Discover the 「風雅のブリキ缶」 written by tonkyu

科学と文芸を融合した仮説作品「風雅のブリキ缶」姉妹篇。街で撮った写真と俳句の取り合わせ。やさしい作品サンプルも追加。

プラハのカフカ-31 雨の王宮

2008年05月25日 16時52分51秒 | プラハのカフカ
 こうして見るとプラハの王宮は薄いピンクと外壁の色合いがなんともいい。こうした城に暮らした王侯貴族はみんな今流に言うセレブであろう。人生もそれだけ桃色吐息だったのだろうか。小生は、なんだか三日、いや三十日で飽きる気がする。

 ピンクの王宮で欠伸に眺める滝の雨  頓休
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プラハのカフカ-30 プラハの雨

2008年05月25日 16時15分59秒 | プラハのカフカ
 この時期、プラハに雨が多いとは聞いていたが、たしかによく降る。すぐ止むにわか雨だからどこかで雨宿りして傘を持って歩く必要もないようなことがガイドブックに書いてあったが、けっこうな土砂降りだ。折りたたみ傘かカッパぐらい持っていた方がベター。ホテルの部屋に長い傘が1本備え付けになっていたのでちょっと驚いたが、それだけ必需品なのであろう。まあ、それにしても古都だけあって雨がよく似合う街である。

 カッパ着て雨のプラハに見入るとき  頓休
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プラハのカフカ-29 わが祖国の川

2008年05月25日 16時05分13秒 | プラハのカフカ
 スメタナは梅毒におかされ、中途失聴者になった後に、「わが祖国」を作曲したのだそうな。ヴルタヴァ川を題材にした、あのなんとも胸が熱くなる曲だ。写真にそのヴルタヴァ川も見える。見渡せばなるほど「百塔の町」だと感慨も起きる。ヴルタヴァ川に架かる中央の橋は、カフカが夜中に城の黄金小路の家を出て渡った橋であろう。

 春の川スメタナが愛したわが祖国  頓休
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プラハのカフカ-28 拷問道具とろくろ首

2008年05月25日 15時57分00秒 | プラハのカフカ
 ここは「ダリボルカ」と呼ばれる塔にあった牢獄のようだ。なんでもダリボルというヴァイオリンの名手が投獄され、それを題材にスメタナがオペラ「ダリボル」を創作した。写真は人体引き伸ばしの拷問器のようだ。少し引っ張られるならば曲がった背筋も伸びて気持ちよかろうが、それ以上となるとどんな心地か想像もつかない。人間の身体はゴムのように少しは伸びるものなのだろうか。あるいは、ろくろ首にならないか。

 朧月引き伸ばされてろくろ首  頓休
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プラハのカフカ-27 骸骨に下敷きになった男

2008年05月25日 15時43分21秒 | プラハのカフカ
 プラハ城の黄金小路を抜けて一段下に降りるとき、写真の骸骨が置かれていた。昔、城内の首切り場でもあった場所なのだろうか。巨大な骸骨が男を下敷きにするとは象徴する意味は何かあるのだろうが、大したものではなかろう。男は気の毒なものだ。しかも、お嬢ちゃんの記念撮影にはちょうどいい。脈絡もなく、ド阿呆な浪速の春男児を思い出した。

 骸骨を乗せて歩くも春男児  頓休
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2008_0524松島の仁王島

2008年05月25日 10時26分58秒 | Journal
 カモメとの交歓に忙しくて、船内放送で島の紹介をしているのはほとんど聞き漏らした。ただ、かっぱえびせんのストックが枯渇し、カモメが遠ざかったときに、船が徐行して接近した島の形を「パイプをくわえた」と言っていたのを覚えている。「仁王島」という松島名物だそうだ。仁王様とどう似ているのかは分からない。
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2008_0524カモメの松との友情

2008年05月25日 10時18分24秒 | Journal
 小生が投げるかっぱえびせんを、その度に1メートルやそこらの真後ろで嘴(くちばし)に巧みにキャッチするカモメがいた。瞬時に飛行を調整して獲物をゲットする運動能力はオリンピック選手などの比ではない。そのカモメは小生の顔を眺めて「hey, come on!」と笑っていた。カモメの白眼が黄色いと初めて知った。カモメと見詰め合って、ああ、こいつとは友達だなあと思った。松島での友情を記念して「カモメの松」とあだ名しておこう。
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2008_0524松島カモメの編隊飛行

2008年05月25日 10時08分33秒 | Journal
 洋上は風が強かった。最近は、飛行機でタイやら中国やらチェコまで飛んだが、この松島のカモメほどに自在でも美しくもなかった。ただ、アルミか何かの金属物体の中でエコノミー症候群と戦いながら過ごした不自由無用な時間があった。人間は風になれない。風に向かって翼をひろげみんなで美しく編隊飛行するなんて夢の中での出来事だ。
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2008_0524松島の海を自由に飛ぶカモメに乾杯!

2008年05月25日 09時59分54秒 | Journal
 かっぱえびせんに誘われて飛ぶカモメであるが、どう海上を飛ぼうとカモメの自由である。人間はこうはいかない。松島へ仕事で来て、翌朝解散でホテルを後に。さすがにネクタイはしてないが、重い書類カバンをぶら下げて背広姿で松島の海を観光している。同じ生存競争下の友人として、カモメの自由に乾杯だ。
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2008_0524カルビーのかっぱえびせんが好きな松島のカモメども

2008年05月24日 18時36分29秒 | Journal
 海鳥とカモメは同意語ではないだろうが、ここでエビ煎餅につられて松島の海を追っかけてきた鳥はカモメとしておこう。船に乗ると、売店の女性の話によって1袋150円のカルビーのかっぱえびせんでカモメを安く餌付けできると知る。さっそく購入して、船尾に立った小生は、自分の口にえびせんを放り込む一方、宙に投げ上げてカモメをおびき寄せた。すると、あっはっは、カモメどもが喜び勇んで来るは来るは。
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