ちょいスピでセラピー的なKizukiの日々

色んな世の中の出来事、セラピーなどから気付きを得て、ありのままの自分に還ることを目指して生きてます。

時間を愛する

2018-04-18 09:01:54 | 本と雑誌
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ワークショップのご案内


 フェタチーズたっぷりのグリークサラダランチと


  うっとりアロマバームづくり

  ついでに誘導瞑想もやっちゃうよ、の会



<日時>   4月27日(金)

      12:00~12:30の間に ランチ開始
      14:00~ アロマバームづくり
      15:00~ ティーブレイク
      15:30~ 誘導瞑想
      17:00  終了

<参加費>    ランチ&ティータイム ¥1500
         (※ランチの内容は冒頭の写真通りになるわけではありません。
           でも想像を上回るかもね♡)
         ワークショップ    ¥5000
          (材料費すべて込み)
           ※どちらも税込価格です。

<参加人数> 5名様        残席 2名さま
<場所>   京都 伏見区
      ※お申込み・お問い合わせの際に詳しい住所をお教えします。

<ワークショップナビゲーター>
          坪内恵津子(些羅 えつこ)

 お申込み・お問い合わせは

    chakra@aura-soma.name

まで。

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*ほんとうに自分の好きなことを思い切りやって生きていけるようになります。



*インスピレーションや直感が研ぎ澄まされます。



*目標が明確になります。



*他人が敷いたレールではなく、自分自身で選んだ道を歩きだせるようになります。

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この前、久しぶりに小説を読んでから、「やっぱりビジネス本やハウツー本ばかり読んでちゃダメだな」と思い、続けて小説を読み漁ってます。
そこで読んだこの本。
「その手をにぎりたい」 柚木麻子:著
小説として秀逸だとは思いませんでしたが、ただもうその設定だけに惚れた(笑)



これは80年代というバブルの時代、10年間にわたり、座っただけで3万円と言われる銀座の超高級すし店に、ごく普通のサラリーしかもらっていない1人の25歳の若い女の子が自分のお金でこの寿司店に通いつめよう、と決め、実際にそうする、というお話しです。
彼女がそうすると決めたのは、もちろんその寿司店の芸術的と呼べるようなお寿司のおいしさに上司に初めて連れて行かれたときに一発でノックアウトされた、ということもありますが、彼女はそこの板前さんに一目惚れしたからでもありました。
好きだけれど、好きと言えない・・。
ただ、自分としてはこうして寿司店に通いつめ、彼の手から直接握られたお寿司を口にするしかない、という関係・・。
これは、アタックして、付き合いだして、さっさと寝ました、という話よりずっとエロティックだなぁと思いました。
恋愛関係といってもこうして最後までふたりが触れ合う瞬間というものは握りのお寿司を受け渡す時だけなんて、なんてエロいんでしょう!
私がこの本を読んだのは、「80年代というバブルの時代」にちょうど自分もこの主人公の女性と同じ年齢だったなぁという懐かしさ(ただ、私はバブルを享受してませんが・・)と、お寿司の1つ1つのことが丁寧に語られているので食べることが好きな私としてはそこに触れてあるのも興味深かった、という2点からです。



で、今日書きたいのはこの本のなかに出てくる、この寿司店のある1人の常連さんである年寄りのセリフです。
カウンターのいつも同じ場所に座って、寿司店で最後に
「おにぎりを握ってくれないか?」
という我がままにこの常連さんだからこそ大将もこたえてくれる、という関係がうらやましくて、私もいつか最後に「わがままな注文していい?」を受けてもらえるような常連になりたい、と思い、主人公の女性が通い始めるきっかけにもなった存在の常連さんです。
この常連さんが、主人公の女性にしみじみと話しかけるシーンがあります。
「ボクはね、新しいものより古いものに惹かれる。時代遅れと思われるかもしれないけれど、がらくた1つ1つがもつ膨大な時間に物語を感じるんだな。そこに込められた物語に想像をめぐらすだけで、心が檻から解き放たれて自由になれる気がする。ボクがこの店を好きなのもね、時間の流れを変えてくれるからだよ。」
そして常連さんは続けます。
「ボクらはね、この店で時間を食べているんだよ。」
「江戸から伝統が受け継がれてきた時間、職人が技術を身に着けるまでにかかった時間、魚が水揚げされて市場に出るまでの時間、仕込みにかける時間。そういうものが1つの握りに全部集約されている。ボクらはその時間に敬意をはらって、ボクらの時間を差し出しているんだよ。」



実際に私が寿司店のカウンターに座っていて、そこの常連さんにこんなことを言われたら、「へっ、老成した先達ぶっちゃって。えらそうに語りたがる人はごめんだな。」と煙ったくおもったかもしれません。
でも、このときはこの部分を読んでハッとしました。
食べ物に限らず、すべて私が好きなものたちはやはり“時間がかかっている”ものばかりだなぁ、と思ったからです。
オーラソーマというカラーセラピーもカラーセラピーの中では最も歴史が古いものです。
そして色を選ぶとき、単に色を選ぶだけでなく、ヴィッキーさんがそれを生み出すまでの歴史にも思いをはせたりする。
糸掛け曼荼羅や点描曼荼羅を描くときも、単に「絵を描く」とは違うものがそこにはある。
「曼荼羅って何?」「古くにはこう言われていたもので・・」という歴史やいわくに惹かれる。
チェロという楽器にもヨーロッパの歴史を思う。
キリム織にいたっては、ちくちくと膨大な時間がかかっているそれを織りあげた見知らぬ市井の女たちの歴史を思う。
かといって、調度品などにアンティークが好きというわけでもないんですが、でも少なくとも自分が趣味として「惹かれる」「好きだなぁ」というものたちはみな“時間の流れを感じさせる”ものばかりだなぁ、と思いました。



そうか・・
私はそれそのものというより、そのモノなりコトなりの背後に流れている時間を愛していたのか。
それにまつわる物語を愛していたのか。
そうだなぁ、そう言えるようなぁ、としみじみと思いました。



そして何も趣味やライフワークの事に限らず、人間関係にも同じことが言えるかもしれないなぁと思いました。
その人そのものが好きなのか、その人と共に過ごした時間を愛しているのか、もうよくわからない(笑)
とくに年季の入った夫婦ともなると、もうその人を異性として好きというよりは共に同じ時を過ごした、ということが愛おしくて一緒に居続けるだけかもしれないなぁ、なんて。



それにしても、アセンデッドマスターや天界には「時間」の概念がないと言います。
これまでもその概念についてはイマイチよくわからなかったり、特に憧れたりはしませんでしたが、今日はこの小説を読んで、ますます「時間」という概念は手放したくないものだ、とさえ思いました。
つまり天界の住民にはなりたくないなぁと。(そんなこと言われるまでもなく、天界のほうからお断りだわ!と言われそうですけど)
なんだかんだ言いながらも私は人間であることを愛しているんだなぁ、と思いました。