週末の夕暮れ時、いつものようにユクレー屋へ行く。ユクレー屋は、門から建物まで十メートルほどは離れているが、その門の辺りからマナの笑い声が聞こえていた。もう吹っ切れたんだろうか。ずいぶんと元気になったみたいだ。中へ入る。
「やー、外からも笑い声が聞こえていたよ。元気みたいだね。」(私)
「ほいさ。明日に生きるマナなのさ。何にする?ビール?」(マナ)
「うん、だね、ビール頼みます。それにしても、マナには元気が似合うよ。」と言って私は、既に早い時間から飲んでいるケダマンの隣に座る。
「賑やかそうだったけど、何の話してたんだい?」(私)
「先週、ウルトラの米を地球で育てようかなんて話をしただろ?その米が育ったら高さ20メートルくらいになるってガジ丸が言ってただろ?そんな大きな稲の収穫作業をするなんて想像話でちょいと盛り上がっていたんだ。俺たちはよ、稲の茎を登って、その先にある籾の一粒にやっと辿り着くんだ。その籾にしがみついて、齧っている自分を想像したんだな。俺はさ、毛むくじゃらだろ。まるで野鼠みたいだぜ。」(ケダ)
「まあ、確かに。それにしても、金儲けを逃がしたのは残念だったな。」(私)
「うん、それはまったく残念だった。」(ケダ)
なんて会話をしていたら、マナがビールを持ってきて、そして、話に加わった。
「あんたたちさあ、マジムンでしょ?別に食べなくたって生きていけるんでしょ。それがさあ、何で金儲けしようなんて思うのさ?」(マナ)
「まあな、確かに俺たちに金は必要ないんだけどな。金は何ていうか、まあ、欲望の一つの対象ということだな。欲を満足させるための道具みたいなものだな。」(ケダ)
「でもさ、マナ、ケダマンはそれを遊びの一つとして捉えられるんだけどね。普通の人間の中には、欲を満足させることそのものが人生になっている人も多いんだよ。」(私)
「だってさ、欲があるから人は生きてるんじゃないの?」(マナ)
「いや、生きるのに必要な欲ってのは、実はさほど多くはないんだ。もう十分満たされているのに、もっともっとと欲しがってしまうんだな。一種の病気だな。」(私)
「そんな人間に、『ダンナ、美味い話がありますぜ。濡れ手に粟の儲け話ですぜ。あっしが手伝いしますぜ。』なんて悪魔の囁きが聞こえてくるんだぜ。」(ケダ)
その時、突然、もわーっとした空気が流れてきて、
「呼んだか?」と声がして、怠け者の悪魔グーダが現れた。
「わっ!」と我々三人は驚いて、同時に声を上げる。
「急に出てくんなよ。びっくるするじゃないか。」(ケダ)
「呼ばれて、飛び出てジャジャジャジャーンさ。」
「あんた、ハクション大魔王か?まったく。」(ケダ)
「まあ、悪魔なんだけどな。急に名前が呼ばれたから、急に出てきたのさ。」
グーダはいかにも悪魔の格好をしているが、そう悪い奴では無い。マナも前に会っているので、そう怖がってはいない。少し経って落ち着くと、
「何か飲む?」とグーダに訊いた。
「うん、そうだな、泡盛の水割りをジョッキでちょうだい。」
「何か食べる?・・・って、悪魔も何か食べるの?」
「人間の食べ物はあまり食わないな。まあ、食って食えないことは無いから、たまには食うこともあるけどな。でも、人間の食い物を食っても、俺たちには何の役にも立たないんだな。悪魔にはそれとは別の食い物がある。好物の食い物もあるよ。」
「それって、本かなんかで読んだことあるけど、人の不幸ってこと?」
「まあ、早い話が、そういうことだ。」
「私、前にすごく悲しいことがあったんだけど、そういうのが食い物になるの?」
「いや、一般には、悲しみは悪魔たちの食い物ではない。まれにはそういったゲテモノ食いの悪魔もいるがな。悲しみのほとんどは愛情から出るものなんだ。愛がある故に悲しみは生まれるんだな。愛は、悪魔の最も嫌うものとなっている。悪魔の好物はそれと対極にあるもの、つまり、憎しみとか怒りとか、妬みなんかが我々の好物となる。」
「グーダもやっぱり、そういうものが好物なの?」
「いや、私は”まれには”の方だ。仲間からはゲテモノ食いと呼ばれている。元々、粗食小食でやってきているしな。だからこうやって、今でも痩せっぽちなんだ。」
「え?、本で見る悪魔は皆痩せているみたいだけど、違うの?」
「うん、人間界は憎しみ、怒り、妬みで溢れているからな。悪魔が食うに困ることは昔からちっともないんだが、人口が増えている分、そういったものは昔より今の方がずっと多くなっている。食い過ぎて、肥満体になっている悪魔も増えているんだよ。」
肥満体の悪魔をケダマンが想像して、皆に見せてくれた。そのひょうきんな格好に皆が笑って、場が賑やかになった。一人、マナだけが真面目な顔して、話を続ける。
「ゲテモノ食いということは、グーダは悲しみを食べてるの?」
「そう、悪魔にとって悲しみは粗食ということになる。そういえば、マナの涙も私の食い物の一つになったよ。あんまり美味くは無かったけどさ。」
「あー、そりゃあ不味そうだ。俺は食いたくないな。ハッ、ハッ、ハッ。」とケダマンが笑い、「何さ」といった顔をしていたマナもつられて笑い、場はさらに明るく賑やかになった。その夜の宴会は、悪魔の帰る時間である明け方まで楽しく続いた。
記:ゑんちゅ小僧 2007.6.1