電脳筆写『 心超臨界 』

神はどこにでも存在するというわけにはいかない
そこで母をつくられた
( ユダヤのことわざ )

不都合な真実 《 日米戦争――落合道夫 》

2024-07-07 | 04-歴史・文化・社会
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日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
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  歴史はいつも誤って書かれる
  だからいつも書き直しが必要になる
  ( ジョージ・サンタヤナ )
  History is always written wrong,
  and so always needs to be rewritten.
  ( George Santayana, American Philosopher, Poet, 1863-1952 )


◆日米戦争

『黒幕はスターリンだった』
( 落合道夫、 ハート出版、2018年04月、p148 )

【概要】―――この戦争は、19世紀以来、満洲進出を狙っていた米国に対し、日本が日露戦争以降、満洲に勢力を伸ばしたため、米国が日本を強引に挑発し、日本の反撃を利用して滅ぼしたものである。米国は同じ目的で、4年前からソ連の起こした支那事変に参加し、蒋介石に莫大な軍事援助を与えていた。日本にとって対米戦は反撃であり、敗戦したが東條英機の主張したように正当な自存自衛戦争であったことを確認したい。

米国は戦後、日本を破壊し植民地化したが、ソ連の進出でアジア政策に失敗し、対日方針を日本再建利用に180度転換して今日に至る。戦死者は日本軍が戦争全体で230万人、米軍は対日戦だけで17万人に上る。米国では最も評判の悪い戦争であるという。

【ポイント】―――日本では日米戦を、日本の卑怯な奇襲とする日本悪者論が主流だ。しかし重要なのは、米国のほうが歴史観を改め、米議会で日本の戦争を正当な自衛戦争と認めていることである。被害者の日本人のほうが、歴史の見直しが遅れている。重要な事件としては開戦理由、真珠湾攻撃事件、日本を追い詰めたハル・ノートの裏事情、ヤルタ会談と、今日につながる終戦事情などがある。

【開戦理由】―――真珠湾事件については戦後、日本軍が突然米国を襲ったと記されている。しかし、国家が理由もなく攻撃するわけはない。誰もがおかしいと思うだろう。このほか日本の世界征服論(田中上奏文は偽文書)、日本政府の無知論(ありえない)、日米誤解説(ありえない)、独ソ戦便常説(見当違い)、仏領インドシナ進駐問題(その前から対日敵視)などがある。みな日本の自衛であることを知っているので、ごまかしているのである。ルーズベルトがこの4年前から支那事変の援蒋軍事援助により実質、対日代理戦争を始めていたことを日本人は忘れてはならないだろう。米人ヘレン・ミアーズ女史は、「公式外交記録は米国の仕掛けた経済戦争に対する日本の反撃を示している」と述べている。(『アメリカの鏡・日本』角川ソフィア文庫)

【戦争の経緯】―――1930年代の米国は、支那満洲への進出欲に目のくらんだルーズベルトが日本を激しく敵視し、1937年に支那事変が始まると日本の講和調停の依頼をことわり、翌年から蒋介石に大軍事援助を開始した。そして3年後、さらに日本を経済的に圧迫し、1941年になると、必死に日米交渉で解決しようとする日本をはぐらかし、米陸軍航空隊を国民党軍に偽装して派遣し、ビルマの日本軍を攻撃した。フライング・タイガー部隊である。

【ハル・ノート】―――そして過酷な経済封鎖を課した上で11月、ハル・ノートで日本に支那満洲からの即時撤退を要求した。戦争の挑発である。このため、我慢を重ねてきた日本はやむを得ず、1941年12月8日、米国の対日政策の緩和を求めて真珠湾軍港に反撃した。戦争は4年間続き日本は必死に戦ったが、1945年に原爆まで落とされ敗戦した。

【日本人の親米】―――日本人が知っておくべきことは、戦前の天皇陛下以下、東條首相も軍部も庶民も誰一人として日米戦争を望む者はいなかったということである。何故なら、反米は百害あって一利なしだったからである。文化的にも明るい米国人は日本人に好かれていた。

【窮鼠猫を噛む】―――真珠湾事件は日本の反撃である。英国の軍事専門家は、「日本はナイフを首に当てられたので振り払っただけである」と日本を弁護している。

【戦争評価の変化】―――米国は戦前の激しい反日宣伝に続いて、戦後も東京裁判で日本を断罪したが、1950年になり支那満洲の共産化で極東政策が失敗すると、歴史観を一変させた。

【日本の自衛戦争】―――マッカーサーは1951年の米国議会で、日本の戦争は資源がなかったための自衛戦争であったと証言し、日本悪者論を撤回した。反対者はなかった。今は真珠湾事件関連の米国の公電も公表され、日本の卑怯な奇襲ではなかったことが米国側から明らかにされている。

したがって、戦後の日本有罪論は冤罪であり、戦犯は存在せず、日本人は自由であるということだ。しかし戦後、占領利得勢力がこの重大な事実を国民に隠してきたため、いまだに日本には古臭い日本悪者史観がまかり通っているのである。

【スターリンの日米戦そそのかし工作】―――スターリンはすでに独ソ戦対応の東部国境工作として蒋介石に支那事変を続けさせていたが、独ソ戦が始まるので日本の北上阻止をより確実なものにすべく、日米戦争をそそのかした。そして米国の支那満洲進出欲を煽り、具体的にもハル・ノートに挑発的な日本の軍備買い取りなど、日本が絶対に受け入れられない要求を盛り込ませ、日米戦争を起こすことに成功した。米国政府の最高中枢にはすでに米人ソ連スパイが多数浸透していた。

