シネマ日記

超映画オタクによるオタク的になり過ぎないシネマ日記。基本的にネタバレありですのでご注意ください。

平成ジレンマ

2011-03-24 | シネマ は行

戸塚ヨットスクール。ワタクシにとっては子供の時に聞いた恐ろしい話っていうイメージだった。戸塚氏が懲役を終えて、また復活しているという話もどこかで聞いていた。この作品は現在の戸塚ヨットスクールを追うドキュメンタリー。

昔はいわゆる不良と呼ばれる子が多かった戸塚ヨットスクールの生徒も現在は様変わりし、ほとんどがひきこもりやニートということだった。これは時代の変化というものだろう。戸塚氏は以前の事件以来、体罰が悪だということになり、こういう結果になったというようなことを言っていましたが、では以前のような不良の子が減ったのはどうしてでしょうか?

彼は体罰を与えるのは相手のことを思うからであって、体罰を与える側には物を盗るわけでもないし、何の利益もない。と言って、自らの正当性を主張していたが、果たして本当に体罰を与える側には一切利益がないのだろうか?暴力をくわえているとき、ほんの少しでも快感を感じなかったか?暴力をふるう人間はその暴力に恍惚としていくものです。そのような快感をまったく感じずに彼らは体罰をしていたのでしょうか?

「子供の人格を形成するために必要な体罰」と戸塚氏が定義する体罰の中に逮捕前「便器を舐めさせること」や「小便をかけること」が含まれていたのはどうしてでしょう?当然彼に言わせればそれも「人格を形成するために必要な体罰」なのでしょう。

いじめは「いじめられる側の弱点を克服させるためにする行為」だそうで、いまの学校のいじめが悪いのは「いじめ方」が悪いんだそうです。だから、スクール内でのいじめは推奨されていると。相手の人格を否定するようなことを言わなければ殴ろうが蹴ろうがいいそうです。いじめられた側はそれを克服すればいいそうです。映画の中でも14歳の女の子が少し年上の子とのやりとりの中で「うるせーな」と言ってしまったがために「いまなんて言った?もう一回言ってみろ」と殴られるシーンが映っていました。11歳の少年が台所作業でドジったために目が腫れるほど殴られていたシーンも。弱い物が強い者に刃向うと殴られ、それを克服するために強くなる必要があるそうです。戸塚氏は体罰が原因で懲役刑を受けたため、現在スクールでは体罰は行っていないと言うが、生徒同士のいじめによる暴力は推奨しているようだ。

これは東海テレビが取材をしたドキュメンタリー作品を見てのレビューなので、そこに映っていることを基にしか書けないのですが、もう少し、もう一歩踏み込んで知りたいというところでちょんと切られる感じがありました。卒業生の話や在校生の話をもっと聞きたかった。時間の関係などもあったのかもしれませんが。カメラが捉えたところだけで話させてもらうと、生徒が「消灯してよろしいでしょうか」とかって直立不動でコーチに許可を求めたときにコーチはパソコンのスクリーンから目を離すこともなく「ん」と言うだけで、これが規律を大切にしている教育の現場なのか?という疑問もわきました。そして、戸塚氏のことはワタクシは支持しませんが、マスコミの質問のおかしさに戸塚氏が怒るシーンなんかは理解できるところもありました。

戸塚氏が話しているのを聞いていると、良いか悪いかは別として彼に信念があることは分かります。彼が真剣にいまの日本の教育を憂いていることも分かります。聞いていると真実と思えることさえあります。これはある種の宗教っぽいなと。子供をスクールに入れる親は、もうここしか頼るところがなく、ここに入って更生できて感謝している人も大勢いる、と。その一方で脱走する人や死んだ人もいる、と。どこかの新興宗教みたいな感じもします。彼はおそらく非常に頭の良い人なんだと思います。彼の教育者としての姿は決して嘘ではないのだろうとも。ただ、それと表裏一体のコインのように暴力の衝動を抑えることができない人格というものが見え隠れするのです。そして、なまじ頭が良いだけにそこにもっともらしい理論をつけくわえることができる。そんな人のように思えました。

体罰の話ついでに少しこの作品から離れますがひとつ書いておきます。ワタクシは体罰を完全に否定はしませんが、「暴力を振るわれずに育った子は、加減が分からないから度を越した暴力を振るって人を殺すところまでやってしまう」というようなことを言う人がいます。これは一見筋の通った意見かのように思われがちですが、ワタクシはこの意見をまったく支持しません。この意見は「虐待されて育った人が親になって、子供を殴っても殺すまでには至らない」と言っているのと何が違うのかワタクシには分かりません。「ナイフで刺されたことがない子は、刺された痛みが分からないから人を刺す」と言っているとも何が違うのか分かりません。

それから、現代の若者が抱える問題ついでに言うと若者の凶悪犯罪は決して増えていません。若者が何か事件を起こすとワイドショーではこぞって「ゲームのせいだ、インターネットのせいだ、漫画のせいだ、ポルノのせいだ、現代の若者はキレやすい」などと騒ぎ立てますが、マスコミが面白おかしく言っているだけです。一方で新たにひきこもりやニートの人数が増えていることには注目していかないといけないと思います。戸塚氏が「どうしてこういう子(自傷癖があり、スクールで自殺した子)ができたか、根本を辿って考えてくれ」と言っていましたが、それは確かにその通りだと思います。ただ、それが「体罰をやめたから」という戸塚氏の結論にはワタクシは至らないし、ニートの問題としては経済問題も絡んでくるので、教育だけでそれを論じるのは乱暴だと思います。

実際に子供をスクールに入れた親からすれば、このスクールの内容は知っているはずだし、それでも入れたい何かしらの問題がその子にはあって、家族だけではもうどうにもならないところまで来ているんだろうなということは分かりました。そして、スクールにいる子たちもこの生きにくい世の中をなんとか生きていこうともがき苦しんでいるようにも見えました。学校教育というものは子供全員を相手にするわけですから、それがどんなシステムになったとしてもそれに合わない子は出てくると思います。ただ、そういう子たちが行くところが最後には戸塚ヨットスクールしかないという現状が問題なのではないかと感じました。スクールがイヤで逃げ出す子たちも結局社会にも馴染めず、また戻ってきてしまう。彼らにとってはどこにいても息苦しい世界なのかもしれません。

東海テレビは良質なドキュメンタリーをたくさん撮っている放送局だそうです。戸塚ヨットスクールの取材もこれからも続けてほしいなと感じました。この作品中にスクールにいた子供たちの行く末が気にかかります。


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