団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

冤罪

2010年07月28日 | Weblog
 集合住宅の正面玄関の番号が押される。その先の押された番号の部屋に、ほとんど原始時代の身支度の夫婦がいた。「ピンポ~ン ピンポ~ン」チャイムが鳴る。

 両腕の袖を大胆にもハサミで切り取ったパジャマ風の赤と青の風船が所狭しとプリントされた上下を着た妻が受話器をとる。嬉しそうに「宅急便だって」と腰を痛めて、固い椅子に座り普段と違って背筋を伸ばして、本を読む夫に言う。夫の腰は、妻の着物着付け用の赤い手毬模様の隠しコルセットで固定されている。宅急便! 夫は、このところ大好きな通信販売に何も注文を出してない。誕生日もすでに過ぎて一週間は過ぎた。おそらく誰かが何か送ってくれたのだろう。こんな瞬間は、どうしても頬の筋肉がだらしなく緩む。夫がこの身なりのまま、玄関で対応したら、宅急便のお兄さんは、気絶するか笑い出すだろう。妻があわてて嬉しそうに着替えて、判子を持って玄関で待ち構えた。

 夫の眼はもはや本の字を追っていなかった。何を送ってきてくれたのだろう?誰だろう?と空想にふける。でもずいぶん時間がかかっている。普段なら荷物を受け取って、判子を押して終わるのに。何やら話し声が聞こえるが、内容までは判らない。10分ぐらいかかった。とてつもない長い時間だった。

 戻った妻の手に荷物がない。玄関にそのまま置いてくるほど、そんなに重い物なのか。勝手な想像は留まるところを知らない。「荷物は?」「荷物じゃなかった。謝りに来たって言うんだけれど、話が良くわからないの。あなた、以前ヤマト運輸の人に窓から駐車の仕方悪いとか、車で植木の枝を傷めたと文句言ったことあるの?それから昨日ヤマトのコールセンターに駐車の仕方について匿名で電話したの?謝るというより上司に言われて、仕方なしに来たという、ふて腐れた感じだったけれど。きっとずいぶん叱られたのね」 夫は、妻の言っている意味がわからない。ぎっくり腰でずっとこんな状態で、どうしてそんなことできると言うのだ。変だ。理屈が通らない。なぜなら文句を言ったとか、電話を匿名でかけたとか夫の身に覚えがない会話を夫のいないところでされたことがどうしても腑に落ちない。

 夫は妻にヤマト運輸の人に下で待っていてもらうよう懇願した。妻は猛烈な勢いで外に出て行った。夫は「痛てて、ウッ」を連発しながら、赤いコルセットを隠せるようざっくりとした服に着替えた。中腰のおじいさん歩きで、ロボコップのようにエレベーターに乗り、下に急いだ。

 夫は、ヤマトの運転手と正面玄関の前で対峙した。証人喚問。まず聞いた。「あなたは妻に、私があの窓から顔を出して、文句を言ったと言ったそうですが、今私を良く見て、本当に私だったと言えますか?」と「Noかいいえ」を期待しながら聞いた。不自由な腰を回して、我が家の窓を指差した。現場検証。「ええ、あなたでした」が彼の答えだった。「ウソッ!私でありえない。私はお前に会っていない。私は、窓から顔を出したことがない。私は匿名でヤマトのコールセンターに電話していない」夫の訴えは、声にならない。これではラチがあかない。ヤマトの運転手は、勝ち誇ったように、エンジンを力いっぱい吹かして立ち去った。

 もちろん妻と夫とは、私たち夫婦のことである。いわれのない罪をきせられた。しかし無実であることを証明できない。唯一証明できるとしたら、警察に頼んで、コールセンターに私の携帯電話と固定電話の通話記録を調べてもらうしかない。関節炎が治ったと思ったら、ぎっくり腰になり、今度は冤罪か。このままこの問題を放っておいて解決するとは思えない。栃木の足利事件で菅家利和さんは、17年間無期懲役の判決で服役した。菅家さんの冤罪は、奇しくも最新のDNA再検査で無実と証明された。私の場合、裁判さえなく、科学的捜査も期待できない。真実は必ずある。小さなことかも知れないが、今回の件で冤罪はどこでもだれにでも起こりうることだと思い知った。

 猛暑日に熱帯夜、まだまだ私の試練は続きそうである。どうにも気が晴れない。集中力が続かない中、内田康夫の浅見光彦シリーズを読んで推理の仕方を学んでいる。もしかしたら、私の中に私の知らない私が潜んでいて、私の知らないうちに、私の知らない私がいろいろ行動しているのかも。恐ッ!
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