行雲流水

ボランティア活動を中心に記録する

母の半年

2019-07-23 15:18:00 | 日記
 2019年1月20日大寒から、本日7月23日の大暑まで半年間、病院暮らしが続いているが、途中県病院・厚生病院に検査転院し、結局元の古川医院で今のところ落ち着いている。
 母は大腿骨骨折で手術が無理で自然治癒に期待するも、痛みが取れずベッド生活が半年以上続いており、可哀そうになる。家族で世話をするのは限界を感じるので、介護保険に頼るしかすべがない。
 見舞いの度に今何月何日か聞いてみるが的外れが多い。今日は7月だと答えた、母はお風呂に入れてもらって食堂でお茶を飲みながらテレビを見ていたせいかもしれない。今日もメモ用紙と鉛筆を渡すと自分の名前を間違いなく書けた。妹の話で、父が96歳で他界する前に自分の名前が書けなくなったと言っていたので、百寿を迎えても大丈夫なのはすごい。
 病院へ出かけても、手足をさすったり、首・肩周りをマッサージすることぐらいしかできないことを許してもらいたい。
 

旅の回顧

2019-07-20 11:00:58 | 日記
 帰国して2週間、年のせいか記憶が乏しい。中欧8日間の旅は、ルックJTB添乗員さんを含めた30名のツアーだった。旅行中添乗の嶋野真弓さんの名前がなかなか思い出せず手間取った。参加者の名前は鼻からあきらめていた。それでも何人かには、出身地をお伺いしたけれど、岡山を和歌山と聞き違え赤面した。ホテル到着後、ルームキーを受け取るとき名前を呼ばれるが、自分のキーが気になり他人様の名前は上の空だ。妻との回顧でも出身地や身体の特徴でやり取りしている。
 さて、旅の最終地ウイーンのレストランでの昼食時、隣に座った島田から参加の奥さんに大前さんと呼ばれ訂正させてもらったが、その後も又間違われた。昼食は魚か肉かのチョイスで、ともに肉を選んだ。当方は半分しか食べられなかったが、その方はご主人や魚を選んだ方々へおすそ分けし完食状態にあった。何人かご褒美に洋酒グラス一杯提供されていた。その後のデザートを出された時、妻はパスポートを見せろといじられていた。写真はメインの「ウインナーシュニッツェル(子牛のカツレツ)」肉を薄くたたきグローブのような大きさだった。

旅の思い出

2019-07-13 18:13:51 | 日記
1987年(昭和62年12月)ホノルルマラソンとハワイ親善訪問の旅に参加。当方46歳で初めてマラソンに挑戦、20kmまでは1時間40分で走れましたが、その後は足腰が痛くなり歩いたり走ったりでゴールには5時間30分かかった。帰りの飛行機JAL77便で、大阪の女性市民ランナーの村本みのるさんから機内でメモノートに「風雨の中よく走りましたね」とエールを頂き大切に保管している。
 JAL雑誌「旅じまん、ペンじまん」へマラソンの感想を投稿して採用され、ハンディーな世界時計を頂き今回の旅行にも携行した(写真左)
 ハンガリーで3,000フォリント(1,410円)で、IQ Games Dog Puzzleを購入、早速10個のパーツに分離してみた。(写真右箱の上)
 もう一つは、チェコで手に入れたハリネズミの背中に色鉛筆を12本立てるメルヘンチックな土産だ。

中欧の旅事情

2019-07-13 11:40:21 | 日記
 ウイーン到着後、現地はサマータイム、19:00でもまだ太陽が高い。気温29℃の中ハンガリーのブダペストへ約3時間240kmのバス旅が続く。勿論右側通行で、日本でいうと逆送の状態、途中サービスエリアでトイレ休憩、運転手さんも労基法に基づきちゃんと休憩しているかタコメーターで記録が残るらしい。トイレの度に小銭がいることはすでに紹介したが、ホテルでも枕銭がいるのがややこしい。連泊するのだから2日目にまとめておけばよいと思いきや、部屋係が日によって変わるかも知れないので毎日準備した方が良いと添乗員さんからアドバイスがあった。
 レストランでは食事中席を外すと下げられるので注意、食べきるまで他の用事はしない方がいい。食事の水は日本と違い代金が必要。雨の少ないお国事情か?写真はハンガリーで出されたパプリカの肉詰めでジャガイモが添えられている。
 中世の街並みが残る観光地は、石畳の道路が残り、歩くのに疲れるから履きなれた運動靴がおすすめ。ちなみに当方旅の終わりごろ運動靴を処分して帰国した。

中欧4カ国めぐり

2019-07-11 16:18:26 | 日記
 15年ぶりの海外旅行になった。当然パスポートの取得が必須で、旅券センターへ4月19日に申請を行い、1週間後4月26日に受領、令和改元数日前に整った。出発までの2か月足腰を鍛え、体力をつける方策に苦慮した。さて、いよいよ出発の日、時間に余裕を持たせるため日航成田ホテルで前泊した。
 6月29日(土)13:35--現地時間6:35--オーストリア航空(os)に搭乗(写真)往路12時間長い修業が始まった。キャビンアテンダントの赤い制服がかっこいい、12~13名のクルーで男性1名を含む。背の高いゲルマン系と低いラテン系の中に日本人caも1名勤務されていた。その方へ機体の小窓から見える景色がどのあたりか訊ねると、ロシアのエカテリンブルグ付近だと教えて下さった。
 機内では、軽食や食事のサービス後はトイレに立つ人が順番待ちになり大変だった。
 18:35ウイーン着、直後ブダペストへバスで3時間移動しホテルに到着した。サマータイムで7時間の時差、現地は21時ごろまで明るかった。