小生と同世代のアサハラが引き起こしたオウム真理教自体には違和感があるが、このお堂に入って、なんともいえない音楽が流れる中、仏陀にむかって立つ女性が片手を天に差し向けるような祈りの仕草を眺めていて、やはりこうした恍惚としてくる舞踊的な仏教があるのだなと思った。アサハラもこれを真似たのと違うか。
漢神百貨の通りを挟んだ向かいに高雄仏教堂というお寺があった。今はなぜ中へ入ったのか忘れてしまったが、あるいは音楽が聞えてきたので中を覗きたくなったのかもしれない。ともかく、お寺というとお堂の内部を見たくなるものだ。
伊勢丹から少し来ると、今度は人混みも賑やかな繁華な百貨店があった。グランド・ハイライ(漢来大飯店)という高級ホテルが入る45階建てビルにあるデパートである。片付けられずにあるクリスマスツリーが豪華な雰囲気をかもす。余りに閑散とした伊勢丹のあとだけに、夕刻の百貨店はこうでなければならないと思った。
六合路夜市から来たときとは違う道を歩いた。高雄の道路は街灯が発達していないせいか、暗くて、人通りがないと物騒な気がしてくる。やや用心しながら繁華な通りの方角に歩いてくると、デパートがあった。小生も日本で愛顧する伊勢丹ではないか。はるとガランと客の入りがない。地下にまずそうな刺身や寿司があるのが、日系デパートの証(あかし)か。
バンコクの「ラーメン」も忘れがたいが、この「台南の担仔麺」は、なんと形容すべきか、とても1杯ですますのは一生の不覚になると現場で即決し、腹の不調をかえりみずに思わず「もう一杯」と主人に催促、2杯おいしくいただいた。またこの味付け玉子、普段、こうしたものは食べないが、試しに注文、そのうまいのなんのといったら、興奮して写真がピンボケしてしまった。
そうやって慎重に屋台を一つ一つ覗きながら吟味して入ったのが、この「たいなんのたんたんめん」とニッポン語で書かれた屋台。やはり日本語表示があると安心感があって惹かれますね。坦々麺というからには辛いかなと思ったが、客が喰っているのを観察して、そう辛そうでもなさそうだと判断し、写真の麺を載せた大皿が二つ置いてある前の床机(しょうぎ)に座って、麺を「これをくれ」と指差した。
高雄に来たからには、観光客はここで夕飯を食べる習わしである。その期待に十分応えてくれる屋台街であることは保証したい。つまり、安くてうまい。とはいえ、脂っこいものはダメだから、100㍍足らずの通りを慎重にあっさり系の屋台を探した。
ちょうど日本も試験シーズン。台湾も相当な過熱ぶりのようだ。街中に予備校をたくさん見かける。そしてこうした合格者一覧が掲げてある。写真入りは医学部合格者ばかりであるところをみると最難関は医学部で、その合格者輩出が予備校のブランドになるのであろう。左上に1人しかいない台大医科とは東大医科といったレベルか。
元旦の夕方、有名な六合路夜市へ行こうと、ホテルを出て、大橋を渡り、愛河沿いにしばらくいってから右に折れた。大通りを歩いていくと、こんなバス停の広告。「探偵」が「偵探」とアベコベだ。日本でも似たような女性探偵社の看板を見かけるが、男の浮気は世の常ということであろう。台湾の高雄にも尾行をつけたくなるような旦那が多いのであろう。
蓮池潭を吹き渡る風に身をまかせる鳥だけに、なにやら考え深げだ。カラスよりは小さいが雀よりはやや大きい。尾が長い。黒というより墨色だ。日本にはいないタイプの鳥だと思うが、名はもちろん知らない。軽々と葉の先端に止まっているところが仙人じみている。