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2011.12.28(水曜日)、昨晩から妻の小妹(シャオメイ)と北京へきている。彼女の里帰りに同行したかたちだ。――この書き出しは昨年のものとまったく同じだ。1年がたって同じことを繰り返している。反復しないのは泊まる4つ星のホテルである。今回は、北京市西城区北礼士路98号にある假日酒店(Holiday Inn)に年明けの正月二日まで6泊する。ここは、小妹のお母さんの老人ホームへ地下鉄で阜成門駅から西直門駅まで2駅しか離れていないので、便利ということだった。1年前は、長安街に面し天安門に近く、有名な4つ星の北京飯店(Beijing Hotel)に隣接する5つ星ホテルの北京貴賓楼飯店(Grand Hotel Beijing)。今年8月は、地下鉄2号線の東四十条駅の真上にある朝陽門の「北京港澳中心瑞士酒店(Swissôtel Hotel)」。北京市の中心部、2環上で東部、西部と対称的に、毎回、違うホテルを試していることになる。ホリデー・インは、高級ビジネスホテルといったところだ。宿泊客もビジネスマンが多い。前の2つのホテルに比べ観光客や外人が少ない印象。従業員は掃除担当者まで全員、廊下ですれ違っても「ニーハオ」と声をかけてくる。悪い印象はない。アメリカ式に教育されているのだ。小生は「ホリデー・インはニーハオホテルだな」と名づける。すぐ近くに有名な心臓の専門病院と、同じく有名でおいしい牛肉麺の店、食べれば饂飩屋そのものがある。饂飩(うどん)とは、これこそ我が祖国、日本固有の食べ物と思っていたが、どうも中国あるいは台湾のものらしい。見て、食べてそれがよく分かった。中華の饂飩は、実に、見栄えも良く、うまい。
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早朝、ホテル最上階の10階の窓から東の方角、正面に、もやったなかから朝日に白塔寺が見え、さらに時間をおいて北海の白塔も同じ方向に遠く望めた。白塔寺の手前に広がる胡同(フートン)の甍のなかに以前訪れた魯迅の故居も埋もれているはずだ。
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今日は、午前中に、タクシーで10分ほどの首都博物館へ行った。北京に住む小妹の知り合いがこぞって推奨する博物館だ。建物は外も中も壮大な近代建築なり。入館のとき、身分証明書を求められるが、パスポートを所持していなかった。それでは入れないということだったが、どうしようかとロビーに佇んでいると、「今後は身分証の携帯を注意するように」とのお叱りをいただき、「免費参観券」(無料)を渡され、入館許可となった。故・張大千という中国の大家の絵画特設展を参観し、それから常設の老北京民族展を見る。張大千氏の絵は、山水画風のものから色彩豊かな仏教画まで幅広くある。写真では、あえてモノクロの天女を紹介する。それから張氏の弟子なのかどういう関係なのか分からないが、同じ展示場に馬を描かせたら当代随一と言われる徐悲鴻の一幅の馬絵があった。なるほど今にも嘶(いなな)きとともに小生を蹴飛ばして走り去っていきそうな勢いの絵である。
ところで、老北京民族展を眺めて、北京の人がなぜこの博物館を見るように勧めるか、分かるような気がした。中国の歴史と伝統を紹介する博物館のクオリティー(展示品の質や展示の仕方)としては上海博物館に比べかなり見劣りするが、ともかくも北京という首都を歴史的・民族的に紹介した博物館は北京でここが代表格で唯一に近いのであろう。逆に言えば、北京には漢民族が博物館に集めて誇りたい自分たち固有の歴史が余りないのではないか。ほぼ日本の江戸時代と明治時代に相当する清の時代も、満州族が漢民族を支配する征服王朝であった。われわれ日本人が、心のどこかで少し小馬鹿にしてきた中国も、図体が大きいのに弱い相撲取り風で、この近代に向かって大国のまま弱体化した清王朝のイメージである。しかし、その清の国の首都にあった庶民の生活には、どこか懐かしい小さな暮らし向きがあった。それをひどく一方向的に変えてしまったのは、庶民を人民に、社会科学を主義・運動にしたマルクス・エンゲルスの共産主義革命と新聞を読み演説する写真の毛沢東その人であった。
