日本建築学会が6日に開催した「東北地方太平洋沖地震および一連の地震 緊急調査報告会」は、毎日同じようにテレビで繰り返される震災報道にくたびれていた小生にとって、幾つかのぼんやりとした疑問に回答を与えてくれ、なかなか有益な知識源となった。つまり、なぜ、あれだけの巨大地震で建物はそれほど倒壊しなかったのかには「短周期が卓越していたから建物被害は軽微であった」と、大津波で鉄骨造の建物が躯体だけ残して丸裸となり、鉄筋コンクリートの建物が見事なまでにひっくり返ってしまったことには「20メートルの津波外力は風速600メートルに相当する」と明解に教えてくれた。これらに関し以下に少し詳しく書いておくと――。
≪地震と建物被害≫
東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震は3月11日14時46分、沈み込む太平洋プレートと北米プレートとの境界域で発生した海溝型巨大地震で、マグニチュード9・0と巨大だったが、地震による建物被害は比較的軽微にとどまった。
地震動と建物被害の関係は、強震記録からは「加速度は大きいが速度は秒速100センチを超えていないことが、建物被害が少ないことを説明する」とされる。別の表現では、今回の地震波は1秒以下(0・4~0・7秒程度)の短周期が卓越していたので、建物の大きな被害に結びつく周期1秒から2秒の応答は小さく、しかも継続時間3分程度と非常に長かったこともあり、体感的には激しい揺れが長いあいだ襲って強い恐怖を感じたが、「建物の構造的被害は少なく、概ね軽微」なものとなった。
マンホールをこれだけ持ち上げた液状化もすごい。源栄正人・東北大学教授は1978年宮城県沖地震で杭基礎の被害を受けた仙台市宮城野区のRC造14階建て集合住宅を調査、今回の地震で「杭の損傷によると推定される建物全体の傾斜を確認し、傾斜が進んでいる」と述べた。いざ、人が住むとなれば、ほんの少し傾いていても気分は悪かろう。
≪津波と建物被害≫
地震の震源は宮城県の東200キロメートル、震源の深さは20キロメートルと推定される。3つの巨大な破壊が連続して発生した結果、震源域の長さは約500キロメートルに達し、これによって岩手県沖から茨城県沖までの広い範囲で津波が発生した。初期水位は約6メートル。早いところでは、地震発生から20分程度で第1波が到達。水深約200メートルの地点で6・7メートルだった津波は、沿岸では2~3倍の高さとなった。第1波到達から約6時間のあいだに7波が到達している。この第7波でもチリ地震津波の波高よりもまだ高かった。北上川では、河口から17キロ地点にある高低差3メートル以上の堰も乗り越え、津波が約50キロも遡上していたことが確認された。
構造物への津波による外力を議論する場合、浸水高(浸水深)が重要であり、浸水高が4メートルのとき流速は毎秒7メートル、風速で毎秒120メートルに相当する。今回、大船渡港では商工会議所ビルで津波の痕跡高が9・48メートルで浸水高が8・46メートルだったから、風速240メートル以上の外力を受けたことになる。これが浸水高20メートルの津波だと風速600メートルだから物凄い。大抵の建物は突風のような水の勢いに吹っ飛んでしまうに違いない。
高い津波をまともに被った地域は「木造は跡かたもなく流され、RC造は残り、再使用も可能。S造は残るが残留変形が大きく、再使用は可能か疑問だ」とした。また、数㍍の浸水でも「木造家屋が1階RC造のピロティに乗った構造では津波に耐えた」との報告もあった。
鉄骨(S)造構造物の場合は「多くは倒壊こそ免れているが、外壁は破壊され、主要な構造材が屈曲しているケースも多い。その原因が津波の流体力であるのか、がれきや自動車などの漂流物の衝突によるものなのかは明らかでない。今回、津波防潮堤にぶつかり、水位が上昇した水が越堤し、重力によって加速され射流となり、極めて速い流速で街を襲い、最終的に木造家屋だけでなくS造構造までも根こそぎ破壊」と報告した。
鉄骨造は耐震用だから今回の地震でも外壁や天井が落下する程度で、躯体にほとんど被害はなかったが、津波はまったく想定していない。というか、建築基準法では津波をそもそも想定していない。高い耐震性があり、かつ津波に強い構造物へのニーズは今後高まるであろう。免震は地震には強いが、津波はやはり想定外だろう。私的には、ものすごく頑丈なSRC(鉄骨鉄筋コンクリート)造はどうかと思う。ただ、コストがかかるから、そうした良いものが開発されても本当に普及するかは疑問だ。今、既成のマンション建築で見かけるSRC造は、鉄骨が余りにもけち臭く細くて、眺めているこっちが不安になる。あんなものではダメだ。
ところで、鉄筋コンクリート(RC)造と木造を比べると、RC造は「地震外力に耐えるように設計され、自重の大きさから大きな外力が想定されており、自動的に津波外力を上回った」のに対して、木造は津波外力を下回った。さらに、RC造でも破壊・倒壊した原因は、地震動・液状化による基礎の破壊、開口部が小さい建物では、抗力を多く受け、水の侵入が少なくて津波力に抗する屋内側の静水圧が小さくなったことによる破壊、浮力が大きくなり、建物が軽くなったことによる転倒が考えられるという。
また、防波堤・防潮堤・防潮林が津波に無効であったかという観点では「津波のエネルギーを反射・散逸させたほか、水の浸入を遅らせた」など一定の効果を発揮したとし、同じ効果は建物にもあるとした。ただ、前述に「津波防潮堤にぶつかり、水位が上昇した水が越堤し、重力によって加速され射流となり、極めて速い流速で街を襲い」とあるから、今回のような‘想定外’な大津波の場合は一概にそうも言えないのではないか、と小生は思う。公共事業で津波対策をしてきて、想定の範囲で「大丈夫です」と太鼓判をおしてきた政策担当者側のロジックで、弁解的に言っているようにも聞こえた。
そして、今回の報告会で唯一、楽しく笑ってしまったのが、主要な報告者の一人、源栄教授が自分の研究室で被災したときの自己解説。緊急地震速報で地震が来ることを察知し先生は、とっさに机の下に避難した。すると左右から本棚が倒れかかってきた。机がなければ本の雪崩に埋もれて窒息するところだったという。この源栄先生は、災害制御研究センターの教授だというから、やはり可笑しくなる。