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ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

ホオグロヤモリ

2011年04月28日 | 動物:両性・爬虫類

 万に一つの不運

 職業に暴の字が付くその男は、その夜たまたま機嫌が悪かった。すごく悪かった。
 その日の夕方、弟分の一人がシートベルトごときで警官に止められた。その時、たまたまちょっと飲んでいて警官に反抗したものだから、挙動不審と見なされ、「降りなさい」となり、車の中を調べられた。車内から白い粉が見つかって、ひと騒ぎとなった。
 その車は、男がたまたま弟分に貸してあった車だった。で、男も警察に呼ばれた。白い粉は、だいぶ前にダミーとして組に持たされたもので、中身は小麦粉か何かのはず。その一袋だけがたまたまシートの隙間にもぐりこんでいたもののようであった。
 薬では無いことが判り、警察からは開放された。が、長い時間こってり絞られて、疲れた。時間は、夜9時を過ぎていた。家に着いたのは10時前。玄関に子供をおぶって、手に大きな荷物を持った女房が立っていた。女房は静かに言った。「今日が最後のチャンスって言ったでしょ。しばらく、実家に帰っているわ」・・・そして、出て行った。
 その日は4つになる娘の誕生日だった。半年前に浮気がばれて、離婚騒ぎになって、謝り倒して、二度と浮気はしない、娘の誕生日に家族水入らずの時間を過ごし、娘と家族の将来を祝う、などと誓い、何とか許して貰うことになっていたのだった。
 誰もいない部屋で、泡盛を飲む。「ちくしょう、何でこんなことになるんだ!」と口の中で叫ぶ。泡盛をがぶがぶ飲んで、ベッドに入って寝た。寝られなかった。やり場の無い怒りが込み上げてきた。外へ出た。半年前浮気した女のいる飲み屋へ向かった。
 午前2時過ぎ、店に入ると女は奥の部屋にいた。傍に見知らぬオヤジがいて、女の手を握ったり、腰に手を回したり、時々頬擦りしたりしていた。男は頭に血が上った。

 その夜、私は職場の仲間たちとの飲み会があり、二次会まで付き合わされる。その二次会はたまたま入ったスナックバー。そして、たまたま私の傍に19歳のカワイイ子が座った。私好みの女だったので、10分もすると仲良くなり、そういう店に似合う程度にイチャイチャするようになった。久々の柔肌に私は有頂天になっていた。
  午前2時を過ぎた頃だった。ヤクザみたいな顔つきの男がフラフラとやってきて、私の目の前に立った。男は何やら私に向かって怒鳴っていた。何を言っているか判らない。
 たまたまその日、数年ぶりに有頂天になっているオジサンは、たまたまその日、人生でもそう無いくらいに怒りに狂った男に、訳もわからず殴られた。晴天の霹靂だった。
 "たまたま"という偶然が10位も重なって生まれた、万に一つの不運というやつが、どうやら私を襲ったようであった。人生にはこんなこともあるんだなぁと思った。

 玄関のドアを開け、右足を外に一歩出す。玄関の内と外では15cmほどの段差があるので、いつもドカッっといった感じで右足を下ろす。
  そうやって足を下ろすのは1日当たり平均2回、1回当たり約1秒。下ろした足裏の面積は約0.02㎡、ヤモリ1匹の行動面積は約60㎡。ということで、1日に、ヤモリがたまたま私の足の裏にいる確立は、約2億6千万分の1。"万が一"どころでは無い。2億6千万分の1の機会に出会うということは、ほとんど奇跡に近い出来事なのだ。
 ある日、玄関のドアを開け、右足を外に一歩踏み下ろした時に、グチャっという音がした。足をどけて、見ると、子供のヤモリが平たくつぶれていた。何たる不運!!
 私の場合は万に一つの不運だったが、子ヤモリは何と、約2億6千万分の1に遭遇したのだ。しかも、私の不運はちょっと痛かっただけだが、子ヤモリは、その幼い命までも失ってしまった。こんなことが世の中にはあるんだなぁと、私は思った。南無阿弥陀仏。

