団塊的“It's me”

喜寿老(きじゅろう77歳)の道草随筆 月・水・金の週と火・木の週交互に投稿。土日祭日休み

横綱日馬富士 「暴力行為は犯罪です」

2017年11月29日 | Weblog

思い出深い日本人会

①    カナダ 

②    ネパール 

③    セルビア

①  ② ③ 世界のどの国にも日本人会があると思われる。“同邦”は、響きの良い言葉である。異国ではためく日の丸を見るのと同じ感動がある。しかし“同邦”は、都合の良いこと言葉でもある。同邦というくくりの中にも、異邦のくくりの中にも人間としてのあらゆる問題が内在する。

 日本の大相撲は、モンゴル人力士抜きで、その存在さえ危ぶまれるほどである。4横綱のうちナント3横綱がモンゴル人で占められている。いかなる職業に身をおくモンゴル人であっても、異国である日本に住めば、“同邦” である。大相撲の力士が、同邦を軸に集まるのは、日本人が異国で日本人会を立ち上げるのと同じ理由である。

 私が初めて経験した海外生活は、カナダであった。カナダには移民した日系1世から始まって、今では5世6世と代が進んでいる。日系の日本人会とは別に、日本から派遣された社員家族や私的理由で住む在留邦人が立ち上げた日本人会もある。両者の違いは、国籍と使用言語だと思われる。

 私は、やがて自分が人種では、英語でMongoloidモンゴロイドであるとカナダ人の会話の中で知った。白人の上から目線の人種感には抵抗を感じた。でも同じモンゴロイドであるアジア人には親近感を持った。人種の起源にまつわる好きな話がある。カナダのインディアンの昔話。神様は人間を焼いた土で作った。白人は生焼け。黒人は焼きすぎ。ちょうどよく赤く焼けたのがインディアン。インディアンも人種的には、モンゴロイドである。私は、「自分はモンゴル人と同じなんだ」と驚いた。白人は自分たちをCaucasian(コケイジャン)と言っていた。自分がモンゴロイドであると知ったことは、私の人種という大きなくくりを考える時に強い影響力を与えるようになった。100%ではないが、モンゴロイドの赤ちゃんは、“蒙古斑”が臀部に出る。私も出た。私の子どもにも出た。蒙古という名がついているという事は、あきらかにモンゴロイドの特徴の一つなのであろう。余談であるが、日本人が子どもをヨーロッパに病院に連れて行って診察を受けた。医者が子どもを診察すると臀部に青いアザがあり、幼児虐待だと警察に通報されたという話を聞いたことがある。またハンガリー人の一部の人にもこの蒙古斑が見られると知った。かつてジンギスカンの軍勢がヨーロッパまで侵略してその時の子孫が脈々と続いているらしい。人種の遺伝子に摩訶不思議さを強く感じる。今生きる人々のすべてが優勢遺伝子と劣性遺伝子との絡み合いの繰り返しの結果だと思うと畏敬の対象となる。

 横綱日馬富士が貴ノ岩に暴力をふるったことが連日大騒ぎになっている。事が起こったのが、巡業先の鳥取市の飲み屋だった。モンゴル出身のお相撲さんが集まって飲んでいた。ごくごく普通のことである。アメリカ人、フランス人、何人であれ、“同邦”の者は群れやすい。しかし群れの中には、必ず派閥が発生する。上に立とうとする者が出る。それをヨイショする者も出る。横綱、平幕という階級での差、世間のどこの大学を出た、会社の役職がどう、家柄が良い、男だ女だ、と気にする差と変わりない。

 相撲は世界最強の格闘技とまで言われている。日頃の稽古に加えて、神に奉納する儀式として儀礼規範でがんじがらめにすることによって、ただの闘いとは一線を画している。

 酒は人を変える。酒は人を素に戻す。日馬富士は、酒に酔って横綱という呪縛から解き放たれ素に戻ってしまった。東海道線のある駅にポスターがあった。「暴力行為は犯罪です」(写真参照) その通り。どんな理由があろうと暴力は犯罪なのである。

 


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