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12.29(木曜日)、朝方、ホテルの窓から見ると、北京の街に雪が降っていた。窓の桟にも粒上の雪が少し積もっている。昔、札幌やソルトレークで経験した粉雪(パウダースノウ)だ。少々、熱がある。小妹は片方の首筋から頬にかけて腫れて痛みを訴えるので、昨夜、近くの心臓病院の救急へ行くかとなったが、結局、歩いて5分ほどの薬局で「清火片」と云う薬を買って頓服した。小生も、一緒に8箱も購入した北京同仁堂の風邪薬「板藍根顆粒」を1袋呑む。北京同仁堂については、小妹が首都博物館で買ってきた一冊の老北京の逸話集からの話でおもしろいことを聞いた。なんでも、清の時代に、北京の下水道の浚渫で、汚泥が道の所々に積まれることがあったが、夜道では、通行人が知らずにそれを踏んでしまう。そこで同仁堂では提灯を置いて汚泥の在処を通行人に分かるようにした。もちろん、提灯には「同仁堂」の文字がある。さらに、科挙の試験に全国から集まった受験者に同仁堂は無料で薬をくばった。試験に落ちても、故郷に帰った人から北京同仁堂の親切が伝わる。受かった人からは、それは高級官僚になるから同仁堂は諸々の利益が得られる。また、これは後世のことだが、日本の森下仁丹が進出し人気となるが、同仁堂は国産で対抗し、森下仁丹よりも効能がある「六神丸」を開発、日本の仁丹を駆逐したとか。今ではなぜか同仁堂仁丹まである。
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午後、タクシーで中国統計局へ小妹の用ででかけた。ホテルのある北礼士路から南礼士路をくだり、月壇公園のわきを抜け、月壇南街を右に曲がると、その統計局の建物(中国の国旗「五星紅旗」がひるがえるビル)がある。昨日行った首都博物館と同じ方角だが、もっと近い。この辺りは「三里河」と呼ばれる官庁街である。街並みがすっきり整備されており、やはり中国は役人が大事にされる国だと分かる。近くに、中国科学院もあり、東京で云えば東大のある文京区界隈の落ちついた雰囲気がある。統計局の用件が終わると、日本で言えば刊行物センターのような統計資料が棚に並ぶ書店へ寄った。ただし、ここは民間の本屋で、いかにも神田の書店にでも居そうなほころびのあるセーターを着た初老の主人(社長)が辛口に応対した。
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12.30(金曜日)、午前中、小妹のお母さんを老人ホームに訪ね、ホームの昼飯にでた餃子をいただく。老人ホームに着いたとき、元旦を祝う会が行われていた。ホームの職員が歌舞を披露していた。この老人ホームは、料金が比較的高く、多分、入れるのは高級幹部クラスではないか。入居している老人を見ても、一般庶民の顔ではない。もとお役人の顔だ。
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それからタクシーでホテルの近所まで行き、小妹が銀行で所用を足す1時間ぐらい、昨日、車窓から眺めた南礼士路を月壇南街との交差点まで歩く。月壇公園に入ろうかと思うが、入場料は1元で、小生の財布には100元札が1枚あるきり小銭がなく、くずすのも面倒だから入らなかった。今日は雪こそ降らなかったが、散策するにはちと寒すぎる。ただ、北京の冬の街路の雰囲気は楽しめた。行列ができた店を覗くのも一興だ。アップル社の創業者、故・スティーブン・ポール・ジョブズ(Steven Paul Jobs、1955年2月24日 - 2011年10月5日)は、中国でも有名人だ。ところで、亡きジョブズ氏は、私と大して年齢が変わらないことを今になって発見した。なお、中国では外人の名に中国の漢字をあてた名札の土産物がはやっている。たまさか自分の名や友人の名の漢字名を見つけた外人が勝っていくのだろう。ジョブズ氏もあの世への手土産に、手塩にかけたアップル製品の梱包に中国名の名札をぶらさげていったかもしれない。
