電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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人間はものごとを、そのありようによってではなく、
自分のありようによって見る。
(アニス・ニン)
◆海賊
『こころのチキンスープ 6』
( ジャック・キャンフィールド他、ダイヤモンド社、p6 )
ある日、スミス夫人が病院の待合室で順番を待ったいると、小さな男の子とその母親が入ってきた。男の子は、片方の目に眼帯をしている。母親のあとから椅子の方へ歩いていくその子の姿を、夫人は驚きをもって眺めた。少年は、片目を失ったことなどまったく気にしていない様子なのである。
その日は、病院がひどく混んでいたため、スミス夫人はその親子とおしゃべりをすることができた。夫人は、一人で黙々とおもちゃの兵隊で遊んでいる男の子に話しかけた。
「その目はどうしたの?」
少年はしばらく考えてから、眼帯を持ち上げてみせ、こう答えた。
「なんでもないよ。僕は海賊なんだ!」
そして遊びに戻った。
スミス夫人は、交通事故で片足の膝から下を失ったために、この病院で治療を受けていた。その傷はそろそろ義足をつけられる状態にまで回復しつつあったが、夫人の心は打ちのめされたままだった。頭では、片足の膝から下がなくても、普通の生活が送れることはわかっていたが、どうしても心の痛手から立ち直ることができなかったのだ。
医師には、健康で幸福な自分のイメージを心に描く心理療法を勧められた。夫人はそれを試してみたものの、心から受け入れられるような自分のイメージを描くことなどとうてい不可能だった。自分を障害者としか見ることができなかったのである。
ところが、少年の「ぼくは海賊なんだ!」のひと言がスミス夫人を変えた。
一瞬のうちに、彼女の心は時空のかなたへと飛んでいった。夫人は、ロング・ジョン・シルバー(スティーブンソンの『宝島』に出てくる義足の海賊)の装束を身にまとい、海賊船の上に立つ自分の姿をはっきりと見た。彼女は、両足を大きく広げ、そこに立ちはだかっていた。片方の脚は義足だ。両手を腰にあてがい、頭をいからせ、嵐に向かって笑っている。
疾風が髪やコートをはためかせ、船体をたたきつける怒涛が、欄干を越えて冷たいしぶきとなって吹き上がる。すさまじい嵐に海賊船は揺さぶられ、うめき声をあげる。それでも彼女は、臆することなく、胸を張り、しっかりと足を踏みしめ立っていた。
このとき、障害者のイメージは消え去った。勇気が戻ってきたのである。スミス夫人が視線を戻すと、少年はまだ忙しそうに兵隊で遊んでいた。
数分後、スミス夫人の名前が呼ばれた。松葉杖をついて夫人が立ち上がると、その脚を見て男の子が尋ねた。
「おばさんの脚、どうしたの?」
少年の母親は困った顔をした。
スミス夫人は、短くなった自分の脚に目を落とすと、すぐに顔を上げ、にっこり笑って答えた。
「何でもないの。おばさんも海賊なのよ」
マジョリー・ワレー
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。
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東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
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■緊急拡散宜しく『日本を崩壊へ導く「選択制夫婦別姓」問題』
■『小樽龍宮神社「土方歳三慰霊祭祭文」全文
◆村上春樹著『騎士団長殺し』の〈南京城内民間人の死者数40万人は間違いで「34人」だった〉
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
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人間はものごとを、そのありようによってではなく、
自分のありようによって見る。
(アニス・ニン)
◆海賊
『こころのチキンスープ 6』
( ジャック・キャンフィールド他、ダイヤモンド社、p6 )
ある日、スミス夫人が病院の待合室で順番を待ったいると、小さな男の子とその母親が入ってきた。男の子は、片方の目に眼帯をしている。母親のあとから椅子の方へ歩いていくその子の姿を、夫人は驚きをもって眺めた。少年は、片目を失ったことなどまったく気にしていない様子なのである。
その日は、病院がひどく混んでいたため、スミス夫人はその親子とおしゃべりをすることができた。夫人は、一人で黙々とおもちゃの兵隊で遊んでいる男の子に話しかけた。
「その目はどうしたの?」
少年はしばらく考えてから、眼帯を持ち上げてみせ、こう答えた。
「なんでもないよ。僕は海賊なんだ!」
そして遊びに戻った。
スミス夫人は、交通事故で片足の膝から下を失ったために、この病院で治療を受けていた。その傷はそろそろ義足をつけられる状態にまで回復しつつあったが、夫人の心は打ちのめされたままだった。頭では、片足の膝から下がなくても、普通の生活が送れることはわかっていたが、どうしても心の痛手から立ち直ることができなかったのだ。
医師には、健康で幸福な自分のイメージを心に描く心理療法を勧められた。夫人はそれを試してみたものの、心から受け入れられるような自分のイメージを描くことなどとうてい不可能だった。自分を障害者としか見ることができなかったのである。
ところが、少年の「ぼくは海賊なんだ!」のひと言がスミス夫人を変えた。
一瞬のうちに、彼女の心は時空のかなたへと飛んでいった。夫人は、ロング・ジョン・シルバー(スティーブンソンの『宝島』に出てくる義足の海賊)の装束を身にまとい、海賊船の上に立つ自分の姿をはっきりと見た。彼女は、両足を大きく広げ、そこに立ちはだかっていた。片方の脚は義足だ。両手を腰にあてがい、頭をいからせ、嵐に向かって笑っている。
疾風が髪やコートをはためかせ、船体をたたきつける怒涛が、欄干を越えて冷たいしぶきとなって吹き上がる。すさまじい嵐に海賊船は揺さぶられ、うめき声をあげる。それでも彼女は、臆することなく、胸を張り、しっかりと足を踏みしめ立っていた。
このとき、障害者のイメージは消え去った。勇気が戻ってきたのである。スミス夫人が視線を戻すと、少年はまだ忙しそうに兵隊で遊んでいた。
数分後、スミス夫人の名前が呼ばれた。松葉杖をついて夫人が立ち上がると、その脚を見て男の子が尋ねた。
「おばさんの脚、どうしたの?」
少年の母親は困った顔をした。
スミス夫人は、短くなった自分の脚に目を落とすと、すぐに顔を上げ、にっこり笑って答えた。
「何でもないの。おばさんも海賊なのよ」
マジョリー・ワレー