『The Age of Innocence(汚れなき情事)』は、マーティン・スコセッシ(Martin Scorsese,1942‐)監督による1993年の映画だ。贅(ぜい)を凝らした芸術品の小道具をいちいちにアップして映し出す美しい映像(息をのむようなと形容できる)を見ていると、せいぜい10年ぐらい前の映画と感じたが、調べると、もう30年以上前の作である。小生にとって、スコセッシ監督と言えば、大学生のときに観たロバート・デ・ニーロ主演の『タクシードライバー』(1976)であり(その圧倒的なインパクトに、小生もしばらくデ・ニーロのタクシードライバーのような物騒な薄ら笑いを独りぼっちの生活に浮かべていた)、それとこの映画は、ニューヨークが舞台になっている以外、何の共通性もないように見える。一方は、貧乏で恋人も何もないタクシードライバーが乗客となった政治秘書に思いを寄せる、一方は、裕福な名門家族の青年で、人もうらやむ美しい娘と婚約し結婚するが、思いつづける生涯の女性は他に居る。しかし、一見して何の共通性もないところに、「遂げられない恋心、諦(あきら)めざるを得ない恋心」という共通項を見いだして、一人大いに納得した。単なる失恋劇でもない。どこか夢中になれない、命がけになれない、その女を見かけても心を残して立ち去らざるを得ない、恋の幻影に対する諦観した男のスタンスが描かれている。そこがおもしろかった。