オリオン村(跡地)

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黎明に起つ

2019-12-15 00:35:17 | 読書録

黎明に起つ

講談社

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自分が子どものころには下克上の象徴とされていた斎藤道三、北条早雲は、しかし研究が進んで今では道三の成り上がりは親子二代によるものとの説が有力となり、また早雲は一介の素浪人ではなく備中伊勢氏の出身で幕府の申次衆も務めた名門との説がほぼ確定をしていて、最近の作品ではそれを前提としたものがほとんどです。
そんな早雲、は北条を名乗ったことはありませんから伊勢新九郎盛時ですが、その備中時代から相模を制した晩年までが描かれています。

この作者はマイナー、もしくは信長、秀吉、家康ほどにはメジャーではない武将を主人公に据えて、斬新な切り口で描くところが気に入っています。
しかし残念なことにこの作品は切れ味が鈍く、駄作とまでは言いませんが期待をしたほどのものではありませんでした。
ただ作者の主戦場である板東の地、そして北条氏を取り上げていることで、無意識にハードルを高くしてしまったところはあるかもしれません。
とは言いながらも新九郎がことさら「自身の栄達のためではなく民のため」を繰り返しながらもそれにかかる描写がほとんどなく、結局は幕府の施策に振り回されて、また戦の場面が過半ながらもそれぞれが中途半端かつほぼ無双なのがらしくなく、そして意味もない金貸しの後家を差し込むぐらいであればもっと民政にスポットを当ててもらいたかったです。
小田原城攻めの際の鹿狩りの勢子、あるいは二本の木をかじり倒して虎になる鼠、といった逸話に触れなかったのはよかったですが、一方で大和猿楽にかこつけて小鹿範満を討ち取ったり、新井城攻めで三浦義意の眉間を射貫いたり三浦同寸と一騎打ちをやったりと話を膨らませるにしては行き過ぎなところがあったりもして、どうも筆に迷いがあったようにも思えて、しかしそれでも魅力的な作品を世に出し続けている作家であることは間違いありませんので、今後も楽しみに追っていきます。


2019年11月21日 読破 ★★★☆☆(3点)


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