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ガジ丸が想う沖縄

沖縄の動物、植物、あれこれを紹介します。

世界の飢餓を救うかも

2017年01月27日 | 通信-科学・空想

 現在私が借りている畑は西原町にある300坪、それ以前、2012年7月までは、従姉の夫の土地が空き地になっていた宜野湾市にある70坪(樹木などが植栽されて実質耕作面積は約30坪)を借りていた。当時勤めていた会社は週休3日で暇があったので「農業でもするか」とそこを借りていた。300坪を始めてからも2013年の夏頃までは時々行って、除草作業などしていたが、それ以降は月に1回程度となっていた。
 月に1回程度見回って、たまには数時間の除草作業もしていたが、それだけでは雑草の蔓延るスピードにとても間に合わない。その畑ナツヤ(と名付けてある)はしだいに草ボーボーとなり、やがて、原野に近い状況になっていった。
 原野に近いといっても4年半前までは畑だったのだ、その名残はそこここに見える。バナナが群れを作っている、落花生の枯れた茎があちこちにある、芋の蔓が少し見える、シマトウガラシがある、グヮバ、シキカン、マンゴーの木もある、キャッサバが全体に蔓延っている、そして、パッションフルーツの蔓が全体の半分を覆っている。

 ナツヤの持ち主Mさんから先日電話があって、「パッションフルーツの蔓が裏の家にまで伸びて迷惑かけていないか?見て来てくれ」とのこと。さらに、「業者に除草を頼むから切ってはいけない樹木があれば印しておいて」とのこと。後日、ナツヤへ出掛け、Mさんの要請を実行する。裏まで伸びていると言っていたパッションフルーツは、隣の人に訊くと「その家の人が植えたものであんたの畑から伸びた物じゃないよ」とのことであったが、パッションフルーツはどんどん伸びていずれ迷惑になるだろうと思ったので、根こそぎ引き抜いて処分した。切ってはいけない樹木については、私がナツヤへ行ったその日、ちょうど草刈の業者が来ていたので現物を見せながら口頭でその旨伝えた。

 ナツヤに蔓延っている雑草の多くはチガヤで、草類の他、ナンクルミー(自然発生、鳥がその実を食べて糞をし、糞の中にあった種が芽生えた物など)したオオバギ、アカギ、クワノキなどの雑木も数本ずつあり、それらの草や木に絡みつくようにしてノアサガオ、ヘクソカズラなどの蔓植物も全体に蔓延っている。が、しかし、ナツヤで最も「蔓延っているなぁ」と見た目感じるものは雑草雑木の類ではない、それはキャッサバ。
     
     
 キャッサバ芋を収穫して食料にしようと思って蔓延っているキャッサバを1株掘ってみた。1株のキャッサバはその根元に大きな芋を数個蓄えていたが、根元から四方八方に根が伸びて、そのいくつかの先にも芋を数個蓄えていた。たった1株から多く収穫できた。ちゃんと量ってはいないが、重さにするとおそらく10キロは超えていたと思う。
 10キロの芋、小食の私の場合は主食にしてたぶん半月分はある。1株のキャッサバが芋を蓄えていた面積はだいたい1m四方。面積1平方メートルで半月分、ナツヤのキャッサバは3年ほど経っているので、3年で1平方メートル半月分、言い換えれば、6平方メートルで1ヶ月分だ。さらに言い換えれば2坪で1ヶ月分だ。
 現在私が借りている畑ナッピバル(と名付けている)は300坪、そこの全てでキャッサバを栽培すれば1年で150ヶ月分の食料が得られる。キャッサバだけ食えばの話だが12人分の1年の食料となる。「キャッサバは世界の飢餓を救うかも」と思った。
     

 記:2017.1.27 島乃ガジ丸


カップ麺アレルギー

2016年11月18日 | 通信-科学・空想

 太陽がアイロンのような熱さで背中に当たる間(概ね梅雨明けから9月一杯まで)は、午前中で畑を切り上げているが、涼しくなると概ね7時頃から4時半頃まで畑仕事に勤しんでいる。実働約8時間、そんな日は弁当を持って行く。弁当は菓子パンの時も多くあるが、芋(いずれはこれが中心)やパン(ほぼフランスパン)の場合もある。芋やパンはおかずを必要とするが、それも含め、弁当は概ね前日の夜には準備している。
 1ヶ月ほど前だったか、畑に弁当持って行くの忘れてしまった。10月も中旬だというのに糞暑かったのだが、畑仕事が遅れているのでその日は1日働く予定。昼飯食わないと身体が持たない。でもご心配無く、用意周到の私は畑小屋に非常食を置いてある。
 用意周到のつもりの私だが、その時、非常食はカップ焼きそば1個しかなかった。「買い足しておかないといけないな」と思いつつ、昼飯はそのカップ焼きそばとなった。

