
『マネーボール』を渋谷シネパレスで見ました。
(1)『ツリー・オブ・ライフ』では、出演している意味合いを余り感じなかったブラッド・ピットですが、今度の主演作はどうかなっと思って映画館に出かけてみました。
見る前は若干の不安はあったものの、本作におけるブラピは、その魅力を十分に発揮しているものと思いました。
前年の地区優勝決定戦では、いいところまで行きながらも敗退してしまった大リーグのアスレチックス(アメリカンリーグの西地区)は、来年に向けて選手補強しようとしたところ、有力選手が何人も、上位チームから高額で引き抜かれてしまい、このままでは大変な戦力ダウンとなってしまいます(貧乏球団のため、引き抜きに対抗できませんし、また力のある選手を補強出来るわけでもありません)。
そこで、同球団のGMのビリー(ブラピ)は、イェール大学で経済学を修めたというピーター(ジョナ・ヒル)を補佐として雇い入れ(注1)、その野球理論(マネーボール理論、あるいはセイバーメトリクス)に従って、選手の補強をしていきます(要するに、有力選手の抜けた穴を、何人かの選手―特定の指標から見れば優秀にもかかわらず、誰もその点を評価しないので、トレードの費用が安い―で埋めるというものです)。

シーズン当初は、GMらの方針がチーム内に浸透せずに負け続けるものの、ビリーの強気の姿勢が功を奏し、そのうちに連戦連勝し出し、あわや優勝というところまで行きつきます(注2)。
とはいえ、映画では、地区優勝決定戦で負けてしまうと、野球はそうした理論で割り切れるものではないとするマスコミ報道(注3)をなぞっているかの如くに描かれます。
ただその反面で、人間的な要素がすごく大事なことをも、映画はキチンと描いているのです。
例えば、ビリーは、出場する選手に向かって、「自覚はないだろうが、君らは優勝する!」と鼓舞したり、さらには一人一人に声をかけ、自分の考え方が浸透するように努めています。
また、自分が試合を見に行くとチームが負けてしまうというジンクスを大事にしていて、20連勝達成の試合でも、11点差があることがわかってはじめて野球場に足を運びます。ですが、その途端に、相手チームが点を取り出すのを見てとると、急ぎ選手控室に退散してしまいます(そのお陰かどうか、同点とされたにもかかわらず、その裏にホームランが飛び出し、アスレチックスは歴史に残る20連勝を達成してしまうのです)。
さらには、ビリーは、元は大リーガーとして将来を嘱望されながらも芽が出ずに、入団後10年ほどしてスカウトに転身したという過去があると設定されています。
ですから、チームの補強策を議論する会議において、スカウト連中が、口々に昔からの見方(ビリー自身が言われたこと)に従って補強すべき選手を言い出すと、そんなものは駄目だと一蹴して、ピーターの理論に基づく補強策を貫こうとします(注4)。
もう一つ大事なファクターがあります。ビリーは、離婚していて娘のケイシー(ケリス・ドーシー)ともたまにしか会うことができません。

でも、ビリーは娘に首ったけで、欲しがっていたギターを買ってあげたりします。ケイシーも嬉しさの余り、父親が求めるままに、買った楽器店でギターを弾きながら歌まで披露してしまいます。さらに、ケイシーが歌う歌が入っているCDが、ビリーの運転する車の中に流れますが、本作の一番の感動シーンです。

ただ、劇場用パンフレットは、野球の方面に傾斜し過ぎていて、元の妻シャロンと新しい旦那のがいる家にビリーが行って彼らと話す場面があるにもかかわらず、シャロンを演じる俳優(ロビン・ライト)の写真は一枚も掲載されていないのです。
そんなことはともかく、野球の話とそれ以外の話とがうまくマッチングして、全体としてなかなか優れている作品に仕上がっているな、と思いました。
ブラッド・ピットは、本作のプロデュサーの一人でもあり、4年も関与していただけのことはあって、随分と説得力のある演技を披露しています。
それと映画を見て初めて気が付いたのですが、あのフィリップ・シーモア・ホフマンが、アスレチックスの頑固な監督役を演じていたのには驚きました(注5)。
