父さん。家庭って、いいもんですね。
――ああ。いいもんだ。
この前、ふと思い出したんです。
中学生だった頃、僕が駄々をこねてこの部屋にテレビを入れてくれって、強引にテレビ買ってもらった。
初めてこの部屋で、一人でテレビ観た。
確か、ドリフターズの「全員集合」だったような気がします。
一人でげらげら笑いながら観てて、突然、ふっと寂しくなった。
不思議な、強烈な寂しさだった。
誰も一緒に笑ってくれない。笑ってくれる者が一緒にいない。
情けない話ですが、泣いたんです、その時、僕。
みんながいる居間にすっ飛んでって、
もうテレビなんかいならいって言おうと思った。
思えば、それは僕が自分から家庭を捨てた日だったって思うんです。
このまえルイと岳から「裸足になろう」って言われましてね。
ガーデンで、みんなで歩いたんですよ。裸足になって。二人と手をつないで。
あいつらの手の温かさ、柔らかさ……。
気付いたら涙が溢れだしてきた。
何も知らなかったんですね。
何も知らずに、あいつらに何もしてやれなかった。
――過去形で言うのはまだ早いよ。これから君は、最後の戦いを闘う姿を見せて、あいつらに勇気を教えてやるんだ。
そうですね。本当に、そのとおりだ……。
(『風のガーデン』最終回より)
ドラマの最終回、終末期医療に携わる父親と末期癌の息子の会話です。
日本にいなかった私はこのドラマを観ていないのですが、昨年祖父が死に、昨日親戚が亡くなり(2人とも癌)、お通夜へ行く準備をしている母親に「最近立て続けに人が亡くなるねぇ」と言ったところ、まだベッドの中でぬくぬくしていた私に母親はいかにこのドラマが良かったかということとあらすじを延々語った末、「はいっ」ってご丁寧にDVDの再生ボタンまで押して家を出て行きました。
え、ちょっ、今見る予定はなかったんだけど……!
でもまぁ、せっかくなので、最終回だけですが観てみました。
……中井貴一さんの演技、めちゃくちゃ上手ですね。
なんでしょう、このリアルさ。
昨年の祖父を思い出した。。。
すごいや、さすが俳優だ。。。
緒形拳さんは言うまでもなく。
で、このシーンです。
もう病状もいよいよ末期のこのシーン。
中井さんの最後の登場シーン。
うちの家族もまぁほんとうにいろいろと問題があるんですが、それでも、この「家庭って、いいもんですね……」って……、泣くというより、うまく言えないけど、ちょっと考えさせられました。家庭か。。。家庭ね。。。
いつまでもあると思うな親と金、ってことばを思い出しました。
いや、まじなはなしです。
人ってふしぎなほど自分だけは、自分の家族だけは死なないんじゃないかって思ってしまうんですよね。もちろんそんなわけないのはわかっているんですが。
死に対してふしぎなほど鈍感。
敏感だったらとても生きてなんていけないから、神様がそうしたのかもしれません。
でも、自分が年を重ねているということは、同じだけ親も年を重ねているということで、それを時々は意識しなければいけないなぁとおもいます。
わたしの時間も家族の時間も有限だから。
人生のひとつの正体は時間って言ったのはだれだったっけ?
