シバイサー博士の研究所へ行くと、ジラースーが来ていた。研究室兼作業場としている部屋で、二人で飲んでいた。海に面した窓から月明かりが射していた。
「やあ、二人で月見酒ですか?」
「うん、あー、君もどうだ?」(博士)
「はい、頂きましょう。」と私はコップを持って、二人の傍に腰掛けた。
「ユーナには会ったか?」(ジラースー)
「ユーナも来てるの?まだ、見てないけど。」
「うん、ゴールデンウィークとかなんとかで、しばらくここにいるそうだ。」
「じゃあ、ユクレー屋にいるんだな。明日にでも会うことにしよう。ところで、二人で何の話をしてたの?」」
「俺の知り合いがな、悪い奴じゃないんだが、意志薄弱な奴でな、パチンコにのめり込んで、金を浪費して、給料の多くを使ってしまうそうなんだ。で、その女房にどうしたらいいかと相談されて、彼に意見したんだが、ちっとも聞かなくてな。それで今、博士にパチンコ依存症が治るような何か機械ができないかと相談してるんだ。」
意志薄弱なその男は、自分の給料だけでは間に合わなくなって、サラ金から借りるまでになり、また、金を浪費するだけじゃなく、時間をも浪費して、毎日帰りが遅いのだそうだ。そのせいで、夫婦仲も険悪になっているとのこと。
「で、博士、何か良いアイデアはあるのですか?」と訊くと、
「あー、そうだな。」と、博士はジラースーの方を向いて、
「前にチシャのために目覚まし時計を作ってやっただろう。時間が来たら、付属の鞭でパチパチと体を叩く奴。『めざパチ君』と名付けた奴だ。」
「あー、それはずいぶん役に立ったよ。チシャがずっと使っていたよ。」
「それはまだあるのか?チシャが持っていったのか?」
「いや、チシャは早起きに慣れたからって、置いていったよ。だけど、今は無い。ユーナが来てからは朝寝坊の彼女に使わせていたんだけどさ、三日ともたなかったな。」
「どういうこと?」(ゑんちゅ)
「あいつ、朝は、特に起こされたりすると機嫌が悪いんだ。三日目の朝だったか、『コノヤロー、テメー、機械の癖に!』と大声がして、見に行くと、『めざパチ君』は床の上に叩きつけられたようで、ぺしゃんこになっていた。」
「はあ、そういうのがあったんだ。で、博士、それをどうするんですか?」
「うん、それに似たようなもんを思いついたのだ。時間が来ると叩いて注意することは一緒だが、それは目覚まし時計型では無く腕時計型となる。腕時計型といっても、手首では無く肘の上に巻く。時計板の裏に小さな突起があって、そこから電気が流れる。先の尖ったハンマーで叩かれたような痛さを感じるようにするのだ。」
「そうか、家に着いていなければならない時間にタイマーをセットしておけばいいんですね。でも、痛かったら、すぐに外してしまわないですか?」
「鍵が付いている。その鍵は女房が管理する。」
「女房が外さない限り外れないってわけですか。そりゃあ効果ありそうですね。でも、何か正当な理由で遅くなった場合には困りますね。」
「そうだな。鍵はパスワードでいいな。時間をセットして、腕に嵌めて、亭主に見られないよう女房がパスワードを入れるんだ。で、正当な理由であると女房が認めたなら、そのパスワードを亭主に教えればいいんだ。」
「じゃあ、例えば、その男がパチンコをして、ついつい時間を忘れてタイマーがオンになったとしたら、腕を激しく叩かれるわけだ。それから慌てて家に帰ったとしても、その間はずっと叩かれ放しということだ。それはちょっと可哀想だな。」(ジラー)
「いや、タイマーがオンになっても右手で抑えておけば電気は流れないのだ。離すとまたパチパチと叩かれるから右手は左腕を押さえたままになる。」
「右手が使えないからパチンコもできないわけだな。」(ジラー)
「依存症になるくらいの人なら、左手を使って続けるんじゃないですか?」
「通っているパチンコ屋から家までの時間もまたセットしておくのだ。その時間になると、もう抑えてもパチパチは止まらなくなるようにする。」
「それなら、もう帰らざるを得ませんね。完璧ですね。」
「博士、それ良さそうだ。作ってくれないか。」
「あー、作ってみよう。我ながら良いアイデアだ。」と博士は満足気に笑う。
「よし、名前も思いついたぞ。叩くタイマーで、亭主が家に帰りたくような気持ちになるもんだからな。名前は『たたいまー』としよう。」
そのタタイマー、アイデアは最高だったが、それが完成した頃には、件の夫婦は既に離婚してしまっていた。よって、使う人も無く。博士の倉庫に眠ったままである。
記:ゑんちゅ小僧 2007.4.27