(2)この映画では、ビリーの斬新な球団管理手法(マネーボール理論)に目が行ってしまいます。
ただ、それは、このサイトの解説によれば、統計的な手法に基づく野球理論(セイバーメトリクス)とは違うとされます(注6)。
すなわち、ビリーが球団管理を行う上で一番重視するのはコストパフォーマンスであって、その観点からセイバーメトリクスを用いているに過ぎない、とされています(注7)。
おそらく、ジェイソン・ジオンビの抜けた穴を埋める際に、ピーターは出塁率の高い選手を選びだしますが、彼らの年俸が酷く安かったからこそ、ビリーはOKを出したのだと思われるところです。
いずれにせよ、ビリーは、ヤンキースの3分の1程度の予算ながらも、自分の考えに従って集めた選手を監督に委ねることによって地区優勝を遂げてしまうのですから、目を見張ってしまいます。
ただ、優勝決定戦という短期決戦ではそのやり方が通用しないのは、当然と言えば当然なのでしょう!なにしろ、地区優勝までの試合数は162であるのに対して、決定戦ではわずか5試合なのですから、前者では統計数値に近いものが達成されるにせよ、後者では別のファクターの影響の方が大きく出てしまうと思われますから。
(3)渡まち子氏は、「特に善人でもなく、かといって強烈な悪人でもない、むろんルックスの良さなど売り物にもしない、普通の中年男を演じるブラッド・ピットが新鮮で好感が持てる。離れて暮らす娘とのエピソードは、残念ながら物語に効果的に溶け込んでいるとは言い難い。それでも主人公が見せる、優しい父親の笑顔は、野球と家庭を愛する良きアメリカ人そのもの。そのことが、作品に温かさを加えている」として65点をつけています。
福本次郎氏は、「「夢」が動機の成功譚は胸を打つが「カネ」が動機では共感は呼ばない。それをわかったうえであえて感動的なシーンを省いた演出が非常にクールで、端正な映像とマッチしていた。現代のプロ野球界がいかにマネタリズムに蝕まれているかがよくわかる作品だった」として60点をつけています。
なお、前田有一氏は、「この作品は、誰もがもうだめだと思っていた弱小チームが、変化を恐れず新理論にすべてを委ねたおかげで旧勢力に勝ち上がる下剋上のお話。つまり今こそ変わるのだという、一種の革命ムービーである。そういえばどこかの国は今、変わろう変わろうとリベラリストに訴えて当選したリーダーが窮地に陥っている。そんな時代、国でいま、この企画が実現した理由をこそ、考えてみるべきなのかもしれない」として70点を付けていますが、相変わらず、映画を直接的に現実の政治状況と結びつけて見方を狭めてしまっているように思われます。
(注1)ピーターは、「野球で何を把握すべきか理解していない人が多い」、「金で選手を買おうとしているだけだが、しかし勝利こそを買うべきだ」などとビリーに向かって言います。
(注2)ビリーは、「俺は、この世界にずっと長くいる。目的は、記録ではないし、優勝指輪でもない。最後に勝たなければ何の意味もないのだ。我々が、この予算で勝てば世界が変わる。そこにこそ意味があるのだ」などとピーターに話します。
(注3)「アスレチックスは健全なチームではない」、「統計という奇策ではだめなのだ」など。
(注4)ビリーは、「おしゃべりばっかりだ。何が問題なのか分かっていない」とか、「ここでヤンキースの真似をしても勝てない」などと言います。
(注5)彼の出演作としては、『ダウト』、『パイレーツ・ロック』それに『脳内ニューヨーク』などを見ています。
(注6)セイバーメトリクスに関するこの論考も、興味深いものです。
(注7)同じことは、このサイトでも言われています(「『マネー・ボール』は普遍的な野球理論そのものではなく、少ないリソースでいかに効率よくチームの勝ち星を積み重ねたり、選手を採用したりするかという、経営戦略及び最適化の一つのアプローチを描いたドキュメントだ」)。
★★★☆☆
象のロケット:マネーボール
(1)『ツリー・オブ・ライフ』では、出演している意味合いを余り感じなかったブラッド・ピットですが、今度の主演作はどうかなっと思って映画館に出かけてみました。
