ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

瓦版102 空を超え、時を超え

2009年12月18日 | ユクレー瓦版

 いつもの週末、いつものユクレー屋。今日は夕方の早い時間からガジ丸がいる。さっきまでピアノを弾いていたが、今はカウンターで一緒に飲んでいる。少し前まで前田さん夫婦がテーブル席にいたが、暗くならないうちにと帰っていった。
 「前田さん夫婦はあの歳で自殺しようとしていたらしいね。その直前にガジ丸がたまたま見つけて、理由は聞かずに、とりあえずこの島にと連れて来たんだってね。自殺したくなった理由はまだ訊いていないの?たぶん悲しい話だろうけど。」(私)
 「理由?・・・どうでもいいと思って訊いていない。この島にしばらく留まって、元気になって、生きる意欲を取り戻したらそれで良いことだ。」(ガジ丸)
 「この島に来る人たちは皆悲しみを背負っている人たちばかりだからねぇ。私もだけどさあ、身の上話を聞くと悲しくなるからねぇ。」(マミナ)
 「おー、こういう身の上話もあるぞ。ユイ姉から聞いた話なんだがな、ユイ姉のごく親しい友人カップルの話だ。」と、ここからはガジ丸の語り。

 二人は若い頃、お互い好きだったのにそれを打ち明けられずに、それぞれ違う道を歩いていった。それから30年も経ったある日、何の前触れも無く偶然、二人は再会した。その時、男は54歳、女は53歳。その歳になると若い頃の臆病は消えている。
 「じつは、好きだったんだ。」と男はすぐに打ち明ける。
 「私は、・・・そう言ってくれるのをずっと待っていた。」と女も言う。
 「なーんだ、相思相愛だったのか、ちくしょう。」と男は残念がる。が、女は違った。穏やかな口調ではあったが、男の、昔の所業を糾弾し始めた。
 「ちくしょうって、あなたにはその時の1ページかもしれないけど、私は17から25まで待ち続けたんです。もう捨ててしまったけど、何ページにもなりました。」
 「えっ、だって君は、突然いなくなったじゃないか。」
 「ねぇ、私がどんなに傷ついたと思うですか?あなたは年に1回か2回、私をデートに誘ってくれました。『今日こそちゃんと交際を申し込んでくれる』って私は期待して、のこのこ付いて行きました。だけどあなたは何も言わず、私の体に触れもしませんでした。そんなことしている間も、あなたは別の女の人と付き合っていましたよね。」
 「うっ、あっ、いや、その頃は男の欲望がピークだったんだ。その欲望を満たしてくれる手っ取り早い相手が必要だったんだ。」
 「欲望を満たすのに私ではダメだったんですね。」
 「うー、何故だか、君には手が出せなかった。」
 「あなたは忘れたかもしれないけど、私が25歳の時、街中で偶然会いました。あなたはその時、私が知る限り3人目の女の人と一緒でした。その時、諦めたの。」
 「うーん、そうだったのか、いや、覚えているよ。『あ、しまった』と思ったよ。だから、久々だったのにろくに話もせず、逃げるようにその場から去ったんだ。」

 そんな昔話をしていると、しだいに気分も昔に帰るのか、初めはいくらか余所余所しい感じだったのが、ごく親しい友人、あるいは、恋人同士の雰囲気になっていった。

 「それから1年くらい経ってから君の家に電話したら、お母さんが出て、『彼女は結婚して今ヨコハマに住んでいます。』ということだったんだ。『あ、そうですか』と電話を切ったんだが、しばらくしてから失敗したと思ったよ。大事な人を失くしたかもしれないという思いが、時が経つにつれて強くなったよ。」
 「そういうことに関して、あなたは鈍感なのだと思う。私は、あなたが運命の人なのかもしれないと感じていたわ。前世から定められた人かもしれないって。」
 「うん、君がいなくなってから5、6年も経ってからだけど、俺もそう感じるようになった。大事な人だから簡単には手を出せない人だったんだ。ひどく後悔したよ。」
 「本当に後悔してる?反省してる?なら、今からでも遅くないですよ。私、今別居中なんですよ。親の面倒を見るために実家に帰っているんだけど。子供達はみな独立しているし、両親の世話以外は、私は自由ですよ。昔私が泣いた分を弁償してくれますか?私の本当の過去と現在と未来を見せてくれますか?」
 「うん、今、俺の耳に空の声、時の声が聞こえた。女房に離婚を申し出よう。彼女も前から離婚したがっていたみたいだから、大丈夫だと思う。」