 カップ麺は好きではないので滅多に食わない、1年でおそらく10個も食わない。家にも非常食としてカップ麺を置いてあるが、それが期限切れになったらしょうがなく食べているくらい。そういえば、家の非常食カップ麺も1個しか残っていなかった。
 その日食べたカップ焼きそば、半分くらい食べた辺りから少々胸がムカついてきた。怒っているのではなくて気分が悪くなってきたという意味。そういえば、若い頃から私はカップ麺がさほど好きではなく、オジサンと呼ばれる年齢になってからは不味いと思うようになっていた。袋麺もカップ麺ほどではないが嫌いな部類に入る。
 その約一週間後、前夜に弁当を準備するのを忘れて、畑小屋に非常食は無いということも覚えていたので、家にあるカップ麺を昼飯とすべく持って行った。そして昼食時、それを食べた。前回のカップ焼きそばほどではなかったが、「不味い」と思った。
 畑の、自然栽培の野菜を多く食べるようになって、食べ物なのか何か判らない不純物のいっぱい入った不自然食品が、私は苦手になっているのかもしれない。
     
     
 
 非常食とは何ぞや?と広辞苑を引く。「災害など非常時のために準備しておく食料」とのこと。文字通りだ。「災害など」とは地震津波などで、「非常時」とは普通の、スーパーへ買い物に行って食料を買い、家で調理するなどといった生活ができない場合のことだなと理解する。非常時はいつやってくるか知れない。最近は日本のあちらこちらで大きな地震があるし、火山噴火もあるし、史上最強猛烈台風が発生したりしているし。
 ということで、呑気な私でも非常食を準備しているわけである。私の非常食の中心はそれまでカップ麺であった。調理が簡単だし、十分なカロリーが摂取できるからだ。しかしながら、そのカップ麺が「食いたくない」と思うほど不味いと感じるようになった。自然食品の野菜を食い過ぎて、カップ麺アレルギーになってしまったのかもしれない。
 
 「さて、困ったぞ、アレルギーになっちまってカップ麺が食えなくなってしまったかもしれないぞ、さて、どうしたものか、災害は明日やってくるかもしれないぞ、他に何か非常食に向く良い食料を探さなきゃならんな」と、あれこれ想像してみた。
 スーパーに勤務する友人からアドバイスも貰って、私の考えた非常食候補は乾パンとレトルト食品。レトルトには思いの外良い物があった。・・・これについてはいつか。
     

 記:2016.11.18 島乃ガジ丸


結論の出ない素人実験

2016年10月21日 | 通信-科学・空想

 去年(2015年)2月、冷たいものだけでなく熱いものを飲んでも歯が沁みたので、久しぶり(7年ぶりくらい)に歯医者へ行ったら「歯周病ですね」と診断された。「歳相応だ、放っておけ」と放っておいたら、今年8月初め頃から激しく沁みて強い痛みも感じるようになった。「虫歯かな?」と思って9月30日、鏡の前で口を開け激しく沁みる右下奥歯を触るとやはりそこが痛い。動かすと歯がグラグラした。
 歯をグラグラさせたのが拙かったのか、その後ずっと右下奥歯辺りに違和感が残り、四六時中痛みを感じる。堅めの食べ物を右下奥歯で噛むと激しく痛い。冷たいもの熱いものも右下奥歯へは送れない。何もしなくても鈍痛はずっとある。
 ・・・と同じような内容のことを10月4日付ガジ丸のお話『ろうかの足音』に書いているが、その後、右下奥歯の鈍痛はその数日後8日か9日辺りには治まった。物を噛み潰すのは左奥歯に任せっきりであったが、「動かさないものは衰える」と思い、柔らかい食べ物は右奥歯でも噛むようにした。柔らかい食べ物とは豆腐やバナナなど。バナナはタイミング良く畑から収穫できていて、10月上旬はバナナが昼飯となった。畑からは柔らか食材のヘチマやトウガンも収穫できていて、朝飯晩飯のおかずになっている。
     
     

