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俳優 亀岡拓次

2016年02月24日 | 邦画(16年)
 『俳優 亀岡拓次』をテアトル新宿で見ました。

(1)評判が良さそうなので映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、映画の撮影現場。
 パトカーの音が聞こえる中、男(浅香航大)が振り向きながら歩いています。
 男は、ガードに入っていき、反対側から来た女子高生とぶつかります。
 その際、ポケットに入れていた拳銃が下に落ち、それを見た女子高生が叫び声を上げます。
 男は銃を拾って逃げ出しますが、刑事らがその後を追います。
 神社の中で銃撃戦となり、男は撃たれて石段から派手に転げ落ちて倒れ、さらに立ち上がろうとします。
 それを上から見ていた監督(大森立嗣)が、「はーい、カット。もう1回」、「撃たれたらスグに倒れろ。倒れ方がくどい」、「即死でいい。撃たれたら命は終わり」などと、無線で下の現場の助監督に伝えます。
 助監督が、演じている俳優にそれを伝えると、彼は「死んだ後でも動きたい」と言うものですから、監督は「亀岡の倒れ方を見せてやれ」と助監督に命じます。
 そこで助監督は、亀岡安田顕)(注)を連れて来て立たせて、「バン」と拳銃を撃つマネをすると、亀岡はいとも簡単にその場に倒れます。
 監督が了解し、助監督が「こんな風にアッサリと」と俳優に言って、再度撮り直しとなります。

 次いで本作の場面は、亀岡の行きつけのスナック「キャロット」(注2)。
 スナックのママ(杉田かおる)が「亀ちゃん、お帰り」と言うと、亀岡は「ただいま」と応じ、客が「どこに行っていたの?」と訊くと、亀岡は「三重です。戻ってから、都内で撮影がありました」と答えます。
 さらに、ママが「テレビ見たわよ。でも、あれってどうなるの?」と尋ねるものですから、亀岡が適当に答えると、客が「今日は何の映画?」と訊き、亀岡は「今日はTVです」と答えます。
 また、ママが「ちゃんと食べてるの?」と訊き、客が「ご飯を作ってくれる人がいれば」と言うと、亀岡は「そんな人がいればねー」と答えます。
 これに対して、ママは「そんな願望があるんだ」と言います。

 そんなこんなの亀岡が主人公となって本作は綴られていきますが、さあどんな風に話は展開するのでしょうか、………?

 本作は、映画、TVドラマ、そして舞台でひたすら脇役を演じ続ける俳優を主人公にした作品。と言っても本作は、脇役人生の悲哀を描くというよりも、むしろ、主人公と地方の飲み屋の若女将との悲恋物語をちょっとした軸にしながら、主人公が脇役として様々な作品でいかに活躍しているかを描いているようにも思え、なかなか面白く見ることができました。

(2)本作の主人公を演ずるのは、本作の主人公と同じように、実際にも専ら脇役を演じ続ける安田顕(注3)。



 クマネズミは、3年ほど前の『HK/変態仮面』で判別がついて以来、彼を注目するようになりましたが、それ以前でも映画の中で何回もお目にかかっているはず。
 脇役とは本来そうした目立たない存在なのでしょう(注4)。

 それでクマネズミは、本作が脇役を主人公とする作品と聞いて、例えばスーツアクターの生き様を描いた『イン・ザ・ヒーロー』のような、あまり日の当たらない俳優(注5)の人生の悲哀を描いたものではないかと密かに予想していました(注6)。

 ですが実際に本作を見てみると、亀岡の過去(どんな女性と関係があったのでしょうか?)とか、現在の生活ぶり(一体どのくらいの収入があるのでしょうか?)などは殆ど描かれず、私的な面は飲み屋での会話から伺えるに過ぎませんが、その際にも亀岡は殆ど愚痴をこぼしません(注7)。

 むしろ本作では、主人公が脇役として様々な作品でいかに活躍しているかを描くことの方に力点が置かれているように思いました。
 なにしろ、亀岡は、決して埋もれている俳優ではなく、ソコソコ知られており(注8)、劇団の看板女優・夏子三田佳子)からも頼りにされる存在なのです(注9)。
 それで、本作では、冒頭の映画を始めとして、亀岡が出演する6本の作品(うち1本は舞台)が描き出されます。
 といっても、本作を見ただけでは、それぞれの作品のタイトルはわかりませんし、全体のストーリーなどもわかりません(注10)。単に、亀岡が登場する場面の撮影風景などが描き出されるに過ぎません。
 でも、そんな中途半端なところが脇役の脇役らしいところでしょう。脇役は全体を構成するわけではなく、一部を担う存在に過ぎないのですから。

