団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

クイックルワイパー

2020年11月27日 | Weblog

  カナダ留学から帰国して、教員採用試験を受けようとした。しかし日本の大学を出ていないと受験できないことがわかった。帰国する前にきちんと調べておくべきだった。しかたなく英語塾を開くことになった。当時まだ塾はそれほどなかった。あっても定年退職した元教員が自分の家で細々とやっているぐらいだった。地元にあった国立大学の講師がやっていた塾には大勢の生徒が通っていた。そこは集会場を借りていた。

 はじめ自宅でやっていた塾もだんだん生徒が増えたので、教室用に貸事務所を借りた。ある日老婦人が訪ねてきた。生徒は中学生と高校生だけだった。孫のことで来たのかと思ったが、様子が変だった。教室に入って来て、机や椅子や壁の桟を、スーッと指でこするように這わせた。そのたびに指を目に近づけていた。「汚い…」と小さな声で言った。やがて私を睨め付けるように見て、教室から出て行った。あとでこの女性が集会場で塾を開いていた大学講師の妻だとわかった。

 商売敵の私を偵察に来たに違いない。塾は他になく、独占状態だったところに、変な教員免許も持たない者が塾を開いた。当然生徒の奪い合いが始まる。競争の世界である。株の世界で言われるように、儲ける人がいれば、必ず損をする人がその影にいる。無尽蔵に客がいるわけではない。一定数の客の取り合いになる。公務員と違って、自営業者には月給と言う保証がない。生きるためには、自分で稼がなくてはならない。

 突然塾の教室に入って来て、指であちこち触って「汚い…」と言われたことは、大いに参考になった。私は、塾で英語を教えることだけに気が向いていたが、他にも大切なことがあると知った。あの講師の妻の行動は、不可解だったが教室をキレイにしておくことを彼女の謎の訪問から学んだ。

 妻はきれい好きだ。整理整頓も上手。私が散らかす端から、片付けてくれる。時々二人がかりで掃除する。先週の週末も大掃除まがいのことをした。このところ私は、風邪気味で頭痛に悩まされている。ダラダラとしていたかった。妻が「コロナには換気よ」と部屋という部屋の窓を開け放した。従うしかない。大きな掃除機は重い。一人が吸い込み口のある部分で掃除して、もう一人は、モーター部分を持ち、配線が邪魔にならぬよう吸い込み口担当の後をつける。一人でやるよりずっと効率よく掃除できる。

 大きな掃除機では掃除できない場所がある。戸棚の下、テーブルの下の込み入った場所、テレビの裏、物と物の隙間。大きな掃除機の他に我が家には、小さなコードレスの掃除機もある。しかしこの小さな掃除機でもキレイにできない場所がある。

 最後に使うのがクイックルワイパーである。これは凄い。ワイパーのモフモフは、黒いものを買った。これでこんがらがった配線が、ジャングルのようになったテレビの裏でもコスコス。戸棚の下の狭い空間、ソファの下、テーブルの脚の周り、ベッドの脇。スーッと差し込み、カシャカシャと動かす。クイックルを引き出す。黒かった先ちょのモフモフがホコリで灰色になっている。詰まった鼻水が、ひとかみでスッキリしたような、耳掃除で耳垢がきれいに取れたときのような気分。いい気持!

 50年近く前、クイックルワイパーがあったら、あの大学講師の妻に「汚い…」と言われなかったかもしれない。良い時代に生きていることを実感。

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