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四十九日のレシピ

2013年11月26日 | 邦画(13年)
 『四十九日のレシピ』を渋谷TOEIで見ました。

(1)本作を制作したタナダユキ監督の前作『ふがいない僕は空を見た』がなかなか面白く、さらには永作博美が出演するというので映画館に行ってきました。

 主人公の百合子永作博美)は、夫・浩之原田泰造)に愛人がいることがわかると、捺印した離婚届を残して、故郷の実家に戻ります。
 そこには、つい最近妻の乙美を亡くしたばかりの父親・良平石橋蓮司)がいるものとばかり思っていたら、既に若い女の子のイモ二階堂ふみ)が上がり込んでいるではありませんか。



 乙美は生前、依存症の少女たちの更生施設でボランティア活動していましたが、そこにいたイモは乙美の世話を受けたことから、乙美先生の「四十九日」をやるためにやって来たと言うのです。
 良平と百合子は、わけがわからないまま、乙美が作成した「暮らしのレシピ」カードの中にある「四十九日のレシピ」に従って、大宴会を催すことにしますが、さてどうなることやら、………?

 本作については、それほどの事件が起こるわけでもなく、良い人がたくさん描かれているとはいえ、画面に余り登場しない人物ながら生前の人間関係を通じて浮かび上がる彼女の存在感が大きく、画面の隅々まで染み通り、全体としてほのぼのとした好ましい気分を味わうことが出来ます。

 永作博美は、夫との関係に悩む百合子の役を好演していますし、石橋蓮司はいつもながらの味わい深い演技。



 それに二階堂ふみは、日系ブラジル人のハルを演じる岡田将生と一緒になって、不思議な雰囲気を醸し出し、さらには、良平の姉・珠子を演じる80歳の淡路恵子の活躍も見られます(注1)。



(2)タナダユキ監督の前作『ふがいない僕は空を見た』の主人公・里見(田畑智子)と同じように、本作の主人公・百合子も子供がいないことで悩み、不妊治療をしたりした挙句、夫と上手く行かなくなり、故郷に戻ってきます。
 ただ、前作のようには、そのことが中心的に描かれているわけではなく、むしろ、突然父親・良平のもとに現れるイモとハルの不思議な印象の方が見る者に残ります。

 というのも、いくら生前に世話になったからといって、また生前に乙美先生から頼まれたとはいえ、突然、「四十九日」の準備のために若い女の子が、見ず知らずの家に上がり込んでくるものでしょうか(特に良平は、イモとは初対面なのです)?
 そして、イモは、戸棚からいとも簡単に「暮らしのレシピ」を探し出してきて、良平に見せたりするのです。



 また、乙美先生から譲り受けたという黄色いビートル(注2)に乗って現れるハルという日系ブラジル人も、イモの手伝いとしてやってきたとの触れ込みながら、誠に胡散臭い人物に思えます。
 なにしろ、途中で現れ、「四十九日」の直前に、良平に別れの挨拶もせずに立ち去ってしまうのですから(ビートルを百合子に譲った挙句に)。それに、日系3世にもかかわらず、ブラジル・ポルトガル語を余り発しもしませんし(尤も、岡田将生が演じているのですから仕方がありませんが)(注3)!

 ただ、それらのことは、制作者側もよく承知していて、劇場用パンフレット掲載の「Production Notes」には、「原作で描かれている“ハルとイモは生まれ変わりかもしれない”というファンタジー的要素は、映像化するにあたり、より地についた人間として脚色」と述べてあります(注4)。

 確かに、本作では、ハルも良平などと一緒のところが随分と描かれていますし、イモにしても、原作のように突然消えてしまうのではなく、仲間の女の子たちと一緒に良平の家から帰っていきます。 特に、原作の最後の方で、良平がイモとハルについてあれこれ考える場面が描かれていますが(注5)、本作にはそんなシーンはありません。

 まあ、色々と解釈できる余地を残して描かれていると言うべきでしょうか。

(3)下記の(4)で触れる評論家の前田有一氏は、「この映画は震災後にその影響を受けて企画されたもので、家族「以外」の絆によって癒される人々が主題として描かれている。それが2013年らしい家族映画だと、作り手はそういいたいらしい」が、「震災を経て日本人は、逆に家族至上主義へと回帰したのであ」り、「だから、2013年らしい映画をというのなら目指す方向が正反対である」と主張します。
 確かに、劇場用パンフレット掲載の監督インタビューにおいて、タナダユキ監督は、「(脚本の)黒沢さんから“人を救えるのは血のつながった家族だけではない”という話にすべきではないかという提案があり、賛成しました」と述べています。
 ただ、そうであるなら、本作は、2013年に必要な映画という意味で「2013年らしい映画」なのではないでしょうか?
 というのも、前田氏の言うように、現状が仮に「家族至上主義へと回帰」しているとしても、それをそのまま描くのではなく、そんな現状に対して「家族「以外」の絆」が必要だと映画が主張しているのは、「時代をみる大局的な視点が少々ずれている」ことに当たらないのではと思われるところです。

