----今日は、えいが呟いていたことを聞き書き。
『ヴィタール』というのは塚本晋也と言う監督の映画らしい。
この監督って、いままで“都市と肉体”をモチーフにしていたのだとか。
でも、“肉体”は最も身近な自然。
今度の映画では、その肉体の内部に深く深く入り込むことで、
心や意識の問題に触れようとしているらしい。
果たして人間の意識は肉体のどこにあるのか?
この永遠のテーマの答を、
監督は人体を切り刻む中で探そうとしているかのようだって。
なんのことかよく分からないよね。
というわけでまず物語を見てみよう…。
交通事故で記憶を失った男・高木が、
なぜか医学書に興味を持ち始め、大学の医学部へ。
と、彼が2年になった時、
その時の事故で死んだ恋人・涼子が運ばれてくる。
彼女は「自分を献体に」と、遺言を残していたんだね。
高木は涼子の解剖をするうちに、
楽しかった彼女との時間がフラッシュし、違う時空に行く。
普通に考えると、これは記憶の回復のはずなんだけど、
高木にとっては、どちらも現実のように見える。
果たして----!?
という話なんだけど、
これをハリウッドとかフジテレビとかがやると、
実は「男の方が臨死状態でそのときに見ていた悪夢でした」とか、
すさまじいオチがつくところなんだけど、
相手は塚本映画、そんなSFの方向にはいかないんだって。
わざわざ高木に
「自分は人類が絶滅した後の火星のロボットかなんかで
いろんな記憶の断片を見ているのかも」
(このセリフ正確じゃないから突っ込まないでね)。
みたいなことを喋らせて、
この映画はそんなんじゃないよとサインを送ってるらしい。
その高木が見る涼子と一緒のイメージが
塚本監督には珍しいカラッと明るい沖縄でのロケ。
「肉体という暗黒のトンネルをくぐり抜けて、
ようやく広い世界に一歩踏み出した気分です」とは
塚本監督の言葉。
えいと違って、言うことがカッコいいよね。
『ヴィタール』というのは塚本晋也と言う監督の映画らしい。
この監督って、いままで“都市と肉体”をモチーフにしていたのだとか。
でも、“肉体”は最も身近な自然。
今度の映画では、その肉体の内部に深く深く入り込むことで、
心や意識の問題に触れようとしているらしい。
果たして人間の意識は肉体のどこにあるのか?
この永遠のテーマの答を、
監督は人体を切り刻む中で探そうとしているかのようだって。
なんのことかよく分からないよね。
というわけでまず物語を見てみよう…。
交通事故で記憶を失った男・高木が、
なぜか医学書に興味を持ち始め、大学の医学部へ。
と、彼が2年になった時、
その時の事故で死んだ恋人・涼子が運ばれてくる。
彼女は「自分を献体に」と、遺言を残していたんだね。
高木は涼子の解剖をするうちに、
楽しかった彼女との時間がフラッシュし、違う時空に行く。
普通に考えると、これは記憶の回復のはずなんだけど、
高木にとっては、どちらも現実のように見える。
果たして----!?
という話なんだけど、
これをハリウッドとかフジテレビとかがやると、
実は「男の方が臨死状態でそのときに見ていた悪夢でした」とか、
すさまじいオチがつくところなんだけど、
相手は塚本映画、そんなSFの方向にはいかないんだって。
わざわざ高木に
「自分は人類が絶滅した後の火星のロボットかなんかで
いろんな記憶の断片を見ているのかも」
(このセリフ正確じゃないから突っ込まないでね)。
みたいなことを喋らせて、
この映画はそんなんじゃないよとサインを送ってるらしい。
その高木が見る涼子と一緒のイメージが
塚本監督には珍しいカラッと明るい沖縄でのロケ。
「肉体という暗黒のトンネルをくぐり抜けて、
ようやく広い世界に一歩踏み出した気分です」とは
塚本監督の言葉。
えいと違って、言うことがカッコいいよね。