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隠された日記

2010年11月20日 | 洋画(10年)
 久しぶりのカトリーヌ・ドヌーブ出演作ということで、『隠された日記 母たち、娘たち』を銀座テアトルシネマで見てきました。

(1)物語は、カナダのトロントで暮らすオドレイ(マリナ・ハンズ)が、故郷アルカション〔ボルドーの西の大西洋岸にある小さな町〕に戻ったときから始まります。久しぶりに戻ってきた娘を駅で出迎えたのは父親だけ。家ではさすがに母親マルティーヌ(カトリーヌ・ドヌーブ)が出迎えるものの、よそよそしさが漂っています(再会した娘に対して、「仕事が忙しいのなら来なければよかったのに」などと母親は言うのですから!)。
 父親は、そんな二人の間に立って調整しようとしますが、余りうまくいきません。
 母親が自分に対して冷たい態度を取るのかなぜなのか、というのがオドレイの疑問ですし、観客にとっての疑問ともなります。
 そうこうするうちに、オドレイが、隣に建っている祖父の家〔祖父が亡くなってからは無人〕の中を片付けている最中に、台所の戸棚の奥から、祖母ルイーズ(マリ=ジョゼ・クローズ)が付けていた日記が見つかります。
 映画は、それ以降、この祖母を交えての話に広がります。
 といっても、祖母は、母親がまだ幼い頃(50年も昔)に家を出てしまって行方不明になっていますから、映像で登場しますが、オドレイの想像したものに過ぎず、顔つきは日記に挟まれていた写真のまま、行動も、日記に書かれていることからオドレイが頭に描き出しているものです。
 それでも、縛りを逃れ自由を求めて祖母は家を出て行ったのだな、自立した女性になるようにと祖母が母親に言ったことから、母親は医師になったのだな、などといったことが次第に分かってきます。としたら、仕事をしようとカナダに渡った自分に対して、なぜ母親は冷淡なのだろうか、と娘の疑問は深まるばかりです。

 とはいえ、ここで終われば、この作品は、女性の自立という観点から、祖母ルイーズ‐母親マルティーヌ‐娘オドレイの3代にわたる女性の姿を描き出したものと言えるでしょう。
 ただ、そうした作品ならば、これまで世の中に随分と出回っているのではないでしょうか?

 この映画は、そこにとどまらないで、さらにもう一つの事情を最後になって明らかにします。
 この点に関しては、下記の(4)でも触れるように、評論家の粉川哲夫氏が、「最後に明かされる事件は必要なかったのではないか?」と述べています。
 確かに、かなり前のことを今更持ち出すことにどんな意味があるのかと問われれば、黙るほかありませんし、なにより余りにも唐突なのです。
 ですが、自分の母親なのにマルティーヌはこれまでなぜ探そうとしなかったのか、少なくとも祖父の葬儀に際しては調査すべきではなかったのか、元々家出が明らかになったとき、決して貧しい家ではなかったのですから探そうとすれば簡単に見つかったのではないか、などなど変な感じが見ながらしていましたから、何かこうした落とし所でも持ち出してもらわないと、観客としては宙ぶらりんのまま映画館を後にせざるを得なくなります。

 この映画は、このほかにもオドレイの妊娠、生まれてくる子供の父親がカナダからオドレイの家までやってくる話、オドレイが母親マルティーヌにプレゼントする奇抜なドレス、などなど実に盛り沢山の話題が詰め込まれていて、それらを一つ一つ反芻しながら意味合いなどを考えたりすれば、さらに楽しく過ごせるでしょう。

 主演のカトリーヌ・ドヌーブは、還暦を過ぎて70に近いというのにその美貌は衰えてはいません。太ってはしまいましたが、それは貫禄を与え、存在感が一層増しています。
 実質的な主役である娘のオドレイを演じるマリナ・ハンズも、相当難しい役柄を実にうまくこなしていると思いました。

(2)この映画は、3代に渡る家族、それも女性を中心においた家族を描くという視点からすると、邦画の『Flowers』に類似するところがあるかもしれません。
 ただ、この邦画は、6人の女優の競演という色彩が強く、かつまた「女性とは子供を産んで育てること、家族を作り上げることが幸せなのだ」というメッセージ性が感じ取れるので、この2つを並べると違和感を覚えてしまいます。
 あるいは、最近DVDで見たフランス映画『夏時間の庭』(2008年)にも類似しているでしょう。祖母から長女(ジュリエット・ビノシュ)、それに長男の娘という流れが描かれており、長男の娘が最後に、祖母が長年暮らしていた邸宅が売却されるのを見て涙するところは、今回の映画でオドレイがルイーズのことを想うのとパラレルな関係なのかもしれません。
 ですが、この作品は、祖母から遺された財産の処分を巡っての話が中心となっていて、女性の自立という観点はあまり見ることはできませんので、類似性はそれほど意識されないところです。