 
 ホオグロヤモリ(頬黒守宮)
 ヤモリ科 方言名:ヤールー
 沖縄には数種類のヤモリ科の仲間がいるが、ヤマトゥのヤモリに比べると沖縄のヤモリは敏捷に動く。ハエ、カ、ガなどもすばやく捕らえるし、ゴキブリだって捕まえる。
 ホオグロヤモリは家の中でよく見かけるヤモリ。私が奪った幼い命もこのヤモリ。家の中のどこからか聞こえてくるケッ、ケッ、ケッという鳴き声は、このヤモリの声。
 私の家にも家守がいる。時々家出して、声も姿も見せないことがあるが、今は2匹。
 
 外にいたヤモリ。体の模様を背景に合わせて変える。
 
 沖縄ではお馴染みのヤモリの卵。どの種のヤモリかは不明。

 記:ガジ丸 2004,9,27 →沖縄の動物目次
 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄昆虫野外観察図鑑』東清二編著、(有)沖縄出版発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行


最重要防衛地点

2011年04月22日 | 通信-政治・経済

 「もしも」を考えた。
 もしも沖縄に大地震が発生し、大津波にも襲われたら、と考えた。
 実家は海の近く、徒歩5分も歩けば港のある場所。海抜2、3メートル程度の場所だ。大津波がやってきたらひとたまりもない。実家は生き残れない。
 私の住まいは首里石嶺町にある。首里は東に太平洋、西に東シナ海と海に挟まれているが、どちらからも距離があり、しかも、高台である。30メートルを超える大津波であっても、ここまでは届かない。首里はまた、隆起石灰岩の地層帯で、少なくとも私の住む辺りの地面は概ね強固である。液状化も土砂崩れも地滑りの心配も無い。なので私は、地震にたいして、あまり心配しなくていい・・・のかというと、そうでもない。
  去年からアパートの、私の部屋の天井裏で時々、コトンという音がしていたが、2月の終わり頃、ドスンという大きな音がした。何か重いものが落ちた音、部屋を見渡したが、何も落ちていない。そこで気付いた。おそらく、屋根のコンクリートが剥がれ落ちているのだ。ボロアパートは大地震が来たらきっと全壊する。私は潰される。
          

 私は日常、翌日の朝飯等の準備を前夜にやっている。例えば火曜日の夜、寝る前に米を研ぎ、炊飯器に入れ、タイマーのスイッチを入れる。ネギを刻み、納豆をお碗に入れ、かき混ぜ、タレと辛子を入れ、かき混ぜ、刻んだネギを入れ、かき混ぜ、ラップをして、冷蔵庫に保管する。鍋にお湯を沸かし、味噌汁の準備をする。
 その他、翌日必要な持ち物なども準備しておく。火曜日と水曜日の夜は、準備は概ね万端で、翌朝慌てるなんてことはほとんど無い。ところが、その他の曜日は、準備ができていないことがしばしばある。何故か?・・・その他の曜日は酒を飲んでいるから。
  飲み会の日は酔っているので、翌朝の準備など最初から諦めているが、一人で晩酌してほろ酔いの時でも、準備を全く忘れてしまうことがしばしばある。さらに、どちらの場合も私は眠りが深い。朝まで目覚めない、目覚ましの音が聞こえない場合も多い。
 「もしも」を考えた。
 もしも沖縄に大地震が発生し、大津波にも襲われたら、と考えた。
 もしも、飲み会の日で酔っていたら、私は適切な判断ができないであろう。もしも休肝日を除いた五日間、深い眠りに入っている私は、揺れに気付かない、または気付くのが遅れる。そんな私は、喩え、頑丈なアパートに越したとしても・・・。

 原子力発電所は、いったん事故が起きると大惨事になる可能性があるってことは、チェルノブイリの原発事故を、当時のテレビの報道を観て、知っている。
 2001年9月11日にニューヨークで起きたことが、世界貿易センタービルでは無く原発だったらと、当時の私は想像していた。恐ろしいことになると思った。
 「もしも」を考えた。
 テレビで観たり、聞いたりした限りでは、日本の原発は無防備のような気がする。もしも、そんなところへ武装したテロリストがやってきたら、と想像してみた。原発は簡単に占拠される。恐ろしいことにならないだろうか?そんなこと考えると、世界の、どこの原発も最重要防衛地点にしなければならないと思うが、そうなっているだろうか?
          