まぁとにかく、後悔はできるだけしたくないですもんね。
ほかにもいろいろ、ぼんやりとですが、考える機会をくれたドラマ(最終回)でした。
ところでイギリスの田舎の風景は、北海道ととてもよく似ていました。
もちろん食事の味は比になりませんが。
北海道、いいところだよねぇ^^
最後に、中井貴一さんのインタビューより。
「僕はガキのころから、命は天から与えられたもの以外の何物でもないと思ってきた。ある患者のがんが早期発見できるのは、それを神が決めたから。その人はいま死ぬ寿命じゃないからがんが早く見つかった、ということなんです」
「格好つけてもしょうがないじゃないですか。装った自分じゃ、失敗しても反省もできない」
(俳優 加藤晴彦)
昔なにかのテレビ番組で言っていた言葉。
ほんとうにそのとおりだな、と思いました。
(「流星花園~花より男子」21話 花沢類→牧野つくし)
台湾版「花より男子」より。
F4がね、すご~~~くカッコいいのですよ。
アジアばんざい♪
時折、知らない街を歩いて飲んでみるのもいいものですよ。それはつまり、硬い壁を作らずに、出会う人は一様に受け入れてみたら、というアドバイスです。人生を彩るのは車窓の景色ではなく、人間によって作られていく景色ですから。ボクも最近、やっとわかってきたことなんですけれどね。
・・・・・・
人それぞれですから、その価値観は異なります。長期にわたった人生設計が一番大切だと主張する人がいれば、1日にすべてがあると考えている人間もいる。
心機一転、後者の考え方を取り入れてみるのはどうでしょう。過去や未来の自分に対してうじうじするぐらいなら、あなたもまず、今日1日、明日1日を全うすることだけを考えてみたら。思い煩って陰気になっていることそのものがもったいないもの。人生のひとつの正体は時間だから。
(明川哲也の俺がきいちゃる)
大学時代に深夜番組で金髪先生を偶然見たとき、こんな大きな心の人がいるんだなぁと感心したものだった。
当時も何かとあーだこーだと悩んでいた私は、だいぶ救われたものでした。
その後、消息もわからず(私もあえて探そうとはしなかったが)、でも心のどこかでずっと気になっていたこの人が、2年ほど前、相変わらずうだうだと悩んでいた私の前にひょっこり顔を出した。
それは仕事の合間に眺めていた転職サイトの転職&人生相談コーナーでだった。
そこには「金髪先生」の「き」の字もなかったけれど、プロフィール欄の「叫ぶ詩人の会」という名前と文章の書き方にぴんときて、グーグルで明川さんのサイトを検索したところ、ビンゴ。
あれから数年。こんなところにいたのね金髪先生!ビバ再会!今までどうしていたの~~~?
と彼のコラムを読んでみたところ、私があんなに元気づけられ、人生の迷路はとっくに抜け出ていたかのように見えていた金髪先生。あの後単身ニューヨークへ渡り、彼もまた人生の迷路に迷いこんでいたのでした。
こんなに大きな心を持った人でも(だからなのか)、こんな風に人生を生きているのかと思うと、明川さんには悪いけれど、なんだか元気をもらえちゃったものです。
空虚で孤独でどうしようもなかったというニューヨークでの経験は今、その言葉に深みと説得力を与えている。
明川さんのプロフィールを見ながら改めて思った。
ほんと人生には無駄なことってないのだなぁと。
そして、出口のみえない迷路の中を必死でもがき苦しむような体験は、人間が深みを得るためには必要なのだなぁとも。
もちろん心を病まない程度に、ですけどね(これすごく重要ですよ)。
あなたが生まれた時、あなたは泣いて、周りは笑っていたでしょう。
だからあなたが死ぬ時は、周りが泣いて、あなたが笑っているような人生を歩みなさい。
中学時代に見たドラマ、たしか『スクールウォーズ2』の中の台詞で、ずっと心に残っている言葉。
今でもこういう人生が私の理想です。
でも、わたしには無理かなぁという気もじつは結構しています。。。
ドラマ自体は、まぁどうという内容でもなかったのですが。
あぁでも、あの馬鹿馬鹿しいほどの暑苦しさは懐かしいな。
この頃ってこういう熱いドラマが多かったんですよね。
割と観てました。
自分がドライなだけに、ああいう暑苦しい人間関係に実は憧れてたりするんですよ私、笑。
まぁ実際当事者になるとやっぱりうざったく感じるのかもしれませんが。
『はいすくーる落書』なんていうのもありましたね。この主題歌をうたってたブルーハーツが大好きで、当時聴きまくったなあ。
★追記(2009.01.09)
↑この言葉、アメリカ先住民の諺から来ていることがわかりました。
そうだったのかぁ。アメリカ先住民の言葉って、いい言葉が多いですよね。
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケズ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ怒ラズ
イツモシズカニワラッテイル
一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萱ブキノ小屋ニイテ
東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負イ
南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコワガラナクテモイイトイイ
北ニケンカヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイイ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ
雨にも負けて 風にも負けて 人生に負けて
背中を丸めて去っていく人を 誰かが笑う
一生に一度 誰からも褒められることのないまま
咲いて枯れた花を 誰かが笑う
その人の夢も あまたある星の輝きには負けると
その人の人生も 過ぎ行く時の流れには負けると
誰が 笑えるのだろう?
