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ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

体の力

2016年04月15日 | 通信-科学・空想

 去年の今頃、高校の同級生Mから「Tが癌になり手術をした。今、家で療養中だ」と聞き、その時、Tの携帯番号も聞いた。MがTと呼ぶのは私の中学時代の友人Oのこと。Tという愛称(芸名でもある、彼はミュージシャン)を持っている。MとTは仕事上の付き合いがあり、Mを介して私も大人になってから何度かO(愛称T、以降Oとする)には会っており、一緒に飲み食いしたこともあり、彼の家に招かれたこともあった。
 お見舞いの言葉でもかけようと、早速その日の内にOに電話をする。が、取らない。数時間後にも電話したがやはり取らない。体調不良で電話を取ることもできないのかと思って、以後は遠慮する。6月になれば私の畑はエダマメが収穫時期となる。それを手土産にして、その時に改めて電話、もしくはショートメールするかと予定した。
 ところが、去年のエダマメは10株ほどしか収穫できず、病気なのか害虫なのか不明だが残りは全滅。ならば、ゴーヤーやナーベーラー(ヘチマ)などの夏野菜が収穫できたら見舞いに行こうと予定したが、夏野菜は台風にやられ、ほぼ全滅。ならばジャガイモ、ニンジンなどの冬野菜だ、ということで、ついに年が明けてしまった。

 2月13日、友人の父上の告別式が那覇であり、「ジャガイモを土産に、ついでにOに会いに行こう」と思い立ち、告別式の後、Oの家(那覇の中心街にある)へ向かう。その途中、「待てよ、喪服の格好では、縁起悪いと不愉快な思いをさせないか?」と思ってしまい、「きょうは止めよう」と決め、車の行き先を我が家へと変更した。
 そんなこんなで、「Oを見舞いに」も頭から離れつつあったが、3月の下旬、MからOの携帯アドレスを知らせるメールがあった。その後さっそくOへメール、「5月から6月にエダマメが収穫できるからそれを持って行くよ」と送ったら、
 「5年前に大腸癌の手術をし、その後リンパ節、肝臓、骨、肺へと癌が転移し、今は抗癌剤治療で夜は眠れず・・・」といった衝撃的内容の返信が来た。「こりゃあ、近い内に会わなけりゃ」と思い、メールのやり取りをして、「近い内に会おう」という話になる。それから3週間ほど過ぎた先週土曜日、やっと会うことができた。
          

 もう何年前になるか、30年以上前になるか、2、3度訪れたことのあるOの家、大体の場所は覚えていて、車をゆっくり走らせていたら彼の名の表札がすぐに見つかる。チャイムを鳴らす。玄関を開けて出てきた30年以上ぶりのOは、以前と変わっていた。白髪が増えていて、オッサンになっていた。それは私も同じだ。しかし、予想外に、変わっていたのはそれだけだった。癌があちらこちらに転移している病人には見えない。
 Oは中学の頃から肥満体で、大人になるとさらに肥満は増して(100キロ超)いた。今見るOの体付きは30年前と変わらない。肌の色艶も良い。声にも張りがある。「本当に癌?」と疑うほどの元気さであった。「食欲は変わらないんだよ」とOは笑った。
 抗癌剤治療を受けた後の数日は体調が悪く、立つことさえ苦しい時もある、しかし、それ以外は普通。外へコーヒー飲みに行くし、買い物して、料理もするとのこと。
 肥満体だったOは、しかし運動能力は長けていた。力も強く、足も速かった。脂肪も多く抱えていたが、脂肪の下に筋肉も多く持っていたのだろう。そのお陰かどうか、彼の体には力がある。体の力とは「疾病に対する抵抗力」でもある。Oはそれが強いようだ。
          

 記:2016.4.15 島乃ガジ丸


さすらうオジサン

2016年03月18日 | 通信-科学・空想

 1993年12月、実家から首里石嶺にある家賃3万円のアパートに越し、2011年9月、今のアパートに越すまでの約18年間をそこで過ごした。南風原に生まれ、小学校に入るまでの数年はコザ、小学校の1年間は那覇市三原、両親が頑張って那覇市泊にマイホームを建て、小学校2年から高校1年まではそこで暮らし、高校2年から浪人1年までは首里で1人暮らし、大学の5年間は吉祥寺、武蔵境、小金井、国分寺と住処を替え、沖縄に戻って1993年11月までの約10年間は実家で暮らした。
 首里石嶺のアパートで暮らした期間は、那覇市泊の実家で暮らした期間とほぼ同じとなっている。というわけで、首里石嶺のアパートは私にとって第2の実家と言ってもいい。アパートは4世帯あり、その内の数人と仲良くユンタクし、隣に住む大家とはその奥さんも加え仲良くさせてもらい、向かいのオバサン、裏のオバサン、近所のオバサンたちとも時々ユンタクさせて貰った。部屋に白アリが発生して部屋を出たわけだが、白アリが無ければずっと住んでいたかもしれない。楽しい近所付き合いであった。
          

