巣窟日誌

お仕事と研究と私的出来事

古い地名をあなどるなかれ

2005-09-15 15:15:21 | 日記・エッセイ・コラム
家の老朽化が著しく、これ以上は待ったなしで何らかの手段を講じなければならない。そこで午前中に地質調査をしてもらった。地質調査の方法については、この記事の趣旨ではないので省略するが、いわゆる「スウェーデン式サウンディング試験」だ。

地質については不安がある。近隣の高島平ほどではないにしろ、(それからディズニーランドのある舞浜あたりよりはずっと良いとはおもうが)、もともとこの地域一体は、それほど地盤は良くはない。

しかも地盤については、もうひとつひっかかることがあった。

わたしが住んでいる地域に、地図には載っていない「字名」(あざな)があることは、以前の記事「字名(あざな)と屋号」に書いたとおりだ。その記事の中で、わが家のある地区は門前東(もんぜんひがし)という名称で、谷津(やつ)という別名があることも書いた。

不安材料はこの「谷津」。「谷」や「さんずい」の漢字など、水と関係がある漢字を持つ地名は、かつては沼などが存在していて、ゆえに地盤が弱いことが多い。

入手可能な古い記録をみるかぎりにおいては、ここに池や沼などの水辺があったという証拠はない。しかし「"谷"の"津"」と呼ばれていたからには、この地名に何らかの根拠があるに違いない。そういえば、わが家の周りの道は昔ながらの道なのだが、この道は妙な形に曲がりくねっている。道が直線に走らず曲がっているのは、かつてそこに「何か」があって、そこをまっすぐ通れなかったからの可能性がある。そしてもしその「何か」が「谷津」の地名のもとになったものだとしたら…

調査の最初のほうを眺めていた母の話によると、やっぱりわたしの根性なみに軟弱だったらしい。少なくとも4mはフカフカ。ああ、近日中に手元にくるであろう、地質調査の報告書を読むのが怖い。

やはり昔の地名には理由がある。新しい場所に土地を買って家を建てようという方は、建てようとする土地の、古い地名を調べておいたほうが良い。また、わたしの住む町のように、もともと地図にも出ていないような字名が土地の状態を表していることもあるので、その周囲の地域がなんと呼ばれていたのかを、先祖代々そこに住む住人に、尋ねてみたほうが良いかもしれない。



庭のカリン(花梨)

2005-09-12 19:29:23 | 日記・エッセイ・コラム
chinese_quince

今年は豊作。

今は昔、わたしが成人式のときに、区が新成人の希望者にカリンの苗を配るというので、母が申し込んでもらってきたものだ。こんなに立派になりました…って、わたしも年をとるわけだ。

気をつけていないと、カリンの木には毛虫がつく。「あれれ、木のてっぺんの葉っぱがなくなっているぞ」と思ってから2~3日でカリンの木はみごとに丸坊主になり、そしてでっかい(6cm近くもある)オビカレハが、団体でゴニョゴニョと蠢(うごめ)いていて、「ギャー!」となるのである。別に毒はないのだそうだが、その様子を見ているだけで、全身がかゆくなってくる。

カリン酒は、セキに効く。喘息の友人に庭のカリンでつくったカリン種を持っていって、あとでたいそう感謝されたことがある。


「いつかはオリベッティ」だった

2005-09-08 18:42:32 | ガジェット/モノ
90年代の半ばのある日、弟がオリベッティ(Olivetti)のノートPCを買ってきた。

イタリアのオリベッティといえば、わたしの世代にはタイプライターのイメージがあった。大学に通っていた当時、大学生協には必ずタイプラーターのコーナーがあって、そこにはオリベッティとブラザーのタイプライターが展示してあったからだ。

Valentine大学生だったわたしが心から欲しかったのは、赤いValentine(ヴァレンタイン)で、これはエットーレ・ソットサス(Ettore Sottsass)がデザインにしたものだ。本体の美しさもさることながら、あの「バケツ」といわれた持ち運び用のケースが素敵だった。でもこれは貧乏学生には手が出ない値段だった。

Lettera第二希望としては、やはりオリベッティのタイプライターの基本、Lettera 32(レッテラ32)を考えた。こちらもこれもマルチェロ・ニッツォーリ(Marcello Nizzoli)がデザインした、Lettera 22のデザインを継いでいる機種だった。しかし、結局は財布や他の条件と相談してブラザーを買ったのだけれど。

さて弟が買ってきたノートPCは、ミケーレ・デ・ルッキ(Michele De Lucchui)のデザインしたEchos 20C。あのタイプライターのメーカーオリベッティが、いつの間にかPCメーカーとなっていたことに、たいそう驚いたものだ。

オリベッティのノートPCは、あの当時のサブノートとしては本当にオシャレだった。当時の雑誌には「オリベッティのノートは。操作性を多少犠牲にしてでも、デザインを優先する」と解説されたことがある。

Quaderno_33
PCメーカーとしてのオリベッティに対するわたしの憧れは、マリオ・ベリーニ(Mario Bellini)がデザインしたQuaderno 33に向かった。トラックボールに加えてテンキーつきの機種だった。

ノートPCのせまいスペースにつけたテンキーが使いやすいはずがない。しかし「あえてつけた」という、この心意気が大切だ。これに純正の皮ケース(!!)をつけて持ち歩くのがわたしの夢だった。(でも、貧乏OLにはやはり無理な値段だった。)

こんなふうに、デザイナーの名前が必ず一緒についてくるところが、いかにもオリベッティらしいところ。車の世界に「いつかはクラウン」というものがあるとすれば、わたしは「いつかはオリベッティ」だったのだ。

しかし、オリベッティはいつの間にかPC部門を売却してしまった。タイプライターについては、ヴァレンタインは復刻版が出ているので入手可能だが、わたしはタイプライターはそれほど使わないし、ましてや手動タイプライターは使えない。(左手の小指の力が極端に弱いので、手動タイプライターだと印字がムラムラになるのだ。)

わたしの「いつかはオリベッティ」は、永遠に夢となりそうだ。


「ネコ」ポリス その55

2005-09-07 14:57:25 | ノラネコ
昨年の夏はオスのキジトラが占拠していた濡れ縁を、今年の夏占拠したのは、このノラ。

cat_55a

「ネコ」ポリス その36ではキリリとしていたところを見せていた、通称「キリリ婦人」である。

このキリリ婦人は、出会った当時は普通の大きさのネコだったのだが、最近は近所でもっとも体の大きなネコになってしまった。この近辺のネコたちは皆小さくて貧相なので、よけい大きく感じられる。色が白いので膨張して実際よりも見えるのかもしれないが。

しかも、体が大きくなるにつれて、キリリとしたところがなくなり、怠惰な雰囲気が漂ってきた。いまや、元キリリ夫人の気をひこうと彼女の横を通っても、1度目は眠そうな目を向けられ、2度目以降は完全に無視される。彼女は朝から夕方まで、ひたすら濡れ縁でまどろんでいる。わたしをつりあがった険しい目で見つめた、あのかつての気迫はどこへ消えたのだろうか。

わが家に定住している貧乏神様の化身、または貧乏神様がのり移ったのだという噂もある。