野草というにはあまりにも
都会で見かける春の花に
ホトケノザ
があります。
小さな仏様が手を合わせているような
姿で輪生します。
植物に興味を持ち始めたころ
こんな花が身近にいっぱいあることに
なぜ、それまで気付かなかったのかと
不思議に思いました。
興味を持って見たら
今まで見えているはずなのに
気付かなかったことってあるんやな。
と、そう考えたら、
そんなことは自分の周りに
よくあるのかもしれないと
思うようになりました。
耳を澄ませば聞こえてくるもの
目を向けたら見えてくるもの
そして、心を働かせたら感じてくるもの
そういうものは逃さず
自分の中に取り込んでいかないとね。
もうひとつ、足元にいっぱい咲く花が
オオイヌノフグリ
種の部分が犬のふぐり、すなわちK玉みたいだから
ということでつけられた名前です。
でも花は名前とは裏腹に
春にはちと珍しく
素直なブルーに彩色された
なかなか可愛い姿をしています。
小さな花が一面に咲く様を
誰が言ったか
「地上に青い星をちりばめたよう」と
表現したのがピッタリだと思います。
夜空を通じてみる宇宙もあれば
身近に広がる宇宙もある。
最も身近なところでは
母親星、親父隕石、
義父ブラックホールに義母銀河など
介護の宇宙も
まったく謎と不思議に満ちているもんね。
そうそう、先日のロシアの隕石は
すごかったよなあ。
あんな隕石が空から舞ってくる確率は
100年に一度とか。
だったら、何百年、何千年動いていない
活断層の有無で
原発稼働の是非を問う前に
隕石対策を論じないといけないのでは
と、半ば今の原発への対応がいささか
建前すぎることを揶揄しながら思う今日この頃だ。
ま、それはさておき、
隕石よりも原発よりも
冬もそろそろ終わり
やがて訪れるであろう
身の周りの春のことだ。
今年は、絵を描き始めたから
また違った目線で
季節を眺められるのではないかと
期待をしたりしている。
身の周りの今まで気付かなかったことや
小さな宇宙に出会えることを
楽しみに、この春は
野を歩いてみようと思っている。