 先日、そのアパートへ行った。部屋を見ながら大家と私が会話している。「白アリはまだいそうですね?」、「いるみたいだなぁ。他所を探した方がいいかもな、ここから少し離れているが、私の知っているアパートがある、紹介するよ」となった。
 道路に出ると目の前に車が停まった。「私が送っていくよ」と運転手が言う。若い女性だ。見覚えのある顔、私が以前勤めていた会社の事務員Mだ。元暴走族だったMはまあまあ可愛い顔なのだが、ヤンキーらしく派手な顔付きであった。が、その時のMは前に比べるとずっと(私好みの)大人しい顔になっていた。で、私と大家は後部座席に乗る。
 大人しい顔になっていたMであったが、車の運転は元暴走族の片りんを見せた。「行くよ!」と気合を入れたかと思うとぶっ飛ばした。一山超える道は細く、勾配があり、蛇行する道、そんな道を猛スピードで走る。「アパートを見に行くだけだ、そんな急いではないからスピードを落とせ!」と私は叫ぶが、「大丈夫よ!」と彼女は聞かない。
 恐怖の十数分が過ぎて目的地へ着く。着いた所は原野であった。「土地を購入し、自分で家を建てる場合ならということだ」と大家が言い、そこにいた不動産屋らしきオジサンがあれこれ説明する。それらに私は適当に受け答えする。その時、私の心の多くは別のことに集中していた。Mが私に寄り添っていて、私の手を握り、指を絡ませてきたのだ。私は彼女の顔を見、彼女の目をじっと見つめ、彼女が言いたいことを理解し、絡んでいた指をほどいて、その手を彼女の腰に回し引き寄せた。「危ねぇぞ、捕まっちまうぞ!」と、もう1人の私が警鐘を鳴らしていたが、その声に私は耳を塞いだ。
          

 朝起きて、朝飯を食い、歯を磨き顔を洗い、雲子をし、コーヒー飲みながら1服して、着替えて、畑へ出る。畑へは歩いて行く。5分とかからない。これまでは夕方のラッシュ前の4時頃には帰っていたが、車を使わないので渋滞の心配は無い。日が暮れるまで畑仕事ができる。そういう生活がしたいと、一昨年からアパート探しをしている。
 畑の近くに住む、そのためのアパート探しは正しい要求のようだ、夢にまで見る。上記の「先日、そのアパート・・・私は耳を塞いだ。」までは夢の中の話。女に捕まってしまったことについては、私の潜在意識の要求なのかどうか、まだ解析できていない。

 記:2016.3.18 島乃ガジ丸


欲の成せる宗教

2016年03月04日 | 通信-科学・空想

 美女に誘われ、ある教会で開かれた講演会を聴きに行って、それに対する感想などを書いている内に、私の脳味噌はしばらく宗教のことに関心が向いた。で、ちょっと妄想。神の存在をちっとも信じていない私だが、こんな神ならいいかも、といった妄想。

 私の神は怒ることが無い、人間が何をしても怒らないし、罰を与えることもしない。いつも静かに微笑んでいる。子供がやんちゃしてもイタズラしても黙って見ている。不良グループが万引きしてもカツアゲしても黙って見ている。親が子供の首を絞めても黙って見ている。成功者が覚醒剤に溺れても黙って見ている。
 清原がついに天寿となって三途の川を渡る。渡りきるとそこに神がいる。神には時間と空間の概念が適用されないので、一遍に無数の時間と空間に存在するので、清原1人に構うこともできるのだ。そして、神は清原に語りかける。「辛かったか?」と。
 清原はここで胸の内を洗いざらいぶちまける。そして最後に、ゆっくり深い息を吐きながら「辛かったです」静かに呟く。神はそんな清原に手を差し伸べ、
 「そうか、辛かったか、でも、もう大丈夫だ、お前を解放してあげよう、さぁ、こっちへおいで」と言い、清原を我が身のもとに寄せ、彼の背中をさすってあげる。その時、清原に光が射す。清原は安堵を得、無上の喜びに浸り、感謝と幸せで涙が溢れ出る。
          
