雪だるま倶楽部

日々を離れ
日常から脱却した世界
そんな風景を切り取っています

おはらい町の食事

2010年05月10日 | 三重散策
おはらい町での食べ歩き

花より団子という言葉があるが
参拝よりも食べ歩き
今回はそういうテーマになってしまった

おかげ横丁の出店では
春の時期
山の幸が並ぶ

   

タラの芽
さっと湯がいて醤油で頂くと美味しい

   

醤油と言えば
こちら、網の上で焼いて醤油をかけて食べる
どちらもお土産になった

あっさりした山菜も良いが
せっかくならガッツリと
ボリュームのあるものも欲しい

      

まずは
サメシュウマイ
いわゆるフカヒレの味と食感がするようなしないような??

   

そして
伊勢で味わえる松坂牛の味
霜降りの松坂牛は無理でも

   

松坂牛を使ったコロッケならお手軽に楽しめる

       

ビール片手におかげ横丁を巡れば
味噌で味わう蒟蒻も良いつまみになる

   

つまみと言えば
伊勢は海産物の地でもある

   

伊勢を訪れたのなら
海の幸は捨てられない

続く
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おはらい町2

2010年05月08日 | 三重散策
おはらい町の2回目

       

伊勢神宮参拝の楽しみの
おはらい町散策があると書いた

   

おはらい町は1kmに満たない距離の石畳
参道脇左右やおかげ横丁域内には
数多くの店が軒を連ね
訪れる人をもてなしてくれる

   

買うのも
眺めるのも
食べるのも
歩くだけで楽しくなる町

       

趣味のものを物色するのも
五十鈴川を眺めながらお茶や食事をするのも

   

ここの楽しみ方である


おはらい町は元々
御師の館が立ち並んでいた
御師とは
伊勢信仰を全国に広めた人達を指す
いわゆる権禰宜だ

   

おはらい町の名前の由来ともなっていて
伊勢を訪れた参宮客は
御師の屋敷に泊まり
そこで
神楽を聞き
お札を授与される
こうしてお祓いをしてもらう事から
おはらい町の名が付いたとも云われている

   

今ではもう
御師の館は残っていないが
名前だけは今でも続いている

   

おはらい町を通り抜け
伊勢神宮へと参拝するのだが
誘惑が多すぎて
伊勢神宮への道のりは遠い

       

次回は
おはらい町での食べ歩き
またもや大暴走

       
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おはらい町

2010年05月07日 | 三重散策
桜の咲く季節だったが
伊勢神宮を訪れた

   

伊勢に参らば
おはらい町も歩かねば
というか
おはらい町に行くために
伊勢を訪れたようなもの

   

伊勢神宮は次いででは無い
でも
どちらがメインか解らない旅
撮った写真も断然
おはらい町が多かった

       

おはらい町は五十鈴川沿いに
約800m続く石畳の商店街
切妻
入母屋
妻入り
といった様式の屋根が連なっている

   

軒先から店内を眺めると
懐かしい雰囲気の風景にも出会える

   

参道は伊勢神宮内宮参拝の時に何時も楽しんでいる
内宮は宇治橋から先
宇治橋の近辺にも駐車場があるので近道が出来るのだが
わざわざ離れた駐車場に停め
おはらい町を端から端まで歩く

   

途中
立ち止まっては物色し
土産物屋に入ったり

       

食事も楽しんだりと

   

おはらい町は楽しい

   
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背割堤

2010年05月06日 | 写真
日本人は桜をこよなく愛する
日本の各所に桜並木が存在

   

桜並木は河川沿いというのが多い
開花時期は未だ少し肌寒い事が多く
散策するには最適だ

   

名もない
片田舎の背割堤沿いの
桜並木を散策してみた

   

堤に沿って
続く畦道で手作りの花見をする地元の人たち
春の日本の情景を見つけた気分

       

車も通らない
堤は
被いつくさんばかりの桜が咲いていた

   

今日のためと
思ひて標し
あしひきの
峰の上の桜
かく咲きにけり

   

大伴家持は多くの唄を残した
桜を愛でた唄も多い

       

桜花
今ぞ盛りと
人は言へど
我れは寂しも
君としあらねば

       

桜に呼ばれたような気がして
訪れてみた背割堤
美しい景色だった

   

   
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墨俣

2010年05月05日 | 岐阜散策
墨俣という地は
歴史上の地でもある

   

現在は墨俣と書くが
この地が登場する史書によると
洲股と書くのが正しいだろう
信長公記にはそう記述がある

   

交通上、戦略上の要地で
古くには
治承・寿永の乱で
源氏と平氏の戦場となった事もある

   

墨俣には城は無かった
これは事実だが
今では城がある
大垣城を模した
墨俣一夜城歴史資料館がそれだ

   

ここは桜の名所として有名
長良川の堤の西側には
堤防を挟んで犀川
犀川の堤には2kmを超える桜並木が続いている

   

話しが外れた
一夜城についてだった
城というよりも
砦と表現する方が正しいかもしれない
この時期
木曽川は何度も氾濫を重ねており
水路が定まっていなかった
そういう事実からも城があったとは思えない

   

太閤記では
見せ場となる一夜城築城の件
果たして事実はどうだったのか

   

墨俣が歴史上に最後に登場するのは
小牧長久手の戦いの頃
以後は歴史の襞に埋没する

   

桜と屋台を同時に楽しみながら
歩いてみた

   
コメント (11)
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京の桜4

2010年05月03日 | そうだお金を使わずに京都を巡ろう
そうだお金を使わずに京都を巡ろう






産寧坂
東山観光で巡ると
起点となる路

   

春の時期に歩くのなら
明保野亭の桜は欠かせない

   

ここは幕末
一つの凄惨な事件が起きている
池田屋事件で逃げた浪士が
この亭に潜伏しているとの情報を得た新撰組が
会津藩士と共に
捕縛に向かったのは元治元年6月10日の事

  

現場には浪士が居たが
この浪士のうち土佐藩士だった一人が逃亡
追って手傷を負わせ
捕縛したまでは良かったものの
その浪士、翌日には士道不覚悟として
藩命で切腹させられている

   

この切腹が
土佐藩と会津藩の仲を引き裂きかねない状況となる
若手の藩士が片手落ちだと激昂したのだ
喧嘩両成敗が妥当とし
浪士を追った会津藩士も
さらに翌日切腹している

   

長州藩士捕縛の折の
誤報に基づく悲劇
過去に思いを馳せながら
明保野亭の桜を眺めるのも一興

   

桜の季節には
和服姿の女性が似合う

      

艶やかな

煌びやかな

   

春のひと時の風景を
楽しみながら歩けば

       

やがてたどり着いたのは
円山公園の枝垂れ桜

  

今年も
この桜を見ることが出来た
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京の桜3

2010年05月01日 | そうだお金を使わずに京都を巡ろう
そうだお金を使わずに京都を巡ろう






京都有数の花街

   

白川沿いには
桜の帯があり
年間を通じて往来のある路が
春の時期は更に多くの人で賑う事になる

   

御所から辰巳の方角
ここには辰巳大明神が祀られている
伎芸上達の神

       

大明神の脇には
巽橋

   

その昔
巽橋には狸が住んでいたとか

   

この狸
どうも悪戯好きだったようだ

   

時折、芸妓がこの狸に騙され
橋を渡っているつもりで
白川を歩かされるなんて事があったそうな

       

悪ふざけに困りかねた人々が
悪戯しないようにと
辰巳大明神に祀ったところ
それ以降
狸が悪戯することは無くなったとか

       

狸に見守られながら
白川の桜を楽しんだ

       
コメント (14)
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