ラムの大通り

愛猫フォーンを相手に映画のお話。
主に劇場公開前の新作映画についておしゃべりしています。

『ヴィタール』塚本晋也(byフォーン)

2004-09-27 19:16:05 | 新作映画
----今日は、えいが呟いていたことを聞き書き。
『ヴィタール』というのは塚本晋也と言う監督の映画らしい。
この監督って、いままで“都市と肉体”をモチーフにしていたのだとか。
でも、“肉体”は最も身近な自然。
今度の映画では、その肉体の内部に深く深く入り込むことで、
心や意識の問題に触れようとしているらしい。
果たして人間の意識は肉体のどこにあるのか?
この永遠のテーマの答を、
監督は人体を切り刻む中で探そうとしているかのようだって。
なんのことかよく分からないよね。

というわけでまず物語を見てみよう…。

交通事故で記憶を失った男・高木が、
なぜか医学書に興味を持ち始め、大学の医学部へ。
と、彼が2年になった時、
その時の事故で死んだ恋人・涼子が運ばれてくる。
彼女は「自分を献体に」と、遺言を残していたんだね。
高木は涼子の解剖をするうちに、
楽しかった彼女との時間がフラッシュし、違う時空に行く。
普通に考えると、これは記憶の回復のはずなんだけど、
高木にとっては、どちらも現実のように見える。
果たして----!?

という話なんだけど、
これをハリウッドとかフジテレビとかがやると、
実は「男の方が臨死状態でそのときに見ていた悪夢でした」とか、
すさまじいオチがつくところなんだけど、
相手は塚本映画、そんなSFの方向にはいかないんだって。
わざわざ高木に
「自分は人類が絶滅した後の火星のロボットかなんかで
いろんな記憶の断片を見ているのかも」
(このセリフ正確じゃないから突っ込まないでね)。
みたいなことを喋らせて、
この映画はそんなんじゃないよとサインを送ってるらしい。

その高木が見る涼子と一緒のイメージが
塚本監督には珍しいカラッと明るい沖縄でのロケ。
「肉体という暗黒のトンネルをくぐり抜けて、
ようやく広い世界に一歩踏み出した気分です」
とは
塚本監督の言葉。
えいと違って、言うことがカッコいいよね。

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