 
 人間は何故悪いことをするのか?悪いこととは何ぞや?ということもちょっと考えてみた。私が思う悪いこととは「他人の生命財産を奪うこと」のただ1つだけ。生命財産には健康、時間、自由、感性などといったことも含まれる。「何故悪いことをするのか」については、「身の程知らずの欲望があるから」ではないかと考えた。
 「食って、糞して、寝て、働いて、結婚して、子を成して、子を育て、天寿を終える」こと以上の欲望を人間は持ってしまった。そうすると、他人の生命財産を奪ってまでも我が欲望を満たしたいと思う者がどんどん出てきた、のではないかと考えた。
 悪い奴が増えると社会が安定しない。奪う奴がいると、農夫も安心して作物を生産できない。作物ができないと支配者たちも大いに困る。よって、悪い奴らは捕まえて罰に処さなければならない。しかし、警察の力には限界がある。どうする?
 ある日ある時、「そうだこうしよう」と良いアイデアが浮かんだ。「一人一人に悪事を恐れる心を植え付ければいいのだ」という画期的アイデア。
 「お前も俺もそうだが、民衆も「永遠の命が欲しい」という欲望がある。そこにつけこむのさ。善人であれば天国へ行き、永遠の命を得られる。悪事を働けば地獄へ落ち、永遠の苦痛が与えられる、ということにしたらどうだ?」
 「飴と鞭ということですね、良い考えです。早速そのように手配しましょう。」

 というわけで、宗教が生まれた。地球上のどの人間社会でも同じような悩みがあり、そして、同じようなアイデアが生まれ、同じように実行された。ということで、地球上のあちらこちらで神が生まれ、天国と地獄が生まれた・・・のではないか。
 社会の安定のために宗教が生まれ、人間の「永遠の命に対する欲望」が天国という架空の存在を望んだ・・・のではないかという妄想、そう、あくまでも妄想です。
          

 記:2016.3.4 島乃ガジ丸


主(ぬし)は誰でも

2016年02月12日 | 通信-科学・空想

 先週の通信『相互理解という平和』の続き、記事を書き終えて後、「ん?そうなるということは、こういうことになるのか?」と考えての、妄想の続き。
 『相互理解という平和』の中で言いたかったことは、その頁の最後に書いた「相互に信頼が無ければ平和は築けない」であるが、それはその通りだと信じている。それは、逆に言えば、相互に不信感があるから戦争が起きるとも言える。「そうだよな、それが今の世界なんだよな、テロリストを信頼しろって言っても難しいよな」と思う。
 「俺に優しくしないと暴れるぞ!」と駄々こねる子供みたいに核実験したりミサイル飛ばしたりする国や、「国の力は武力だ!」と昔の帝国主義みたいに領土を広げようとする国などが21世紀の今も存在している。それらの国と信頼し合うのは難しそうだ。そういった国は日本の隣にもある。近所付き合いでさえ将来の平和は確約されていないのだ。
          

 さて、妄想は、真迦哉と、宇宙人の思慮深い小隊長との和平交渉からの続き。
 「我々の支配者の1人に私が信頼している人がいる。会ってみないか?」という小隊長の申し出を真迦哉は受けた。権力を持つ者から村人の安全の確約を得たかった。
 小隊長の用意した乗り物は小型のもので、陸を走り空を飛ぶ。運転手はいない。行き先をインプットすれば勝手に最適な行程を選び、適当な早さで目的地へ運ぶ。車内での真迦哉と小隊長との会話や、2人の間に友情が芽生えるといった話は省略して、宇宙人の大きな基地の1つに着いて、宇宙人の幹部の一人である将軍に会ってからの話。