【日米戦争を防ごうとした人々】―――米国の対日圧迫政策の強化に対して、戦争を防ごうとした人々が米国側にもいた。米国の在日大使館スタッフも、日米戦争を望む人はいなかった。グルー大使は、マクマリーの透徹した分析に加えて、10年に及ぶ昭和天皇を含む多くの日本人との交流から親日的であり、日米戦争に猛反対であった。

このグルー大使や、当時の日本人の戦争回避のための必死の努力は、日本側の記録のほか、グルー大使の名著『滞日十年』(毎日新聞社)に記されている。米国側でも米国青年の無駄死を恐れる知日派の人々は反日宣伝に反対したが、ルーズベルトに逮捕収監されるなど発言を封じられてしまった。米国に言論の自由はなかったのである。そしてルーズベルトは、スターリンに利用されていることに気づかず、偏執的に日本を圧迫したのである。

【近衛首相の決死の覚悟】―――戦争中の即時無条件撤兵は難問であり、どこの国でも犠牲を出した国民は猛反対する。しかし近衛首相は、米国との協調は絶対に必要と考え、米国に大統領とのトップ会談を提案した。近衛首相と井沢多喜男氏との打ち合わせ記録が残っている。この中で井沢氏が「即時撤兵をやれば殺されることが決まっているが」と言った質問に対して、近衛首相は「自分の生命のことは考えない」と答えている。また、「米国に日本を売ったといわれるだろう」という質問には、「それでも結構だ」とまで決意していた。しかしこの会談は戦争を望む米国側から断られた。(『大東亜戦争の実相』瀬島龍三著 PHP研究所)

なお、近衛文麿は戦後自殺したが、敗戦直前、昭和天皇に上奏し、日本が左翼の陰謀に乗せられた可能性があると報告している。

【ルーズベルトは戦争拡大】―――米軍のウェデマイヤー将軍によれば、米国政府はワシントンの日本大使館での重要書類の焼却作業から日本の反撃の意志が分かっていたのだから、もし米国の新聞に日本の攻撃が切迫していることを大々的に報道させれば、真珠湾事件は防げた可能性があったと記している。しかし米国政府は、戦争防止政策を何一つ行わなかった。それどころか日本側の日米トップ会談の提案も拒否した。これでは日米戦争を起こそうとしていたと解釈されても仕方がない。

【真珠湾奇襲論】―――歴史家モーゲンソーによれば、今でも米国の歴史学会では、真珠湾事件以前の事情を調べることは喜ばれないという。米国の戦争責任が明らかになるからであろう。このため今でも奇襲論があるが、実際は奇襲ではなかった。この問題では、(1)米国政府内の警報上申と、(2)暗号解読の事実を知っておきたい。

【グルー公電】―――米国駐日大使グルーの1941年1月27日の日記によれば、日米断交になれば日本が真珠湾を攻撃するという噂が東京の外交界で流れており、国務省に報告したとある。ハル国務長官には10ヶ月以上前にこの報告は届いていたのである。(『滞日十年』J・グルー著 毎日新聞)

実際、この電文公文は現在、米国ウィスコンシン大学国務省外交文書図書館が公開しており、インターネットで閲覧できる。

【米国の資料公開意図】―――需要なのは、現代の米国が警報資料を公開している目的である。それは現代の日本人に奇襲ではなかったことに気づかせ、占領時代の日本人の奇襲罪悪論の洗脳を解き、本来の独立心を取り戻させるためであろう。日本はいまだに真珠湾にこだわっているが、米国はもっと先を進んでいるのだ。

【日本暗号の解読】―――米国は陸軍の暗号解読の天才ウィリアム・フリードマンが、日本の外交暗号を開戦1年前の1940年9月に解読していた。このためルーズベルトは日本政府の動きを戦争前からすべて承知しており、真珠湾攻撃も知っていたと考えてよい。暗号解読は通常、国家の最高機密で公表されることはないが、真珠湾事件で米軍が多くの犠牲者を出したため、米国議会が何度も調査を行いその過程で明らかになったものである。フリードマン夫人によれば、真珠湾攻撃のニュースを聞いて夫は、「なぜだ、政府は知っていたのに」と繰り返しつぶやきながら部屋をグルグルと歩き回っていたという。後のミッドウェー海戦や山本五十六元帥機撃墜の被害も暗号解読の結果である。(参考『暗号の天才』R・W・クラーク著 新潮選書)

【解読の意味】―――この事実は、1945年8月に真珠湾調査委員会で発表された。これは米国が日本の降伏の動きを知っていたことを意味し、終戦促進という米国の原爆使用の正当化を否定するので重大である。

【スターリンの米国利用】―――米国は日本の支那事変の講和仲介を断り、対日敵視政策を促進した。日本は米国の貿易封鎖を解除するために必死に交渉したが、米国は言を左右にして相手にしなかった。しかし、その裏にスターリンがいた。ルーズベルトの支那満洲進出欲を利用して日米戦争を起こさせ、独ソ戦争に利用し、最後にはどんでん返しで米国を支那大陸から蹴り出すのである。
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