またまたテレビでの映画鑑賞だが、『ガス燈(Gaslight)』(1944、米国版)を観る。もともと、Patrick Hamilton(1904‐1962)の戯曲(Gas Light、1938)で、1939年に英国で舞台化され、さらに、1940年に映画化されたが、後に、アメリカで再脚色、ジョージ・デューイ・キューカー(George Dewey Cukor、1899‐1983)の監督でリメイクされた。米国版は、フランス出身のシャルル・ボワイエ(Charles Boyer、1899‐1978)、スウェーデン出身のイングリッド・バーグマン(Ingrid Bergman、1915‐1982)、アメリカ出身のジョゼフ・チェシャー・コットン(Joseph Cheshire Cotten、1905‐1994)と、アメリカらしく多国籍出身の俳優が、各自優れた演技力を発揮している。イングリッド・バーグマンは、この作でアカデミー主演女優賞とゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門)を受賞しただけあって、スクリーンにクローズアップされたその顔の表情のいちいちの多彩さ、迫真さには驚きを禁じ得ない。それに、胸元など、なかなかに豊満そのもので極めてセクシーである。妻をじわじわといたぶり心理的に追い込んでいく裏のある夫役を演じたボワイエは、気品のある悪を演じきっている。コットンは、『第三の男』(1949)での三文小説家と似たところがあるが、こちょこちょしない素直な演技がいい。また、テレビドラマ『ジェシカおばさんの事件簿(Murder, She Wrote)』(1984‐1996)でお馴染みのアンジェラ・ブリジッド・ランズベリー(Angela Brigid Lansbury、1925‐)は、イギリス労働党党首の孫らしいが、この映画撮影当時は17歳で、実に憎々しいメイド役をうまく演じている。というわけで、役者の演技力で、この優れた舞台劇はそのまま映画として見事によみがえったのだろうと思う。とは言え、名画と知りつつ、最初の30分くらいは窮屈を感じてチャネルを変えて見るのを止めようかと考えていた。どうも、小生は、小説のようなものを書いてみようという人間には似合わず、この手の心理サスペンスが苦手なのだ。ヒッチコック(Alfred Hitchcock)の映画もそうだが、閉所恐怖症に似た詰まった感覚がある。それでも、役者の演技に引きずられて我慢して見ていると、正気な妻が、夫によって、自分は狂っていると無抵抗に思い込まされる姿に、同情と一種の憐れみがわいてくる。それと同時に、妻の心を強引にあやつろうとする夫の底意地悪さに嫌悪感のようなものを覚えるようになる。ただ、もっと画面に見入っていると、この夫婦の支配と被支配のイジメル・イジメラレル心理は、これほど悪質ではなくても、案外にごく普通に日常的に起こっている打算的な駆け引きではないかと、わが身の上への反証として突き刺さってくる。人間心理の怖いところだ。考えるに、子供の世界のイジメなども、こうした大人世界のイジメ心理の粗野な反映なのであろう。
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