 記:2011.4.22 島乃ガジ丸


ウサギ

2011年04月21日 | 動物:哺乳類

 可愛くても食う

 ウサギは一匹二匹、または一頭二頭と数えるのでは無く、一羽二羽と数える。ということを若い頃に何かの書物で読んで知っている。一羽二羽は鳥の数え方である。ウサギを何故鳥のように数えたかというと、倭国では獣肉を食べることが禁忌とされていた。獣肉でも四足は駄目だが二本足の鳥は良いともされていた。ウサギの肉を好んで食べる倭人グループがいて、「他所から文句を言われないようにウサギは鳥ということにしようぜ」ということになり、ウサギを鳥と同じ数え方にしたとのこと・・・だったと思う。

  ウサギ肉はフランス料理にもある。私は食べたことが無いが、美味しいらしい。10年ほど前の私なら、「ウサギ料理?ぜひ食いたい」となったであろうが、十分年取っている今は、「ウサギ?あれば食うが、わざわざ食いに行こうとは思わねぇ」となる。どんなに美味しかろうと、ウサギを食ったからって、私のこの先の人生に何の影響も与えないということを知っているからだ。七輪の炭火で焼いたサバより美味いのであれば別だが。
 とはいっても、目の前にウサギ料理を出されたら、何の躊躇いも無く私は食う。「ウサギは可愛い、可愛いから食べるのは可哀そう」と思う人も多いかも知れないが、私は食い物を見た目で判断することは無い。女性を見た目で判断することは大いにあるが。
 2011年は卯年、ということで、今年最初のガジ丸はウサギを紹介しました。

 
 ウサギ(兎):ウサギ目の野生、または家畜
 ウサギ目の哺乳類 オセアニアを除く全世界に分布 方言名:ウサジ
 名前の由来は諸説あるらしく、広辞苑に「「う」は兎のこと、「さぎ」は兎の意の梵語「舎舎迦ささか」の転とする説、朝鮮語起源とする説、鷺さぎとする説とがある」とあった。方言名のウサジはウサギの沖縄読み。元々沖縄には野生のウサギは生息していないので、沖縄独自のウサギの方言名も存在しないというわけ。
 沖縄県(沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島など)に野生のウサギは生息しないが、お隣の奄美大島と徳之島に天然記念物のアマミノクロウサギが生息する。
 ウサギは「ウサギ目の哺乳類の総称。耳の長いウサギ科と耳が小さく、小形のナキウサギ科とに大別」(広辞苑)されるとのことだが、普段目にする、絵本でもお馴染のウサギは、耳の長いウサギ科。小学校の片隅で飼われているのもよく見る。
 学校で飼われているものは概ねカイウサギという種らしい。野生のウサギのことをノウサギ(野兎)と言うが、日本にはノウサギが6種生息するとのこと。
 繁殖力が大きく、肉は食用となり、毛皮も利用される。

 記:ガジ丸 2011.1.2 →沖縄の動物目次
 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行
 『いちむし』アクアコーラル企画発行


ウシ

2011年04月21日 | 動物:哺乳類

 食われる働く戦う

 私が子供の頃は那覇市内にも多くの酪農農家がいた。鶏舎などはそんじょそこらにあったように記憶している。当時、親戚が那覇市の繁多川にいて、そこで山羊と豚を養っていた。牛は、はっきりとは覚えていないが、乳牛をどこかで見ている。
  乳牛(白黒の牛)は見ているが、子供の頃に肉牛(黒い牛)を見た記憶が無い。沖縄は古(いにしえ)より食肉というと豚肉が中心だったので、その頃は肉牛を扱う酪農家が少なかったのかもしれない。「今日はすき焼きよ」、「わーい、ご馳走だ」といった時の牛肉もたぶん、沖縄産では無く、アメリカ産だったと思われる。