 『隠された日記』は3代に渡る女性たちを描いているとはいえ、祖母ルイーズの姿は、娘オドレイが日記や写真から想像したものでしかありません。そいういことからすれば、やはり映画の中心は、母親マルティーヌとオドレイとの関係といえるでしょう。
 そこで、母娘の希薄な(むしろ対立する)関係という点を捉えると、むしろ、大森美香監督の『プール』(2009年)になんとなく似ているような気がします。
 『プール』においては、自分を祖母のところに置きざりにして、タイのゲストハウスで働く母親(小林聡美)の真意を問いただそうと、娘が母親のところにやってくるのですが、はかばかしい答えが得られないまま、その娘はまた日本に帰る、といったあってなきがごとしのストーリーが描かれています。
 娘の年齢が、今回の映画のようには高くないので、あまり“女性の自立”といった観点は強調されていない感じながら、母親がまさに自分の生き方を通そうとしていますから、その意識は強いと言えるでしょう。
 もう一つ上げるとしたら、『オカンの嫁入り』かもしれません。その映画では、母親(大竹しのぶ)と娘(宮崎あおい)とが、それぞれ抱える問題に相手がどう対応するのか、それによって2人の関係がどうなっていくのか、という点がじっくりと描かれています。
 今回の映画のように娘が家を飛び出してしまうことはなく、母親と娘は一緒の家に暮らしてはいるものの、ストーカーによって引き起こされたトラウマによって娘は家に閉じこもりがちですし、母親の方も自分の重大な病気のことを娘に告げてはいませんし、突然随分と年下の青年(桐谷健太)との結婚話を持ち出したりしますから、相互のコミュニケーションがうまく取れているとはいえません(前半では、娘は、いつも母親に腹を立てているように描かれています)。
 その関係の修復に寄与したのが桐谷健太であり、娘もいつまでも母親に頼ってばかりはいられないと、トラウマのために乗れなかった電車にも乗れるようになって、次第に自立の方向に向かっていきます。こう見てくると、この映画も、極めて日本的な枠組みの中ですが、今回の映画との共通項を探し出すことができるように思われます。

(3)映画では、隣家の老婦人との談笑中、オドレイが突然に、「竹下しづの女」の俳句、「短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎(すてっちまおか)」を口ずさむので驚きます。オドレイの高い教養を示唆しているのでしょうが、俳句の世界的な広がりを実感します。
 ちなみに、「竹下しづの女」〔明治20(1887)年~昭和26(1951)年〕は、福岡県稗田村(現:行橋市)生まれで、『ホトトギス』同人であり、上記の俳句は大正9年(1920)、作者34歳の時の作です。
 下記の評論家・粉川哲夫氏は、映画では「"Night is too short And what if I abandoned it..."」という台詞だと述べていますが、サンフランシスコ在住の俳人・青柳飛氏による訳、「short summer night ―shall I throw away a baby crying for my milk」の方がわかりやすいのではと思われます。
 としても、「須可捨焉乎(すてっちまおか)」と「shall I throw away」との間には、意味の把握だけでなく表記の違いという点からして、もの凄く大きな懸隔があるのだなと思ってしまいます(逆に、外国の詩の日本語訳にも様々の問題がつきまとうのでしょう)。

(4)映画評論家・渡まち子氏は、「切なくて衝撃的な事実を受け入れた時、母からも娘からも捨てられたと思いこむことで、心を武装して生きてきたマルティーヌは、初めて涙を流すことができ た。好感が持てない母親を演じるドヌーブが、さすがの貫録で上手さを見せる。謎解きを主眼にはせず、女性史を寡黙に語りながら、母と娘の小さな前進をみつめる物語として味わいたい」として60点を与えています。
 評論家・粉川哲夫氏は、「この映画は、50年代に自立を果たせなかった女性の娘が自立し、さらにその娘が両親への依存をはねのけて移住してしまうが、それが子供の母になりそうな事態に陥ったとき、単なる「自立」というコンセプトではうまくいかないことを描く。これは、大きなテーマであり、描きがいのあるテーマだ。しかし、それが最後までは追及されない」のであり、「かなりいい線で進むが、最後がつまらなかった」が、「「つまらない」というのは、それが終盤で急に推理ドラマに変容してしまうところである。50年代のフランスの女性の位置を批判的に描いているのはいいが、最後に明かされる事件は必要なかったのではないか?」と述べています。




★★★☆☆




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