この先葬儀の形態は変わっても
変わらないのは、たぶん生花の祭壇ではないでしょうか
お花が嫌いな人は先ず居りませんでしょうし
生の花は「朽ち果ててしまう」儚さをもっていますから
咲いてるときがそれこそ「花」になれる貴重なものなのです
その貴重な花を手向ける行為は
いつの時代も変わらないと思います
人もいつかは死んで行きますし亡骸は朽ち果ててしまうでしょう
だから生きているうち(花が咲いているうち)が
とても貴重な時間になってきます
でもねぇ・・
咲いているのか蕾んでいるのか、咲き忘れているのか
自分の自覚がないんだよなぁ・・・
花でも
造花の朽ちることの無いものもありますが
似て非なるもの
これはまったく違うものではないでしょうか
確かに、見た目は本物そっくりですが
朽ち果てる「美しさ」が無いのですから
「生」には勝てませぬ
人で言えば、人間そっくりな「ロボット」みたいなもの(笑)
いつまでも生きていくのでしょうが
「命の限り」をもたない人工物はやはり
道具の線を越えることが出来ないことでしょう
祭壇の生花が少ししおれていたら
この祭壇は紛れも無く「生」のお花なのです
どうぞ・・ご安心ください・・?・・
そんな生き物のお花を扱う花屋さんたちは
お花の管理も水揚げも大変な作業をしながら
その方に合うように心を込めて今日も
お花の祭壇に向き合います
故人様と花たちの二つの命を感じながら・・・