 一通りの挨拶が済んだあと、問答は真迦哉から切り出した。
 「結局、今の支配者を追い出して自分たちが新しい支配者になって、平民を従え、彼らを働かせ、利益を得るってだけのことじゃないですか?」
 「貴方の支配者に対する認識には偏見がある。支配者がいるから秩序が保たれ、平民も暮らしていけるということを考慮していない。支配者の存在は必要なのだ。」
 「支配者の必要は、それを支配者では無く代表者と言うのであれば理解している。だから地球でも、少なくとも民主主義国家では平民が自ら自らの代表者を選ぶ仕組みになっている。彼らは権力者ではあるが、あくまでも平民の代表者だ。しかし、平民が選ぶ範囲外に富を貪る影の支配者が存在しているのではないかと私は疑っている。」
 「それはその通り。代表者ではない支配者は、表には現れなくても常に存在している。しかし、支配者が誰でも、平民にとって大事なことは安心して働けるということだ。今の支配者たちはその能力に劣っている。だから、我々が代わるということだ。」
 「確かに、安心して生活できるということが大事だ。であれば、主(ぬし)は誰でもいいかもしれない。しかし、宇宙人が支配者になることには違和感がある。」
 「貴方はこれまでの地球の支配者、また、今の地球の支配者たちが地球人だと思っているようだが・・・」と、将軍が言いかけたところでこの日の妄想はお終い。

 「そうか、主は誰でもいいのか」と自分の妄想に納得しつつ、「アメリカの支配下にあっても、日本の支配下にあっても、住民が住民による住民のための政治ができ、住民が安心して生きていけるのであれば沖縄は文句を言わないはず」とまで思ってしまった。
          

 記:2016.2.12 島乃ガジ丸


相互理解という平和

2016年02月05日 | 通信-科学・空想

 何年振りか、十何年、あるいは二十何年振りになるか、先週陰夢を見た。最後までいった。もちろん、若くは無いので夢精なんて恐れは微塵もない。
 お相手は若い友人の1人。彼女は可愛い娘なのでそういう関係になっても私に何の不服も無い。であるが、彼女にとっては大いに不服であろう。なので、その時の夢の主人公は私ではなく真迦哉(まかや)である。彼ならば彼女も許すであろう。
 真迦哉は私の夢の中に出てくる主人公。彼はとてもモテる。モテるだけでなく、世のため人のためあれこれ活躍し、社会的にも尊敬されている。現実の私とは大きくかけ離れているので、私は彼を現実の私とは違う別人格の者と捉え、その名を付けている。

 これも最近見た夢であるが、その中では、真迦哉は戦士として戦っていた。戦士と言っても国単位の大きな軍隊ではなく、一地域の防衛隊員で、そのリーダー。相手は他国ではなく宇宙人。見た目は人間そっくりの宇宙人。真迦哉が戦っている時、既に地球の半分は攻め落とされていて、ついに、真迦哉の住む小さな村までやってきたところ。
 真迦哉は頭も良く、武道にも秀でている。それで彼がリーダーに選ばれたのだが、彼は戦うことを好まなかった。「真迦哉は戦士として戦っていた」と書いたが、正確には「真迦哉は防衛隊員として村人を守っていた」となる。地球人と宇宙人との戦いがどういう状況であるか、その情報から「抵抗しても無駄」とも彼は認識していた。

 この夢の中ではっきりと記憶しているシーンがある。真迦哉が宇宙人と会話しているところだ。相手の宇宙人はこの地区のリーダー、司令部に属するような高位の者ではなく、軍隊で言えば下士官、小隊長みたいな者、であるが、思慮深い人。
 「戦わずに降伏してくれんか?」
 「私も戦って勝てるとは思っていない。しかし、攻め入ってきたのはそっちだ。」
 「我々も最初から戦うつもりではなかった。交易を求めたのだが拒否されたのだ。」
 「言うことを聞かないから殺すってことか?」
 「殺すことが目的では無い。事実、我々は平民を殺してはいない。兵隊もほとんど殺していない。我々が攻撃しているのは地球の支配者たちだ。」
 「そうか、で、地球の多くが組織的戦闘不能となっているわけだ。」
 「我々は地球人が真似のできない武器を持っている。我々の勝利は必然だ。しかし、できるだけ生命も自然も傷付けたくないのだ。どうだ、黙って降伏してくれんか?」
 「今の支配者たちを抹殺して、そっちが新しい支配者になるってことか?」
 「奴隷扱いはしない。自由は保障する。これまで通りだ。」

 夢は、実は、真迦哉と小隊長が和平交渉をしているだけで、上記のような細かい会話をしていたわけではない。少なくとも私はそこまで詳しく記憶していない。宇宙人が新しい支配者となるかもしれないということを微かに覚えていて、細かいことは目が覚めてから妄想したものである。和平交渉が上手くいきそうな雰囲気の中で夢は終わっている。
 真迦哉と小隊長はお互いを信頼し合っているようであることも微かに覚えている。そうだよな、信頼が無ければ平和は築けないよな、と夢から覚めた後、思った。
          

 記:2016.2.19 島乃ガジ丸