  以上で、悲しくない身の上話はお終い。場面はユクレー屋に戻る。
 「年寄りの恋話だから、色気が無いのが残念だがな。まあ、こういう恋愛もあるってことだ。年取っても、空を超え、時を超えた恋愛があるってことだ。」(ガジ丸)
 マミナが質問する。
 「で、二人は今どうしているの?離婚できたの?結婚したの?幸せなの?」
 「ただいまのところ、二人は逃避行中って感じだ。現在の潜伏先はユイ姉の家。そのうちそれぞれの連れ合いが離婚に応じると思うがな。たぶん。」とのこと。
 その後、その話を題材にした唄をガジ丸が歌った。夕方ピアノを弾いていたのはこの曲を練習していたんだと判った。新曲だ。題は『長い滑り台』。
     

 記:ゑんちゅ小僧 2009.12.18 →音楽(長い滑り台)


苦労不要論

2009年12月18日 | 通信-社会・生活

 先週金曜日、会社が請け負っていた公共工事の検査があった。その工事の現場監督は若いM、彼にとってはまだ二度目でしかない現場監督という仕事、それに加え、仕事内容はこれまでに経験したことが無いもの。検査官の質問に答えられるかどうか、検査に合格するかどうか、不安でたまらなかったようだ。前日、
 「お願いします。明日一緒に行ってください。最後のお願いです。」と何度も私に頭を下げた。泣きそうな顔をしているMを見て、可哀想だとは思ったが断る。

 これまでに経験したことが無い仕事は、私を含め会社にとっても同じ。それでも、ベテランオジサンの私は、それがどれほど面倒であるかは想像できた。ゆえに、現場が始まる前から口が酸っぱくなるほど「利用できる人は誰でも利用して、早め早めに進めろ。」とMにアドバイスし、耳にタコができるほど「慣れた人を臨時にでも雇って、現場のMの補佐役にして、書類は早め早めに準備してください。」と社長に進言した。

 やったことの無い仕事、知らないがゆえにMは多少甘くみていたのかもしれない。「社長はあてにしないで、二人でがんばりましょう。」などと私に言う。二人で頑張ったってどうにかなるものではないと私は思ったのだが、彼の言うとおり、社長はあてにならないのであった。耳にタコができたであろう私の進言は無視されていた。
 初めの頃は「何とかなるさ」という気分が多少あったかもしれないMだが、「何とかしないと何とかならない」と分かり始めた二ヶ月前からは毎日胃の痛い思いをしていたようだ。彼にとっては全く、嵐のような二ヶ月だったに違いない。
 そんな哀れな若者を私は突き放していた。残業を概ね断り、休日出勤も概ね断った。私には正当な言い分がある。「社長のせいで遅れているのを、何で俺が尻拭いをしなきゃあならないんだ!頼むなら社長に頼め」という言い分。さらに私は、書類のデータを家に持ち帰ってやっていた。給料に反映されない就業時間は少なくとも20時間を越えている。夜、パソコン画面を見ながら「今頃社長は寝てるんだろうな」と、一人腹を立てていた。そんな私が社長の尻拭いなんて、できるわきゃ無いのだよ、M君。

  検査は金曜日の午前中にあった。午後、Mに電話した。
 「どうだった?」と訊く。実は、ベテランオジサンの私は、書類に多少不備はあっても現場は上出来なので、あまり心配はしていなかった。で、その通り、
 「無事終わりました。合格しました。」と、昨日まではか細い声しか出なかったMが、電話の向うでいくらか笑みを浮かべたような余裕のある声で答えた。
 「おめでとう、お疲れさんでした。」と、ねぎらいの言葉をかける。
          

 Mは仕事を成し遂げた。嵐を乗り越えた若者は間違いなく成長している。その苦労はきっと、何らかの形で報われることであろう。でも、実を言うと私は、「若い時の苦労は買ってでもしろ」という意見には賛成していない。実は私は、Mに不満を持っていた。「仕事を楽しめ、知らないことを知るようになることを楽しめ!」と言いたかった。そうすると、それは苦労ではなくなる。スキルアップのための努力となる。

 記:2009.12.18 島乃ガジ丸