 10月12日、右下奥歯の痛みはほぼ消えた。せんべいを噛むとまだ痛いが、豆腐、バナナ、トウガンなどの柔らかさから、ニンジン、オクラなどの少し堅めの野菜まで右下奥歯で噛み潰すことができるようになった。まったく違和感がないわけでは無い。右奥歯を上下で強く噛みしめると、下の方が少し動くのを感じ、痛みも少しある。右下奥歯に歯ブラシを当てゴシゴシ磨いている時にも痛みがある。が、我慢できない痛みではない。
 いずれにせよ、8月9月の痛みに比べればずっと良くなっている。右下奥歯を指でグラグラさせたのは9月30日、その後四六時中痛みを感じていたのだが、放っておけば2週間ほどで治るんだと思い、そして、「グラグラさせて刺激を与えたのが功を奏したかも」と考え直し、12日の夜にも右下奥歯を指でグラグラさせた。そして、
 昨日(20日)の時点での右下奥歯の状況は、歯ブラシでゴシゴシした時にはちょっと痛いが、何もしなければ痛みは無い。歯茎の違和感もほとんど消えた。冷たいものを右下奥歯に送っても大丈夫、肉も右下奥歯で噛み潰すことができるようになった。

 右下奥歯の状態が改善したわけは、「右下奥歯をグラグラさせて刺激を与えた」お陰なのか、「堅いものを右下奥歯では噛まないようにした」お陰なのか、素人には結論を出せないのだが、もう1つ、そのお陰かもしれないと思われるものがある。
 夏の間、毎日のように口にしていた甘いお菓子を、映画『あまくない砂糖の話』の影響もあって9月下旬から食べなくなった。糖分は、自作のウージ(サトウキビ)汁を料理や飲物に使い、それで補っていたが、10月上旬はバナナも加わった。この後はまた、ウージ汁を頻繁に使用し、甘いお菓子はキスチョコ1個を2日に1回食べる程度となる。砂糖は歯にダメージを与えるらしい。砂糖を控えたのが奥歯に良い効果を与えたのかもしれない。が、これも断言はできない。素人実験は計画的ではないので結論は出ないのだ。
 もう1つ改善したこと、「160超えが普通、170を超える日もあった。脈拍数も70近い数値」は、血圧150前後、脈拍数60ちょい超えにまで落ち着いた。
     

 記:2016.10.21 島乃ガジ丸


世界が平和になったら

2016年07月15日 | 通信-科学・空想

 世界が平和になったらなんて、空想妄想の話でしかないが、例えば、日本国憲法第9条が世界中の国々の憲法にもあったとしたらあり得ない話ではない。
 日本国憲法第9条が世界中の国々の憲法にもあるなんて、空想妄想の話でしかないが、例えば、国連で議題として提議され、各国が真剣に考え議論したとしたら、
 「軍を養う金が不要になるか、基地を維持する金が不要になるのか。」
 「そうなれば、軍関連予算を国民の生活予算に回せるな。いいかもな。」などとなるかもしれないので、将来において全くあり得ない話ではない。しかし、
 「兵隊はどうする?我が国だと何十万という失業者が出るぞ。」
 「あっ、そうか、それは大問題になるな、社会不安になるな。」
 「兵隊には荒くれ者が多いから、彼らに適した職も少ないぞ。」
 「農業ではだめか?」
 「そりゃあダメだろう、兵士と農民って全く正反対の性格だろう。」
 「どういう意味だそれ、何で農民と兵士が正反対なんだ?」
 「鍬を持って汗を流して土を耕し作物を育てるのを淡々とできる性格の者は多くいる。彼らのお陰でこの世に食べ物ができ、我々も生きることができる。一方、鍬を持って汗を流して土を耕し作物を育てるのを嫌う性格の者も少なからずいる。彼らは役人、医者、商人、大工、漁師など他の仕事に就くことになるが、それらにもなれない者がいる。仕事の無い彼らはどうする?・・・そう、彼らは他人から物を奪って生きていく。農民が生産したものを奪う者達だ、農民から見れば、自分たちと正反対の者達となる。」

 「防衛費は人殺しのための予算」と共産党の国会議員が言ったとラジオのニュースで聞いた。「高学歴で知識も教養もあると思われる国会議員が、何てバカなことを」と私は思い、「あっそうか、彼女たちも共産党かもしれない」と思い出した。
 数年前、新基地建設反対の辺野古テント村、ヘリパッド建設反対の高江テント村を訪ねた時、高江のテントに若い(といっても20代後半くらい)女性が数人いて、記憶は定かでは無いが、普天間基地が県外移設になるといいねなどという話になって、これははっきり覚えている、1人の女性が「軍事基地は世界中のどこにも必要ないんですよ」とオジサンを諭すようにキッパリ言った。「この小娘が!」と思いつつ、「そうですか」と私はニッコリ笑う。そして、手を繋いで一緒に運動できる人達では無いと判断した。
          