 八重山出身の友人Yによると、八重山では何かの行事の時に、牛を一頭つぶし、牛汁にして食べる習慣があるとのこと。それで彼にとっては、子供の頃から牛は身近な動物だったようだ。私の牛汁 初体験は、記憶が正しければ、大人になってからだ。
 倭国でも牛は古くから飼われていたらしいが、その概ねは農耕用であったとのこと。牛肉を一般的に食うようになったのは文明開化の牛鍋以降だとのこと。八重山では昔から一般的な食材で、沖縄全般でも牛汁料理は昔からあったようだ。でも、主には農耕用だったらしい。沖縄ではその他、闘牛用としても古くからあり、今でも普通にある。

 沖縄牛肉のブランドとしては、石垣牛、山城牛が有名。ちなみに「和牛」とは何ぞや?と思って、広辞苑を引いてみた。「家畜のウシのうち、日本の在来種と、明治以後にヨーロッパなどからの輸入種を使ってこれを改良したものとの総称。」とのこと。日本在来の牛もいたようだ。現在でも山口県に見島牛という在来種がいるとのこと。

 ウシ(牛):ウシ目の家畜
 ウシ科の哺乳類 世界に広く分布 方言名:ウシ
 ウシの語源は資料が無く不明。ウシとは「ウシ目(偶蹄類)ウシ科の一群の哺乳類の総称」(広辞苑)のことで、一般には家畜のウシを指す。
 西アジアで8千~1万年前に家畜化され、肉用・乳用・役用(農耕や牛車など)に利用されたとのこと。世界に広く分布し、肉用・乳用・役用それぞれに多くの品種がある。日本には日本在来種がいて、古くから家畜化され、沖縄では15世紀頃から飼育されていたらしい。ちなみに和牛とは、「家畜のウシのうち、日本の在来種と、明治以後にヨーロッパなどからの輸入種を使ってこれを改良したものの総称。」(広辞苑)のこと。
 琉球王朝時代は主に農耕用に使われ、闘牛もその頃から行われていたようだ。明治以降には肉用牛が増え、戦後は乳用牛の飼育も増大した。現在の沖縄も酪農は盛んで、県産品牛乳は復帰(1972年)前からあり、今でもスーパーに多く並んでいる。牛肉も県産和牛が多くあり、品質も高い。その他、闘牛も盛んに行われている。 
 
 民家の近くでも牛小屋は見ることができる。普通のウシ、白黒模様の乳用牛。
 
 肉用牛、乳用牛など身近な家畜。沖縄では牛車、闘牛などにも使われる。

 記:ガジ丸 2010.10.11 →沖縄の動物目次
 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行


オオコウモリ

2011年04月21日 | 動物:哺乳類

 空飛ぶ哺乳類

  2005年10月3日の夜7時頃、「ギャッ、ギャッ、ギャッ、」という煩い声が聞こえて、窓の外を見た。外は既に暗くなっていたが、窓から10mほど離れた電線に2匹のオオコウモリがぶら下がって、騒いでいるのが見えた。写真を撮る。
 
 同年11月4日の午後4時頃、八重山旅行をした際に、竹富島でオオコウモリを発見した。遠く離れたところにいたが、3倍ズームで写真を撮った。
 当時持っていたカメラはズームも3倍しかなく、他にたいした機能もついていない安物であった。で、それらのどちらも、ほとんど認識できないような写真となった。
 
  オオコウモリは近所でも時々見かける。明るい時に見たことも数回ある。ではあるが、そんな時にカメラを持っていなかったり、あるいは、持っていても間に合わなかったりして、それがオオコウモリであると認識できる写真はずっと撮れずにいた。
 職場にアルバイトできているSさんは、カメラ技術が巧みなのか、野生の動物に警戒心を抱かせないような性質をしているのか知らないが、前に、リュウキュウジャコウネズミの鮮明な写真を撮り、今回はまた、オオコウモリの鮮明な写真を撮った。リュウキュウジャコウネズミの写真も頂いたが、オオコウモリの写真も頂く。感謝する。

