない事件ですが、役所を初め周りの社会も
どこか壊れているように思えてなりません。
そんな日本だったかなあ?
いまの若い方はそれで良いのでしょう。
結局、母親個人の責任。
二人の命を残虐に絶った者は死刑!
確かにそうなのでしょうが
なんともならなかったのですかねえ?
けれども「我々はこれで良いのだ」といわれたら
仕方ありません。
「うい~っす」で好きにやってもらうしかない。
○
じゃあ、あなたは塾で何かトライしているのか?
こう聞かれると本当に困ります。
自らの価値観を教育と称して押しつける、これは最悪。
たとえそれが立派な正しい価値観であっても。
違うなあ、と思っても「そうかもしれない」として
仕事をしなくてはなりません。
もし、本音を気かれればそのときはキチンと言いますが
そういう場合は少ないものです。
塾って、スキっといかないお仕事ではありますねえ。
今でもお問い合わせを受ければ薦めます。
難関校受験には運動部は向かないと言われることが
世間にはあるのではないでしょうか。
習い事でも、時間や神経をつかうものは
少なくとも受験期では遠慮を願いたい、という塾は
今でも多いのではと思います。
私は経験上からも、そのようなことはないと言います。
もちろん生徒のその時点での実力と受験先の難易度と
の関係で、運動部きついなあ、という人もいます。
けれどおおむね運動が勉強に与えるマイナスは少なく
プラスの面が数多くあるように思います。
○
何度も当ブログで書いていますが私は運動オンチで
そういう活動の経験はほとんどありません。
そこで運動部というものをよく分からないところが
あると思います。
それでも運動部を勧めるのは、社会に出ても
体力とか対人関係などでクラブ活動はよいと
気付いたからです。
更に塾に入って以降、運動部の生徒の受験成績がよい
ことに気付きました。
目標に向かって突っ走れる人間が多いということが
受験でもよい結果を出すのでしょう。
山口塾のころはむしろこちらから勧めていましたね。
○
くりかえしますが良く分からないところもあります。
私にはステレオタイプのイメージしかないので
個別には違うことも多いかもしれませんがね。
桑田真澄さんの著書が気になります。
運動部にもかなり妙な「文化」があると指摘されて
いるのでしょう?
勉強に影響がないともいえないので、非科学的な伝統は
変更してもよいのかもしれませんね。
私が不思議だったのが、たとえば野球部
キャッチボールをしながら大声を掛け合いますね。
ああいうの、あまりピンとこないのです。
非運動部としては。
ただ最近思うようになったことがあります。
昔、応援団をやりたいなんて人間が若干いましたが
「どこが良いの?」ですよね。
でも、ガクランから重い旗から「うい~っす」まで
それをすべてひっくるめて「良い」と思い
それをやりたくて応援団に入る人もいたわけです。
野球部も二列に向かい合ってボールを投げながら
なにか大声で叫ぶ、あれをやりたいのでしょう。
「これがよいのだ」と言われれば「どーぞ」としか
言いようがありませんからね。
アイドルだと言われて、どこがよいの?、こういう
トシになってしまいました。
「~っす」が良いのなら認めるしかありませんね。
もし影響力を及ぼすならば、そうなる前なのですが
他人から口の出せることではありません。
ひそかに(なんじゃそれ)と思うだけです。
○
ただね、近頃の40代くらいから下の人に見られる
(日本文化の退化)はあれでよいのかね?
欧米人の真似をしても猿としかみてくれないのに。
大阪で幼児を二人殺したフーゾクの方がおられます。
信じられない事件ですが、役所を初め周りの社会も
どこか壊れているように思えてなりません。
そんな日本だったかなあ?
いまの若い方はそれで良いのでしょう。
結局、母親個人の責任。
二人の命を残虐に絶った者は死刑!
確かにそうなのでしょうが
なんともならなかったのですかねえ?
けれども「我々はこれで良いのだ」といわれたら
仕方ありません。
「うい~っす」で好きにやってもらうしかない。
○
じゃあ、あなたは塾で何かトライしているのか?
こう聞かれると本当に困ります。
自らの価値観を教育と称して押しつける、これは最悪。
たとえそれが立派な正しい価値観であっても。
違うなあ、と思っても「そうかもしれない」として
仕事をしなくてはなりません。
もし、本音を気かれればそのときはキチンと言いますが
そういう場合は少ないものです。
塾って、スキっといかないお仕事ではありますねえ。