先日、ある百貨店の食料品売り場で買い物をしていました。
すると、果物売り場で、品の良いお年寄りが、たまたま商品出しに出てきたカートを押してきた従業員の人にこう尋ねました。
「あ、すみません。このぶどうって種がありますか?」
すると、その従業員の人は、
「入っているものもあるし、ないものもあります。」
とポーカーフェイスで答え、さーっとカートを押しながら行ってしまいました。
そのお年寄りは、まだ何か聞きたいことがありそうだったのに。
この光景を見ていて、私は呆然としてしまいました。
あんな接客ありぃ!?
不親切にもほどがある。
しかも、ここは百貨店の食料品売り場でしょう。
百貨店なら街中の小さな食料品専門のスーパーに比べたら接客もしっかりしているかと思っていたのに・・
ここで私お得意の妄想癖が顔を出しました。
いや、待てよ。
百貨店だからこそ、きちんとした接客の講習があるに違いない。
そこでたぶん、さっきの従業員の人は、仕入れ担当者か上の立場の人から、
「いいですか~ ぶどうに関してはよぉくその特徴を覚えておいてくださいよぉ。お客さまに聞かれるかもしれませんからね。このぶどうは、モノによって種があるものとないものがあります。入ってないもののほうが多いことは多いんだけれど、種なしぶどうのように絶対入ってない、ってことはないですからね。お客さまに聞かれた場合は、『ほとんど入ってません。』とかそういういい加減な受け答えをしないように。そういう曖昧な言葉が、あとあとクレームにつながったりするんだから。きちんと入っているものもあるし、入っていないものもある、と答えるように。」
なぁ~んて指導を受けたに違いない。
そうだとすれば、あの従業員の人は実に忠実にその教えを守ったに過ぎない。
まったく・・
最近の接客というものは、クレームを恐れてか、自分の身に火の粉がふりかからないことだけを考えてみんな口をきく。
そうだとしたら、腹立たしいったらありゃしない。
どうして、あのお年寄りが「このぶどうって種が入ってますか?」と尋ねたのだろう?というその背景に思いを寄せてみる、ということをしないのだろうか。
ひょっとしたらあのお年寄りは、入れ歯を装着しているせいで、たったひと粒であっても小さな種が入れ歯と歯肉の間にはさまってしまうと痛くて痛くて仕方がない、という状況があったのかもしれない。
そうであったとしたら、たとえひと粒だって種が入っているものは買えない、ということになる。
こういう場合なら、
「お客さま、種がまったくないものをご希望でしたか?」と尋ねてニーズを引き出し、該当するぶどうが自店にないのであれば、
「あいにく当店には種なしぶどうは置いておりませんが、今、旬ですからこちらの桃やメロンもおいしいですよ。こちらでしたら柔らかいですし、種の心配もいりません。」の一言ぐらい提案するのが接客というもんだ。
あるいは、あのお年寄りは一人暮らしで、あんなに山盛りになったぶどうはひとりでは食べきれないと思って、ご近所の方と分けるつもりだったのかもしれない。
その際に、どちらかばかりに種があるものとなったり、種がないものになったりしては具合が悪い、と思っていちおう尋ねたのかもしれない。
そうであれば、「お客さま、こちらの箱入りのものでしたら、品質が揃っていますから、全部種なしのものばかりです。」とかいうトークに次はもっていく、ということが考えられる。
いずれにしても、「種なしのものもあれば、入っているものもあります。」とだけ言われたら、これはまるで禅問答ではないか。
ましてや、ポーカーフェイスで言い捨てられたあと、さーっとそのまますぐに「答えるだけのことには答えたからわたしゃ、退散させていただきますよ。」といわんばかりの態度で去られたら、私なら間違ったことを言われたときよりよほどこの態度のほうにクレームだね。
下手すれば、「今はもう種無しぶどうなんてものはなくなったんですよ。それを知らないの?」って言う意味なの??とこちらは自分の浅学ぶりをバカにされたんだろうか、とまで落ち込んでしまいがちです。(※実際はそんなことありませんよ。種無しぶどうはもちろん、あります。むしろ、デラウェアだけではなく巨峰などの種類にも広がっています。)
そのお年寄りをじっと見ていたら、もちろん、たいていの方は私などのように頭に血が上りやすいタイプではないので、その従業員にクレームを言うこともなく、「まっ、いまどきの従業員ってそんなものよ。」とばかりに、気にはしていない様子でしたけれどね。
だけど、彼女の心の中ははかりしれません。
(年寄りだからって甘く見られたんだわ・・)とか、
(やれやれ・・ 最近は外でモノを尋ねてもろくに情報を得られやしない。)とか、感じているかもしれません。
そのお年寄りは、従業員がさっさと立ち去った売り場で、ひとりでじーっとぶどうの品定めをしようとしていましたが、あきらめたのか、ほかで買うことにしたのか、売り場を立ち去りました。
このおばあちゃんは、2度とこの百貨店の食料品売り場では買うまい、と思ったかもしれません。当てにならないから。
でも、直接クレームを申し立てるほどのことでもないから、とこの人はただ、来店しなくなるお客さまとなるだけです。
こういう人が増えれば、当然、売り上げが減りますよね。
でも、店側はどうして最近売り上げが減ったのか、把握できません。
こういうお客さまのことを“サイレント・クレーマー”と言います。
"もの言わぬ権利主張者"、というわけですね。
納得できなかったから、「この店ではもう買わない」という残された権利を執行した、ということです。
あるいは、このお年寄りが「ちょっと! 何よ。その説明。」とクレームを申し立てたとします。
責任者が出てきて事実の確認をします。
事実を並べ立てればこういうことになります。
“「ぶどうに種が入っているか、ないのか、を尋ねられた。」
それで「入っているものもあるし、ないものもある、と答えた。」
するといきなりキレられた。“
人の気持ちの背後にあるものや、調査力のない通り一遍の会社だと、上司が、
「ふぅん。そんなこと、なにも怒るようなことでも何でもなかったわけじゃないか。モンスタークレーマーだな。最近は変なやつが多いから。ま、あんまり気にしないこった。」で済ませてしまうのかもしれません。
最近は下手(したて)に出るしかないお店の態度を逆手にとって、とにかく高飛車な消費者というのが多いのも事実です。
けれど、人の気持ちのことなんかまったく咀嚼してみようとも考えていないスタッフが多いのもまた事実です。
「種が入っているものもあるし、ないものもある。」以上。
これで終わらせるのなら人間なんて必要ない。
そうやってPOPにでも書いて貼り付けておくだけでコトは足ります。
なんのために人間という生身の存在で店頭に出て接客をすることがあるのか、という意味の重さを理解して、仕事に誇りをもってほしいな、と思いました。
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