  オオコウモリと、私も私の周囲の人々も呼んでいるが、私はまた、オキナワオオコウモリとかいう本名であろうと勝手に思っていたが、南西諸島に生息するオオコウモリはクビワオオコウモリという名前とのこと。オキナワオオコウモリという名の、クビワオオコウモリとは異なる種もいたらしいが、100年以上も前に滅びたらしい。
 コウモリというと、ドラキュラを思い出し、私の世代ではテレビアニメの黄金バットを思い出す。ちょっと上の世代なら紙芝居の黄金バットや煙草のゴールデンバットを思い出すかもしれない。気味の悪い顔というイメージが強いが、オオコウモリの種類は目が大きくて、いかにも哺乳類という顔をしていて、ちょっと可愛い。

 クビワオオコウモリ(首輪大蝙蝠)
 オオコウモリ科の哺乳類 方言名:個々についている
 オオコウモリ科オオコウモリ属に分類されるコウモリの一種。首の周りの色が他の部分と異なって首輪に見え、体長がコウモリの中では比較的大きいので大がつく。
 オオコウモリ属は、日本では琉球列島と小笠原諸島に分布し、小笠原諸島にオガサワラオオコウモリ、南西諸島にこのクビワオオコウモリがいる。
 クビワオオコウモリは、エラブオオコウモリ(口永良部島、宝島)、ダイトウオオコウモリ(南北大東島)、オリイオオコウモリ(沖縄島周辺)、ヤエヤマオオコウモリ(八重山諸島周辺)、タイワンオオコウモリの5つの亜種に分かれる。
 体長20センチ前後、羽を広げた長さは約1m内外。

 
 
 オリイオオコウモリ(おりい大蝙蝠):野生獣
 本種の分布は沖縄島、古宇利島、平安座島、浜比嘉島、瀬底島、水納島となっている。これから北にエラブオオコウモリ、東にダイトウオオコウモリ、南にヤエヤマオオコウモリ、さらに南にタイワンオオコウモリの各亜種が生息する。
 頭胴長23センチ、前腕長13~14センチ。植食(草食)性で、文献にはフクギの実やミカンなどを食べるとある。近所の者たちは、モモタマナの実を好んで食べ、マンゴーの実も食べている。職場のミカンも知らないうちに食われているかもしれない。
 『沖縄大百科事典』に「日中は樹木にぶら下がって休んでいて、日没前後から活動を始める。」とあって、確かに私も、夕暮れから夜に掛けて多く見ている。ただ、まだ明るいうちに見たことも数回ある。全くの夜行性というわけではないようだ。

 
 ヤエヤマオオコウモリ(八重山大蝙蝠):野生獣
 オオコウモリ科の哺乳類 八重山諸島、多良間島に分布 方言名:カブル
 クビワオオコウモリの亜種の一つで、八重山諸島周辺にに分布するのでこの名がある。方言名のカブルは八重山地方の呼び名。文献にはエーマカーブヤーという沖縄での呼び名も書かれてあるが、これは「八重山のオオコウモリ」といった意味。
 植食(草食)性で、「フクギの実、ギランイヌビワの実などを好んで食す。」と『沖縄大百科事典』にあった。他にやサトウキビ、パイナップルも食べるらしい。
 同書に「日中は森林の中に小さな群れを作って休み、日没前後から活動を始める。西表島では日中から飛んでいるのを見かける。」とあり、私が見たのも昼間であった。オオコウモリ類は視覚に頼って飛行しているらしいので、昼間活動も楽なのであろう。

 記:ガジ丸 2008.2.9 →沖縄の動物目次
 参考文献
 『ふる里の動物たち』(株)新報出版企画・編集、発行
 『沖縄大百科事典』沖縄大百科事典刊行事務局編集、沖縄タイムス社発行
 『沖縄身近な生き物たち』知念盛俊著、沖縄時事出版発行