いつのまにか高齢者といわれる年齢になってしまった。体のキレはいつの間にか、思っているものではなく、バランスもふらついたり、はっきりと若いときとは違う不安定さが自覚できる。
それでも、パソコンをいじれたり、放送大学の現役であるとか、あまり年齢を感じないでおれるのは、まさに、時代の進歩、科学技術の進歩のおかげである。
テレビは、画面がキレイし、映画も見放題。タレント諸氏も、肩の力を抜いて、人生の達人ぶりをみせてくれる。
タブーとなっていたものも、暴かれていく。背景、真実が明らかになっていく。欲望の限りをつくすこともできるかもしれないが、そこにある空しさもみえる。同時に、そこには、言われるほどの不健康さはなくて、人間同士の温かい交流があったりする。
およそ、有り得ないような世界が、出現しているといえる。
京都大学の山中教授をはじめ、生物学の成果は、目をみはるものである。人類は、明かに、違うステップの世界に入った。
あたらしい哲学が、生まれようとしている。相対的な有利、不利をいう時代ではなく、もう、共生以外には有り得ない時代となっている。
バタバタしないで、生きていける時代に近づきつつあるようにみえるが、時代は、世界は、そこまできていない。
ただ小生の場合は、年齢のおかげと、時代のおかげで、徐々にタイトルの状況が、マジカな感じもしている。
というか、カスム目と、モやっとした頭で、このブログを書いている、まさにこの瞬間が、そうなのかもしれない。
それでも、パソコンをいじれたり、放送大学の現役であるとか、あまり年齢を感じないでおれるのは、まさに、時代の進歩、科学技術の進歩のおかげである。
テレビは、画面がキレイし、映画も見放題。タレント諸氏も、肩の力を抜いて、人生の達人ぶりをみせてくれる。
タブーとなっていたものも、暴かれていく。背景、真実が明らかになっていく。欲望の限りをつくすこともできるかもしれないが、そこにある空しさもみえる。同時に、そこには、言われるほどの不健康さはなくて、人間同士の温かい交流があったりする。
およそ、有り得ないような世界が、出現しているといえる。
京都大学の山中教授をはじめ、生物学の成果は、目をみはるものである。人類は、明かに、違うステップの世界に入った。
あたらしい哲学が、生まれようとしている。相対的な有利、不利をいう時代ではなく、もう、共生以外には有り得ない時代となっている。
バタバタしないで、生きていける時代に近づきつつあるようにみえるが、時代は、世界は、そこまできていない。
ただ小生の場合は、年齢のおかげと、時代のおかげで、徐々にタイトルの状況が、マジカな感じもしている。
というか、カスム目と、モやっとした頭で、このブログを書いている、まさにこの瞬間が、そうなのかもしれない。