 もっといえば、前田氏は、日本が「家族至上主義へと回帰」したのは、「9.11で同じ方向に進んだアメリカ人のケースと同じ」であり、それは「ここ数年のハリウッド映画が家族大事大事といい続けているのを見れば誰でもわかる」とまで述べています。
 ですが、もしかしたら話しは逆で、「ここ数年のハリウッド映画が家族大事大事といい続けている」のは、家族の破壊が9.11以降より一層進んでいるからこそ、その現状を変更したいがためにそうした傾向の映画が沢山制作されているのではないか、とも考えられるところです。
 前田氏が、「人間はカタストロフィに直面すると血のつながりを求めるようにできている」のだから、「震災を経て日本人は、逆に家族至上主義へと回帰した」のだと大上段から決めつけてしまっているのは、あるいは、現状をありのままに見たくないからこそではないのか、「時代の先を見る目」が感じられないのはどちらの方なのだろうか、と思ってしまいます(注6)。

(3)渡まち子氏は、「父娘役の永作博美と石橋蓮司が共に味のある演技をみせるが、個性的な役をいつも絶妙に演じる若き演技派の二階堂ふみのハジケっぷりと、時折みせる寂しげな表情に注目だ」として60点をつけています。
 また、前田有一氏も、「女性監督らしく、細やかな人間観察によるエピソードが心に響くドラマだが、まだまだ不器用で細部が荒っぽいのと、時代をみる大局的な視点が少々ずれているので傑作になれずにいる、惜しい一本である」として60点をつけています。



(注1)最近では、永作博美は『八日目の蝉』で、石橋蓮司は『俺はまだ本気出してないだけ』とか『人類資金』で、二階堂ふみは『地獄でなぜ悪い』で、岡田将生は『謝罪の王様』で、原田泰造は 『アントキノイノチ』で、それぞれ見ました。

(注2)VW社の小型車(ドイツ本国での生産はすでに終了しましたが、ブラジルでは現地法人が「フスカ」という名称で生産を続けているようです)。

(注3)さらにいえば、ハルが日系ブラジル人であれば、その地にはブラジル人仲間がいたことでしょうから、良平の姉・珠子たちが習うとしたら、フラダンスよりも、むしろブラジルのサンバの方がふさわしいのではと思えるところです。でも、あるいは、ハルはその地で仲間を持っていないのかもしれません。

(注4)タナダユキ監督も、本文で触れるインタビューにおいて、「最初に脚本の黒沢久子さんと相談したのは、生身の人間が演じるからリアリティを大事にしようということ」だと述べています。

(注5)本作の原作は、伊吹有喜著『四十九日のレシピ』(ポプラ文庫)ですが、そのP.287では、イモが消えてしまったあと、良平が、「そうか、お前、鬼の扮装で現れたのか、たしか、何かの写真に一枚、鬼の格好したやつがあったな。お前、あの格好で来たんだな、ばれたら困るから。お前だったのか、乙美。そうか………そうだろう?」とつぶやく場面があります〔なお、「鬼の扮装」と良平が言うのは、本作と違って原作においては、イモはガングロ・ファッション(「極限まで日焼けしたと思われる褐色の肌に黄色い髪、目の周りを銀色の線で縁取った娘がそこに立っていた」P.12)で最初に現れたことに対応しています。また、乙美の鬼の写真については、P.220〕。
 また、ハルに関してもP.288で、良平は、「お前………お前も来たのか?違うか?姉さんのピンチに黙っていられずに。そうだろう?お前はやさしい子だからな」とつぶやきます〔ここの「お前」は、前妻で百合子の母親である万里子が産んだ第二子・ハルミ(流産したか死産だったようです。P.170)を指しています〕。

(注6)とはいえ、クマネズミは、映画に政治的なテーマを読み込んで、それを自分の政治的な立場から批判するといった姿勢は好みません。映画には様々なテーマがあふれていて、一方的に一つのテーマを持っていると決めつけることなど出来ない相談ではないかと思われるからです。




★★★★☆



象のロケット:四十九日のレシピ


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2 コメント

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Unknown (ふじき78)
2013-12-13 13:25:00
> タナダユキ監督の前作『ふがいない僕は空を見た』の主人公・里見(田畑智子)と同じように

永作博美か、二階堂ふみがコスプレして×××してくれたら好きな映画になったかもしれない。
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Unknown (クマネズミ)
2013-12-14 06:51:39
「ふじき78」さん、コメントをありがとうございます。
きっと、「ふじき78」さんだったら、永作博美や二階堂ふみのことを「ふがいない」奴と思うことでしょう!
でも、『麦子さんと』の堀北真希についておっしゃるように、「如何ともしがたいよなあ。社会は一定のルールで動いてるのだから」ということなのでしょう!
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