Discover the 「風雅のブリキ缶」 written by tonkyu

科学と文芸を融合した仮説作品「風雅のブリキ缶」姉妹篇。街で撮った写真と俳句の取り合わせ。やさしい作品サンプルも追加。

顔見世の歌舞伎座、幸四郎の人情噺文七元結

2005年11月12日 07時04分10秒 | 「ハイク缶」 with Photo
 腹の中のすき焼きを程よく昇天させるために、さらに東銀座まで歩いた。歌舞伎座は、顔見世公演で、ちょうど幸四郎の「人情噺(にんじょうばなし)文七元結(ぶんしちもつとい)」(2幕4場、榎戸賢治作)があったので、ちょっと一幕見自由席(900円)で途中から覗く。つかの間、天上桟敷から見下ろす歌舞伎の舞台は、色合いがなんとも品良く奇麗だった。
 この芝居は三遊亭円朝の口演を歌舞伎化したのだとか。酒好きで面白いキャラクターの左官屋が、借金に火の車の家計を助けようと自ら吉原へ行った娘から50両を泣く泣く受け取り〔置屋のおかみが1年後の晦日(みそか)までに返せば娘を座敷には上げないで身近の小間使いに使っておくと約束してくれた〕、しかしその帰り道、隅田川(?)の川端で50両をなくしたと身投げしようとする大店(おおだな)の手代を助けるために、そっくり借りた金を渡してしまう。翌日、長屋でカミサンにがやがや怒鳴られているところに、大店の主人が手代を伴ってやってくる。と、まあ、やひやしながらも最後には報われるハッピーエンドの噺だ。
 幸四郎ふんする左官屋の長兵衛が、大店の主人が「これからはどうぞ親戚付き合いを」と持ちかけたのに対して、貧窮の長屋暮らしの自らの境涯を意識して、「提灯(ちょうちん)に釣鐘(つりがね)よ」とベランメエ調に照れて言ったのが鮮やかに頭に残った。

 今もちょうちんに釣鐘暮れる秋  頓休
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 築地場外市場と朝日新聞社屋 | トップ | 哲学草稿1:われわれは虚数... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

「ハイク缶」 with Photo」カテゴリの最新記事