(『愛し君へ』 第5話)
前半のカナ部分は、宮沢賢治が37年の生涯の最晩年に、手帳にひそかに書いた詩。賢治の死後、愛用のトランクから発見されました。
あの二人の結婚式を見ながら考えていたことがあります。それは、もしも俊介が病気になっていなかったらどうしていただろうということです。俊介は写真の仕事を続け、四季さんは病院で働き、別の人生を別の幸せを手にしていたのでしょうか。ところが、病気という経験を通して、二人は同じ道を共に歩むことになりました。私は夫を亡くし、次男を亡くし、自分の人生を恨んだこともありました。でも、二人の結婚式を見ながら思ったのです。どんな人生にも行き止まりはなく、道は続いていくのだと。前に進めば必ずそこには道がひらけているのだと。
それは今、四季さんと俊介の笑顔が証明しているのではないでしょうか。私は幸せな人生を送ってきたのだと、今、心から思います。
(『愛し君へ』 第11話)
「始めのうちはね、周りの人間が何をしているかわからないし、どんな顔をしているかわからないしでね、不安になるかもしれません。要は人を信じられるかどうかです。といっても、それは見えている人間も見えていない人間も、同じことです」
・・・・・・
「安曇さん、こういう考え方ってありますかね。たとえばどっか別の国に移住することになったとか。そこでは違う言葉をおぼえなくてはいけないし、文化や風習にも慣れなくてはいけないから、結構大変ですよね。でも、そこには新しい世界が広がっています。考え方次第で、色んな可能性が見えてくるんじゃないですかね」
・・・・・・
「私と安曇さんは、もしかしたらお父さんが思うような幸せにはなれないかもしれない。だけどね。私、思うの。幸せにも色んな形があって、私にとってそれは、何ていうか、嘘をつかずに生きていくことなの」
「それで医者を辞めるようなことになってもか・・・?」
「はい」
(『愛し君へ』 第9話)
1)目が見えなくなりつつある俊介(藤木直人)に失明の患者がむけた言葉
2)医者(時任三郎)から俊介へむけた言葉
3)四季(管野美穂)と父親(泉谷しげる)の会話
「私にはわからないです。そこまでして仕事したいかなぁって・・・」
「僕じゃなくなるからだよ。写真をやめたら、もう僕は僕じゃない」
「そんなことないと思う。別に何をしてても何をしてなくても、安曇さんは安曇さんじゃないですか。ちがいます・・・?」
「・・・・・・ありがとう」
(『愛し君へ』 第2話)
「人生は待ってはくれないから、あのときどうすればよかったのかとか、何が正解だったのかとか、誰にもわからないですよね。ただ、今日という一日を大事に精一杯に生きるしかなくて―――」
(『愛し君へ』 第1話)
DVDも持ってる、すごく大好きなドラマなのです。
みんな何かを背負って生きてて、なのに自分が傷ついても人のことを想ってて、真っ直ぐで明るくて。
森山直太郎の音楽がまた泣けるー・・・(T_T)