見る前は若干の不安はあったものの、本作におけるブラピは、その魅力を十分に発揮しているものと思いました。
前年の地区優勝決定戦では、いいところまで行きながらも敗退してしまった大リーグのアスレチックス(アメリカンリーグの西地区)は、来年に向けて選手補強しようとしたところ、有力選手が何人も、上位チームから高額で引き抜かれてしまい、このままでは大変な戦力ダウンとなってしまいます(貧乏球団のため、引き抜きに対抗できませんし、また力のある選手を補強出来るわけでもありません)。
そこで、同球団のGMのビリー(ブラピ)は、イェール大学で経済学を修めたというピーター(ジョナ・ヒル)を補佐として雇い入れ(注1)、その野球理論(マネーボール理論、あるいはセイバーメトリクス)に従って、選手の補強をしていきます(要するに、有力選手の抜けた穴を、何人かの選手―特定の指標から見れば優秀にもかかわらず、誰もその点を評価しないので、トレードの費用が安い―で埋めるというものです)。

シーズン当初は、GMらの方針がチーム内に浸透せずに負け続けるものの、ビリーの強気の姿勢が功を奏し、そのうちに連戦連勝し出し、あわや優勝というところまで行きつきます(注2)。
とはいえ、映画では、地区優勝決定戦で負けてしまうと、野球はそうした理論で割り切れるものではないとするマスコミ報道(注3)をなぞっているかの如くに描かれます。
ただその反面で、人間的な要素がすごく大事なことをも、映画はキチンと描いているのです。
例えば、ビリーは、出場する選手に向かって、「自覚はないだろうが、君らは優勝する!」と鼓舞したり、さらには一人一人に声をかけ、自分の考え方が浸透するように努めています。
また、自分が試合を見に行くとチームが負けてしまうというジンクスを大事にしていて、20連勝達成の試合でも、11点差があることがわかってはじめて野球場に足を運びます。ですが、その途端に、相手チームが点を取り出すのを見てとると、急ぎ選手控室に退散してしまいます(そのお陰かどうか、同点とされたにもかかわらず、その裏にホームランが飛び出し、アスレチックスは歴史に残る20連勝を達成してしまうのです)。
さらには、ビリーは、元は大リーガーとして将来を嘱望されながらも芽が出ずに、入団後10年ほどしてスカウトに転身したという過去があると設定されています。
ですから、チームの補強策を議論する会議において、スカウト連中が、口々に昔からの見方(ビリー自身が言われたこと)に従って補強すべき選手を言い出すと、そんなものは駄目だと一蹴して、ピーターの理論に基づく補強策を貫こうとします(注4)。
もう一つ大事なファクターがあります。ビリーは、離婚していて娘のケイシー(ケリス・ドーシー)ともたまにしか会うことができません。

でも、ビリーは娘に首ったけで、欲しがっていたギターを買ってあげたりします。ケイシーも嬉しさの余り、父親が求めるままに、買った楽器店でギターを弾きながら歌まで披露してしまいます。さらに、ケイシーが歌う歌が入っているCDが、ビリーの運転する車の中に流れますが、本作の一番の感動シーンです。

ただ、劇場用パンフレットは、野球の方面に傾斜し過ぎていて、元の妻シャロンと新しい旦那のがいる家にビリーが行って彼らと話す場面があるにもかかわらず、シャロンを演じる俳優(ロビン・ライト)の写真は一枚も掲載されていないのです。
そんなことはともかく、野球の話とそれ以外の話とがうまくマッチングして、全体としてなかなか優れている作品に仕上がっているな、と思いました。
ブラッド・ピットは、本作のプロデュサーの一人でもあり、4年も関与していただけのことはあって、随分と説得力のある演技を披露しています。
それと映画を見て初めて気が付いたのですが、あのフィリップ・シーモア・ホフマンが、アスレチックスの頑固な監督役を演じていたのには驚きました(注5)。
(2)この映画では、ビリーの斬新な球団管理手法(マネーボール理論)に目が行ってしまいます。
ただ、それは、このサイトの解説によれば、統計的な手法に基づく野球理論(セイバーメトリクス)とは違うとされます(注6)。