 ただ、そうした中途半端な脇役の亀岡が全体を担っている作品が一つだけあります。
 亀岡と、ロケ先の諏訪市にある居酒屋の若女将・安曇麻生久美子)との淡い恋物語です。
 偶然亀岡が入った居酒屋ですが、安曇が独り身だと聞き、また帰り際に「淋しくなったら、また飲みに来てください」等と言われて、亀岡は舞い上がってしまうのです。
 この安曇を巡るエピソードは、亀岡が出演する映画の中でのこととしては描かれてはおりません。
 でも、亀岡と安曇がダンスを踊るシーンが映し出されますし、亀岡が思い立って東京から諏訪に向かうときに使うのが、列車ではなくオートバイのカブであり、それも雨の降る中を進んでいく様子がわざわざ「スクリーンプロセス」という技法を使って映し出されたりするところからすれば(注11)、亀岡を主役とする一本の映画(こちらの場合は起承転結を伴っています)と見ることも出来るように思えます。



 本作は、一方で、脇役を主役とする作品であり、専らその脇役振りが脇役らしく中途半端に描かれるとはいえ、他方で、主役が主役として振る舞う物語がきちんと描かれる部分までもあるという、とても面白い構成になっているように思いました。

 なお、つまらないことですが、映画に登場するアラン・スペッソ監督の新作の撮影現場がラストの方で出てくるところ、まるで中東の砂漠まで出かけて行って撮影したかのような素晴らしさで、まさか浜松の中田島砂丘(注12)が中核になっているとは思いもよりませんでした!

(3)渡まち子氏は、「業界ものとして見ても面白いが、全員が主役ではなりたたない世の中の、脇にいる人間を応援しながら、それでも誰もが主役になれる瞬間が来ると励ましてくれる作品だ」として65点をつけています。



(注1)監督脚本は、『ウルトラミラクルラブストーリー』の横浜聡子
 原作は、戌井昭人著『俳優 亀岡拓次』(文春文庫)。

 なお、出演者の内、最近では、映画監督役の荒井浩文染谷将太は『バクマン。』、三田佳子は『の・ようなもの のようなもの』、映画監督役の山崎努は『日本のいちばん長い日』で、それぞれ見ました。 

(注2)その前に、京王線の電車の映像があり、車内放送で「次は調布です」と言っているところからすると、調布駅周辺の飲み屋街にあるスナックが想定されているのかもしれません(劇場用パンフレット掲載の「about Takuji Kameoka」によれば、亀岡は「西調布在住」とされています)。

(注3)安田顕は、最近では、『龍三と七人の子分たち』とか『新宿スワン』で見ましたし、またDVDで見た『映画 ビリギャル』においても、主人公のさやか(有村架純)が通う高校の担任教師役を演じていました。
 なお、この記事によれば、『HK/変態仮面』の続編が5月にも公開され、それにも安田顕が出演するとのこと。

(注4)劇場用パンフレットに掲載のエッセイ「〈昭和の名脇役〉表現者として格闘し続けた、プロの脇役たち」の中で、筆者の金澤誠氏は、「亀岡拓次に重ね合わせ」るのは石橋蓮司殿山泰司だと述べています。
 その亀岡を演じる安田顕と似たような存在として、クマネズミとしては渋川清彦が思いつきますが、彼も最近『お盆の弟』で主役、それも映画監督役を演じているのはとても興味深いことです。

(注5)もっと言えば、以前よく使われた「大部屋俳優」〔典型的には、『イン・ザ・ヒーロー』についての拙エントリの(2)でも触れましたが、映画『蒲田行進曲』に登場するヤス(平田満)〕の感じでしょうか。

(注6)なにしろ、その映画では、いくらスーツアクターが頑張ってみたところで、脚光を浴びるのは顔の出る主役の方だとは分かっていながらも、日々鍛錬をし続ける本城(唐沢寿明)らの姿が描かれているのです。