夕方、小妹の4番目の兄と兄嫁を同伴し、小妹が人に貸すマンションへ行き、契約の確認をする。書類に、借人の名が2種類あり、これはおかしいとなった。不動産屋の言い分は、借人は少数民族で一つは自分の出身族の名、もう一つは漢民族の名だと説明する。マンションの管理人が身分証明書を持ってきて、そこに少数民族の出身地を確認して、一応落着する。日本に住む在日韓国人のような事情が中国にもあるようだ。
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12.31(土曜日)大晦日、昼を小妹のお母さんや兄弟と食べる。北京師範大学と通りをはさんである新街口外大街の「同春園」という有名な浙江省料理のレストランだ。周恩来が好物としたスープに入った肉団子を食べる。脂を落としてあっさり淡白な味なり(写真はぼけたので割愛)。口を開けている魚はともかく、砂肝と豆の料理は小生の口に合った。いろいろ話がでるのなかに、日本が武器輸出を解禁するという話題がでて、はてなと思った。中国はこの日本の動きを非常に警戒しているし、憂慮している。日本だと、家族の集まりでこんな社会問題が話題になることはまずないが、ここは中国の北京である。政治は人々の最大の関心事だ。
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それからお兄さんに車で送られて、平安里の護国寺街を観光する。日本でいう寺の参道だが、護国寺自体は閉鎖されていて見学できなかった。護国寺街から恭王府方面へ行く道筋に小妹のお父さんが通った大学、舗仁大学(現・北京師範大学)があるので、そこまでぶらぶら歩いて引き返した。護国寺街は観光用につくられた新しい街路だが、夕靄につつまれたその街を歩いていると、なんとも懐かしい老北京の感じがした。一瞬、プラハのカレル橋を歩いたときのことを思い出した。
護国寺街を平安里まで戻って、そこからタクシーで景山公園、故宮のわきを抜けて、王府井にでて買い物をする。平安里をでたところの道が大変混んでいて、4つの交叉点で信号を手動で同時に赤にし、出動した警察の交通整理でやっと動き出す始末。中国人ドライバーは道をまったく譲らないから渋滞がいっそう激しくなる。
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2012.1.1(日曜日)、元旦。朝、テレビのCCTV2で日本特集を放映していた。原発事故の説明をする枝野氏は中国では有名人だ。野田首相のどうじょうの由来、オリンパスの不祥事と、コメントつきで詳しく紹介していた。原発事故以来、秩序を重んじる日本人への好感度は一方的に高まっているが、当の日本人はそうしたことも知らないであろう。ホテルのフロントで小妹が両替し、周辺を散歩する。
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昼飯を、小妹の4番目のお兄さん夫婦と一緒にとる。東三環にある日本レストラン「松子」までフリーウエイを北京の西から東へドライブ。午後1時からでないと席がとれない満員の盛況さ。あくまで中国人客を想定した料理や接客だが、これを本物の日本風レストランにして同じ繁盛を得るかは、ここ北京では疑問。フランス料理のような西洋レストランさえ成功が難しい。北京市民は中国風にこだわりが強い。
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帰りに、小妹はお母さんの老人ホームへ、小生は白塔寺付近でおろしてもらう。毎日、ホテルの窓から眺めていた胡同の一帯を歩いてみたくなったのだ。白塔寺は閉まっていたが、胡同の風情は楽しめた。白塔を胡同から眺めていると、ブーンブーンと妙な低音の音がする。白塔が円盤になって上昇をはじめるのではないかと思った。魯迅故居にも寄るが、やはり閉まっている。黄昏てきた街を、写真を撮りながらぶらぶらとホテルまで戻ってくる。