すなわち、ビリーが球団管理を行う上で一番重視するのはコストパフォーマンスであって、その観点からセイバーメトリクスを用いているに過ぎない、とされています(注7)。
おそらく、ジェイソン・ジオンビの抜けた穴を埋める際に、ピーターは出塁率の高い選手を選びだしますが、彼らの年俸が酷く安かったからこそ、ビリーはOKを出したのだと思われるところです。
いずれにせよ、ビリーは、ヤンキースの3分の1程度の予算ながらも、自分の考えに従って集めた選手を監督に委ねることによって地区優勝を遂げてしまうのですから、目を見張ってしまいます。
ただ、優勝決定戦という短期決戦ではそのやり方が通用しないのは、当然と言えば当然なのでしょう!なにしろ、地区優勝までの試合数は162であるのに対して、決定戦ではわずか5試合なのですから、前者では統計数値に近いものが達成されるにせよ、後者では別のファクターの影響の方が大きく出てしまうと思われますから。
(3)渡まち子氏は、「特に善人でもなく、かといって強烈な悪人でもない、むろんルックスの良さなど売り物にもしない、普通の中年男を演じるブラッド・ピットが新鮮で好感が持てる。離れて暮らす娘とのエピソードは、残念ながら物語に効果的に溶け込んでいるとは言い難い。それでも主人公が見せる、優しい父親の笑顔は、野球と家庭を愛する良きアメリカ人そのもの。そのことが、作品に温かさを加えている」として65点をつけています。
福本次郎氏は、「「夢」が動機の成功譚は胸を打つが「カネ」が動機では共感は呼ばない。それをわかったうえであえて感動的なシーンを省いた演出が非常にクールで、端正な映像とマッチしていた。現代のプロ野球界がいかにマネタリズムに蝕まれているかがよくわかる作品だった」として60点をつけています。
なお、前田有一氏は、「この作品は、誰もがもうだめだと思っていた弱小チームが、変化を恐れず新理論にすべてを委ねたおかげで旧勢力に勝ち上がる下剋上のお話。つまり今こそ変わるのだという、一種の革命ムービーである。そういえばどこかの国は今、変わろう変わろうとリベラリストに訴えて当選したリーダーが窮地に陥っている。そんな時代、国でいま、この企画が実現した理由をこそ、考えてみるべきなのかもしれない」として70点を付けていますが、相変わらず、映画を直接的に現実の政治状況と結びつけて見方を狭めてしまっているように思われます。
(注1)ピーターは、「野球で何を把握すべきか理解していない人が多い」、「金で選手を買おうとしているだけだが、しかし勝利こそを買うべきだ」などとビリーに向かって言います。
(注2)ビリーは、「俺は、この世界にずっと長くいる。目的は、記録ではないし、優勝指輪でもない。最後に勝たなければ何の意味もないのだ。我々が、この予算で勝てば世界が変わる。そこにこそ意味があるのだ」などとピーターに話します。
(注3)「アスレチックスは健全なチームではない」、「統計という奇策ではだめなのだ」など。
(注4)ビリーは、「おしゃべりばっかりだ。何が問題なのか分かっていない」とか、「ここでヤンキースの真似をしても勝てない」などと言います。
(注5)彼の出演作としては、『ダウト』、『パイレーツ・ロック』それに『脳内ニューヨーク』などを見ています。
(注6)セイバーメトリクスに関するこの論考も、興味深いものです。
(注7)同じことは、このサイトでも言われています(「『マネー・ボール』は普遍的な野球理論そのものではなく、少ないリソースでいかに効率よくチームの勝ち星を積み重ねたり、選手を採用したりするかという、経営戦略及び最適化の一つのアプローチを描いたドキュメントだ」)。
★★★☆☆
象のロケット:マネーボール
またよろしくです♪
> 欲しがっていたギターを
> 買ってあげたりします。
まさか、ビリーもそのギターで娘がテツ&トモのような女芸人を目指してしまうとは・・・
こちらこそよろしくお願いいたします。
でも、「嘘」としても「テツ&トモ」では酷すぎます。せめて渡辺尚美くらいをあげていただかないと?!