(注7)常識的には、こうした俳優は、飲み屋で監督や主役の悪口を言って気炎を上げたりするものではないでしょうか。
 なお、劇場用パンフレットに掲載の「Interview」において、横浜監督は、「生活感を出さない方が亀岡の謎めいた部分が膨らむので、最初の脚本段階では極力見せないようにしていた」云々と述べています。

(注8)例えば、スナック「キャロット」のママも、詳しくは覚えていないものの、TVドラマでの亀岡の出番について話をします。また、映画監督(新井浩文)が、映画のあるシーンにおける亀岡の演技について「最高です」と言ったり、さらにはスペインのアラン・スペッソ監督が亀岡を出演者に指名したりするのです。



(注9)尤も、亀岡は、「あなたは舞台向きじゃない。あなたの中に流れている時間は舞台の時間ではなくて映画の時間」などと夏子に言われてしまいますが。

(注10)劇場用パンフレットに掲載されている「Filmographies」には、6作品のタイトルや内容が記載されています。併せて掲載されている対談(横浜監督と原作者・戌井氏の)からすると、大部分は原作の中に書き込まれているようですが、一部(『鉛の味わい』)は横浜監督の手になるようです。

(注11)それも、律儀に約束を守るべく、途中で“おむつ”を履いてカブにまたがるのです。

(注12)劇場用パンフレット掲載の「Production Notes」の「ロケーション」によります。
 なお、中田島砂丘については、このサイトが参考になります。



★★★★☆☆





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6 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
話題 (まっつぁんこ)
2016-02-24 07:16:00
この映画は「ちょっと変わっていて面白い作品」です!
そのわりにあまり話題に上らず、観られていない。残念。
初めてTBがきてうれしかった(笑)
もっと多くの人に見てほしいもの。
Unknown (クマネズミ)
2016-02-24 07:30:17
「まっつぁんこ」さん、TB&コメントをありがとうございます。
おっしゃるように、本作は「もっと多くの人に見てほしいもの」ですし、さらには、もっと多くのブログで取り上げてもらいたいものでもあります。
Unknown (ふじき78)
2016-03-04 23:38:01
安田顕はまだ特徴的な顔なので、そんなに戸惑う事もないのですが、以前、「ユージュアル・サスペクツ」でケヴィン・スペイシーが有名になった時、後から「セブン」と「アウトブレイク」にも出てた事が分かって驚いた記憶があります。ケヴィン・スペイシーって物凄くどこにでもいそうな顔で、役で性格が全然違うから同じ人に全く見えなかった。
Unknown (クマネズミ)
2016-03-05 05:45:47
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
ケヴィン・スペイシーは、『アメリカン・ビューティー』でアカデミー賞主演男優賞をとったことから認知するようになりましたが、以降『ビヨンド the シー 夢見るように歌えば』くらいでしかお目にかかっておらず、未だ高齢でもないのに最近はどうしてしまったんだといつも訝しく思っている俳優です。
そういえば、アカデミー賞主演女優賞を6年前にとったナタリー・ポートマンも最近見ておりませんが、どうしたのでしょう?
単に、クマネズミが出演作を見逃しているだけなのかもしれませんが。
Unknown (ふじき78)
2016-03-05 21:47:04
こんちは。ケビン・スペイシーは全米大ヒットのドラマに主演してるらしいすよ。大統領になった男の選挙協力したけど、約束反故にされた男の政界復讐劇みたいなの。ドラマの一回目だけ無料試写を映画館でやるってチラシ置いてあるの見かけた(はなはだ曖昧な情報ですが)。
Unknown (クマネズミ)
2016-03-06 17:23:49
「ふじき78」さん、再度のコメントありがとうございます。
早速ネットで調べてみると、すでにプライムタイム・エミー賞を受賞している『ハウス・オブ・カード 野望の階段』の「シーズン4」がこの3月4日からネットで世界に配信されているそうですが、そして同日に日本でもNetflixでこれまでの分を見ることが出来るようになったそうですが、そのドラマでケヴィン・スペイシーは、主役を演じているとのこと(ゴールデングローブ賞の主演男優賞を受賞しているようです)。
町山智浩氏が「ものすごく過激」でハマっていると言っており、ソニーからDVDが2まで出されているらしいので、TSUTAYAで探してみることにします(『ダウントン・アビー』のようにTVで放映されればいいのですが)。
貴重な情報を誠にありがとうございました。

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