風薫る道

Who never feels lonely at all under this endless sky...?

ミッシャ・マイスキー J. S. バッハ無伴奏チェロ組曲全曲演奏会 @サントリーホール(10月30日、31日)

2022-11-03 00:03:15 | クラシック音楽



【10月30日 15:00】
J. S. バッハ:
  無伴奏チェロ組曲第1番 ト長調 BWV 1007
  無伴奏チェロ組曲第4番 変ホ長調 BWV 1010
  (20分間の休憩)

  無伴奏チェロ組曲第5番 ハ短調 BWV 1011
  チェロ・ソナタ第1番 ト長調 BWV1027(アンコール)
  管弦楽組曲第3番 二長調より「G線上のアリア」(アンコール)

【10月31日 19:00】
J. S. バッハ:
  無伴奏チェロ組曲第3番 ハ長調 BWV 1009
  無伴奏チェロ組曲第2番 ニ短調 BWV 1008
  (20分間の休憩)

  無伴奏チェロ組曲第6番 ニ長調 BWV 1012
  チェロ・ソナタ第3番 ト短調 BWV1029(アンコール)
  コラール前奏曲 BWV659 「いざ来たれ、異教徒の救い主よ」(アンコール)
  管弦楽組曲第3番 二長調より「G線上のアリア」(アンコール)


怒涛のクラシック祭りは続く。サントリーホールのマイスキーの無伴奏チェロ組曲全曲演奏会に行ってきました。この秋はバッハを沢山聴けて幸せ
無伴奏チェロ組曲は協奏曲のソリストアンコールなどでは何度か聴いたことがあるけれど、こうして全曲を纏めて聴くのは今回が初めてです。
今年5月のアルゲリッチとのデュオでも最高に素敵な演奏を聴かせてくれたマイスキー。でもやはりソロリサイタルの方がその個性がわかりやすいということも確か。
これは録音でもわかるのだけれど、今回改めてマイスキーの音を生で聴いて、その表情豊かな音に驚きました。楽器の音ではない、別の何かのよう。チェロという楽器の制限の中で、なぜこれほどチェロの音のみで深い表情を伝えうるのか。空気が繊細に変わりうるのか。感情豊かなのに下品じゃなく、スケールが大きくて、激しさや厳しさもあって、なのに澄んでいて温かい。そして音が消えた後に残る響きの余韻の美しさ……。美の極致な瞬間が何度もありました。

1日目は、休憩前はまだ温まりきっていない様子もありましたが(こういうアーティスト本当に多い…)、休憩後の5番は響きの深みが全然違って、素晴らしかったです。
2日目は、最初から絶好調に感じられました。
18歳の息子さんのマキシミリアンと演奏してくれたアンコールも、両日とも生き生きと伸びやかで美しく、呼吸を忘れて聴き入ってしまった。チェロ・ソナタは全楽章を演奏してくれたので、アンコールだけで40分以上だったそうです。

そしてどちらの日も最後のアンコールピースとして演奏された、『G線上のアリア(Orchestral Suite No. 3 in D Major, BWV 1068 - II. Air)』。
マイスキーは今回の全曲演奏会に「平和への祈り」を込めたそうです。

「私の両親はウクライナに生まれました。私はラトヴィアの生まれで、ロシア人ではありませんが、ロシアで成長し、ロシアの芸術や文化を愛しています。昨今の悲惨な事態には、ほんとうに言葉もない。情況は複雑で、誰もが被害を被っている。極端な反応というのはつねに危険なものです。
 今年3月27日、トロントでバッハを弾くコンサートの前に、私はひとことアナウンスしました。『ロストロポーヴィチ95歳の誕生日に、彼を称えたい。そして私は願うのですが、彼は晩年プーチンと近かったにも関わらず、生きていたらこの酷い戦争に反対を表明したに違いない。だから私はこのコンサートを、悲惨な戦争の罪のない犠牲者すべて、両国の犠牲者に捧げたいと思います』と」
ぶらあぼ2022年8月号より

一見綺麗ごとに聞こえるかもしれないこういう言葉も、ロシアで逮捕され強制収容所で18か月間、楽器に触れることさえ許されなかった時期を過ごしたマイスキーであるから、その言葉の重みはやはり違う。
この曲、チェロとピアノで聴いたのは初めてだったけど、余りに美しく深いチェロの音に涙が込み上げました。
この数年、コロナ、ウクライナと、どれほど多くの命が失われていったことか…。29日夜にはソウルでハロウィンの圧死事故があり、百数十もの人が亡くなってしまった。
そしてちょうど一年前に亡くなったマイスキーの友人でもあるフレイレ、今大変な病気と闘っている私の友人、数年前にあまりに儚く逝ってしまったもう一人の友人のことなどが浮かびました。
マイスキーの音は、沢山の、そして一つ一つのかけがえのない命のことを思わずにいられない、そんな音。
この曲が追悼で演奏されるとき、それは亡くなっていった人達への”静かな祈り”なのだろうと今までは思っていたのだけれど。今回のマイスキーの音色から感じられたのはそれだけではなく、亡くなっていった(亡くならざるを得なかった)人達の、そしてそれを見送った(見送らざるを得なかった)人達の、行き場のないやり切れない思い、心の慟哭を強く感じました。youtubeで聴ける彼の若い頃のこの曲の録音とは異なり、今回は時に激しいほどに深い感情が込められているような音色で、この曲をこんな風に聴いたのは初めてでした。

またマイスキー自身は、自分は幸福でラッキーな人生を送ってきたと言っていて(もちろん決して甘い人生でなかったことは周知のとおりだけれど)、だからこその、そんな風に亡くなっていかざるを得なかった人達に対する感情というのもあるのかもしれない。

一日目も二日目も曲が終わるたびに一旦舞台袖に引っ込み、毎回服を変えてくるお洒落さん
その色が、曲のイメージとよく合っている。
一日目は「白→青→黒→シルバー(アンコール)」、二日目はえーと「グレー→青→黒と銀のストライプ→黒」だったかな…?2日目についてはクラシック倶楽部(12月30日放送)でご確認くださいませ。特に1日目の5番を弾いたときの黒は、曲にぴったりだと感じました。

「音楽はただの娯楽ではない。それ以上のものだ」と以前バレンボイムが言っていたけれど本当にそのとおりだと改めて感じた、2日間にわたるマイスキーのバッハの無伴奏チェロ組曲全曲演奏会でした。
聴くことができてよかった。






2012 Verbier Festival - interview #21 - Mischa Maisky
グレート・ジャパニーズ・デザイナーのイッセイ・ミヤケの服がいかに素晴らしいかを語り倒すマイスキー
先日三宅さんが亡くなられたときも、いち早く追悼コメントをあげてくれていました。


マイスキー親子はニューオータニに泊まったのかな。
マキシミリアン君、舞台ではほとんど笑顔を見せないシャイボーイだったけど(お父さんを称えるために手を握ろうとする仕草も遠慮がちで可愛くて、客席から微笑が漏れてた笑)、お父さんとのフリータイムではこの笑顔


Mischa Maisky and Lily Maisky - Live at Wigmore Hall
昨年11月1日、フレイレが亡くなった当日にロンドンのリサイタルで追悼として演奏された、ブロッホの『Prayer』(56:10~)。そしてブラームスの『ひばりの歌(Lerchengesang, Op. 70-2)』。「great pianist and great friend 」と…。

※追記:上の動画、非公開に変わってますね。昨日まで公開されてたのだが。ちょうど一年で公開終了なのかな。

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