 
 生きることは他人との競争であると思っている人(私はそう思わないが)が多くいる。権力意志という言葉がある。「他を征服し同化し、一層強大になろうとする意欲」(広辞苑)のこと。それは人間(全てでは無いと思う)が本来持っている性質の1つらしい。
 仲間を作って仲間でない人達と戦い、それを征服し仲間を増やしていくということだ。権力意志を強く持った人が国のリーダーになると戦争は普通となる。権力意志を強く持った人はこの世に多くいると思われるので、そう容易く武力放棄はできないのだ。
 それでも、治安の良いと言われている日本のように世界の国々がなったとしたら、法令順守に世界の国々が努めたとしたら世界が平和になることも夢ではない。世界が平和になったら、「軍事基地は世界中のどこにも必要ないね」と私も小娘に言えるはず。
          

 記:2016.7.15 島乃ガジ丸


判断基準

2016年06月17日 | 通信-科学・空想

 私はもう40年近く健康診断なるものをやっていない。役所から特定検診のお知らせみたいな封書は毎年届くけど、無視している。開けずに捨てている。「何で?健康に不安はないの?」と問われると、不安は無くもない。歯周病だし、腰痛も時々あるし、何より、血圧がここ数ヶ月、ずっと高め(150台)で推移している。脳溢血とか心筋梗塞で今日倒れるかもしれない。それでも私は、私に健康診断は不要と思っている。
 私の健康判断基準は「快食快眠快便」であること。そうである限り私は健康であると思うようにしている。歯周病については、冷たいものを食べると歯は凍みるが、その痛さが我慢の範囲内にあって、我慢しながらも1個のアイスクリームを完食できるようであれば歯周病も治療不要としている。腰痛については、畑仕事を頑張った日などは少々腰痛もあるが、立って靴下が履ける間は足腰もまだまだ大丈夫と判断している。
 快食快眠快便について現在どういう状態かというと、食事は毎日美味しく食べられている、自作の野菜が美味し過ぎて休肝日が少ないというのが気になるほど。快便も相変わらず、便器に座ればバッと出て、スッキリ終わる。ところが、快眠ができていない。
 睡眠時間は概ね夜9時半に寝て朝5時半起床のたっぷり8時間、それはだいたい守られているが、眠りはたぶん浅い。5月の中旬頃からこの時期とは思えぬ糞暑さになって、その寝苦しさで眠りが浅いのだと思われる。実際、夜中に暑さで何度も目が覚めている。先週木曜日の未明は雨の音にも目が覚めた。雨の音にも目覚めるほど眠りが浅いのだ。
          

 先週は暑さの他にも糞!と思うことがあったが、先週は他にも書くことがいっぱいあって、糞!は金曜日に間に合わず、その日、家に帰ってから書いた。それがこの頁。
 「糞!」と思ったのは天気が原因。5月27日付ガジ丸通信『見えない雲』にも書いたが、露地栽培農夫の私はその日の予定は天気予報に左右される。前の夜に天気予報を聞いて明日の予定を考え、当日の朝も天気予報を聞いて予定を決定する。その決定を覆されることが『見えない雲』の事例以降もたびたびある。自然の気紛れに翻弄されている。
 先週水曜日、いつものように4時頃まで畑仕事。芋掘りをしようと思ったが畑の土がまだ湿っている。3時頃の天気予報で「明日は曇り、昼過ぎから雨」とあったので、「明日の午前中なら土も少しは乾いているはず」と芋掘りは明日に延期した。しかし、木曜日の未明に大雨が降り、結局、芋掘りはできなかった。それが「糞!」と思ったこと。
 将来は自給自足芋生活、つまり、芋(甘藷:サツマイモのこと)が概ねの主食で野菜も全て自給を目指している私にとって、定期的芋掘りは重要な作業なのである。
          

 それにしても天気予報、夜中に雨が降るなんて予報はなかった。朝には雨も上がって、窓の外を見上げると快晴であった。しかし、ラジオは午前中曇りと言う。スタジオには窓が無いの?外を見ろ、気象台からの情報を鵜呑みにするな、現実を見ろ、快晴だぞ。
 翌金曜日、前日の天気予報では「曇り、昼過ぎから雨」であった。朝、窓の外を見ると雨が降っている。窓から下を見ると駐車場の路面が濡れている、たっぷり濡れている。ラジオの天気予報はそれでも「曇り、昼過ぎから雨」と言い張る。「スタジオには窓が無いのか?外を見ろ、気象台からの情報を鵜呑みにするな、現実を見ろ、小雨だが、雨降っているぞ!」と叫びたかった。「天候判断基準はいったい何なんだ?」と訊きたい。
          

 記:2016.6.17 島乃ガジ丸