ハリ天狗の日々奮戦

天狗のごとく山を駆け、野を走る(かな^^;)。 東京は西の端・青梅発、全国行き。日々鍼を打つランニング鍼灸師の奮戦記。

ちょっとあわてた67歳

2012年03月05日 | 日々奮戦



毎月発行しているお便りに「私の1964」という雑文を書いた。

映画「ALWAYS 三丁目の夕日’64」をようやく観に行って来ました。シリーズ3作目で展開もしっかり読めてしまうのに、わかっちゃいるのに、泣かされることは毎度です。?・・・と、まぁ、その内容については置いておき、スポットを当てるのは今回の映画の舞台となった「1964年」です。そう、東京オリンピックが開催された年。「昭和39年」です。
わたくし、何を隠そう堂々のキ印がつくほどのオリンピック少年でしたが、原点はまさにこの東京オリンピック。小学校3年生の時の出来事でした。熱くなっていたのはオリンピック開催中というより、オリンピック後と言った方が正確でしょうか。朝日ソノラマ(まだレコードじゃなくてペラペラのソノシート)の東京オリンピック曲集や写真集を買ってもらい、一気に火が燃えさかったのです。メダルのデザインを必死になってボール紙に写し取り、金銀銅メダルを作り(当時は相当の自信作)、学校から帰ると大勢の友達や弟連中を集め連日のオリンピックごっこのスタートです。もちろん入場行進から始まり、競技も体操や陸上は毎日、それ以外にも見よう見まねの重量挙げとかレスリングとか…。結果が出ると待っているのは表彰式。国旗掲揚はありませんでしたが部屋のプレーヤーからはファンファーレが高らかに鳴り響きます。前の大工さんからもらってきた材木のあまりで作った表彰台に上り、金銀銅メダルが入賞者の首にかけられます。
…と、まぁこんな具合。入場行進曲やファンファーレは今でも空で口ずさめる程の入れ込みよう。強かった男子体操には特段の憧れを抱き、その後の鉄棒熱も尋常ではありませんでした。「東京オリンピックが開かれた1964年、昭和39年が小学校の3年生だった」この太文字事項がそれ以後の年齢計算などの大元になっているのです。

で、今日、何気なく見ていた雑誌に1964年の日本人の平均寿命というのが出ていて、思わずうなってしまったのだった。
男:67歳 女:72歳
衝撃の数値だ。当時は別に発表されたって特別な数値じゃなかったろうけど、今見たら衝撃だ。
ちなみに2011年の平均寿命は男80歳に女86歳。男女平均83歳は堂々世界一なのだ。
細胞的に現代は昔に比べて15歳は若いと言うが、数字だけを見たらビックリ仰天。自分の56歳という数字に思わずびびってしまったのだった。67-56=11だって。1964年だったら相当なもんなんだよ。

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8 コメント

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年齢計算などの大元になる年というのが、おぉ自分... (のまダッシュ)
2012-03-06 00:12:51
年齢計算などの大元になる年というのが、おぉ自分にもあるあるとすごく納得でしたー。
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こんばんは。 (ike)
2012-03-06 00:21:12
こんばんは。

余計なおせっかいかもしれませんが、「平均寿命」はその歳に生まれた0歳の人間の「平均余命」です。つまり、今生きている日本人が平均して生きることが出来る年齢ではありません。
ただし、毎年発表される「平均余命」は医療の発達などにより、実際の平均生存期間は「平均余命」とは異なります。
ちなみに私は1964年オリンピック開催期間中に生まれました(^_^)v(ので、自分を含め同輩の平均寿命は67歳(笑))
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やはり、1964ですよね。 (ヨッシーの父)
2012-03-06 08:09:57
やはり、1964ですよね。
学校もオリンピック中継を見せてくれましたね。

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東京オリンピックの時は小6でした。 (じゅん)
2012-03-06 08:31:02
東京オリンピックの時は小6でした。
今の天皇さんのご成婚の少し後にテレビを買ったので、家で開会式を見ました。テレビの技術のまだまだで、日本選手団のブレザーの深紅が、行進するたびに少しズレていました。体操の遠藤、山下。東洋の魔女。そして、マラソンのアベベと円谷。調べると、オリンピックのマラソン競技が全コース生中継されたのはこの東京オリンピックが世界最初であるとのこと。だけどマラソンに関しては鮮明な記憶が実はありません。カラー放送も一日のうちで1~2時間程度。たしか夜12時には放送終了の映像が流れました。
昔話は面白いですね。
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★のまダッシュさん (ハリ天狗)
2012-03-06 15:29:59
★のまダッシュさん
ありますか!
私はこの「1964年、昭和39年」は相当に使い込んでいますよ。こだわらなくても1955年、昭和30年生まれなので計算は楽なのですけどね^^;
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★ikeさん (ハリ天狗)
2012-03-06 15:33:29
★ikeさん
そうそう、正しくは平均余命なんですよね。それはこういう数字が出てきた時からよ~く言われているので、わかってはいるつもりなんですよ。それで写真もゼロ歳児!
だけど、最近見慣れていた「80」から、急に「67」に目が映ったことで・・・あまりにすぐ近い将来の数値にバタバタしてみちゃいました^^;
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★ヨッシーの父さん (ハリ天狗)
2012-03-06 15:35:43
★ヨッシーの父さん
私はテレビ中継よりも市川崑監督の映画「東京オリンピック」に学校で連れて行ってくれたことが印象に残っています。あの頃まだ市内に映画館もあったんだよなぁ。
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★じゅんさん (ハリ天狗)
2012-03-06 15:41:04
★じゅんさん
刺激してしまいましたか^^
家にテレビはあったけど、私の東京オリンピックはテレビ中継よりもあとの自分の中の興奮振りが一番ですね。マラソンを目の前で見てきたという伯父が、写真集のアベベや円谷、ヒートリーをみて、そうそうこの靴だったとかこういう顔だったとかって興奮して話してくれたことが言い商に残っています。個人総合優勝の遠藤幸男は大ヒーローでした。
そうそう、聖火最終ランナーの坂井義則さんのサインが何故かうちにはあります。
テレビ番組欄に「カラー」って入っていたんですよね。うわっ、懐かしい!きりないですね^^;
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