映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ハッシュパピー

2013年05月06日 | 洋画(13年)
 『ハッシュパピー バスタブ島の少女』を渋谷のシネマライズで見ました。

(1)カンヌ国際映画祭やアカデミー賞などで高く評価されたということで映画館に行ってみました。

 本作は、水没の危機に瀕した島で暮らす父娘の物語です。
 主役は、6歳の女の子のハッシュパピー。ママは、彼女が生まれるとすぐ立ち去ってしまい、そらからは酒飲みで体調を崩しているパパと一緒にバスタブ島で暮らしています。



 水没の危険があるということで、島にいた住民の大半は移住してしまいましたが、今でもわずかの住民が暮らしていて、時々学校の先生もボートでやってきます(注1)。
 そんな暮らしが、ある夜、ものすごい嵐がやってきて破壊されてしまいます。
 この父娘は一体どうなってしまうでしょうか、……?

 本作では、次第に水没しつつある島という厳しい現実が描かれますが、かなりファンタジックな映像が沢山出てきて(なにしろ、ラスコーの洞窟の壁画に描かれ現在は絶滅しているオーロックスという牛が登場するのですから!)、全体が現代のお伽噺になっているように思われます。ハッシュパピーの父親はどうやって所得を得ているのだろうかなどといった下世話なことを言い出さないで、彼女の奮闘振りを楽しめばいいのかなと思います。




 主役のハッシュパピーを演じたクヮヴェンジャネ・ウォレスは、史上最年少で主演女優賞にノミネートされただけあって、可愛さを売り物にするでもなく、また大人顔負けの演技を披露するわけではないものの(日本の売れっ子の子役によく見られるそうした嫌みが全くありません)、際だった存在感を醸しだしていて、さすが大した少女です。

(2)見る前に余り情報を持っていなかったものですから、物語の舞台は、地球温暖化現象によって水没しかかっているどこか太平洋の島々の一つかなと思っていたところ(注2)、島の遠景に大きな石油コンビナートが映し出されたり、登場人物が皆英語を話したりしていることから、アメリカ南部海岸らしいと朧気に分かってきます。
 ただ、南極や北極の氷壁が溶けて海に落ち込む映像が何回か挿入されたりしますから、島はやはり地球温暖化によって水没しかかっているように見えます。
 でも、アメリカ南部の海岸は、むしろ地球温暖化とは直接関係のない石油の採掘の進展などといった要因によって地盤が沈下している面もあるのではないでしょうか(注3)?

 よくわからなかったのは、どこら辺りに堤防が設けられているのかという点です。
 最初は、劇場用パンフレットの表紙に描かれている地図に記載されている点線が堤防の位置なのかなと思いました。
 ですが、そうだとしたら、地図に描かれているバスタブ島はその堤防の外側に位置しますから、嵐によって島が水没してしまうことはないのではないかという気がします(嵐によって引き起こされた高潮によって水没するかもしれませんが、それは一時的のはずで、暫くしたら水は自然に引くのではないでしょうか)。

 それに、ハッシュパピーの父親などが、決死の覚悟で堤防を爆破したら、どんどん水が引いてしまいました。ということは、堤防は、島よりもっと海の中に設けられているはずです。
 なんのために?島を水没から守るために?
 でも、襲ってきたのが猛烈な嵐だとしても(注4)、それによって水没してしまうような堤防なら、設けても意味がないのではないでしょうか?
 なんだかクマネズミには、ここらあたりに干拓地を作ろうとする事業によって(さらに石油コンビナートを拡大するためでしょうか)、島民が追い立てを食らっているようにしか思えませんでした。

 まあ、仮にそうだとしても、現代文明の進展によって、ハッシュパピーら島民による従来からの生活が破壊されるという構図は何も変わりませんが(注5)。
 とはいえ、本作はそんなエコロジー的な面よりも、むしろ、一人の小さな少女が父親の死を乗り越えて世界に立ち向かっていく成長譚と見てはどうかなと思いました(注6)。

(3)渡まち子氏は、「荒々しいカメラワークと繊細な音楽の対比も絶妙。絶望的な世界に屹立する小さなヒロインの雄雄しいシルエットと、心優しい野獣がおこした奇跡の神話は、生命力そのもの。心揺さぶる傑作だ」として90点もの高得点を付けています。
 また、前田有一氏は、「みる人を相当選ぶとは思うが、共感できる人は即お気に入りになるタイプの映画。もしあなたがその一人だと思うならば、ある程度作品世界を予習したうえで、思い切って見に行ってみてはどうか」として60点を付けています。



(注1)初めのうちは、ハッシュパピーらがなんだか森の中で原始生活を営んでいるような感じにもなりますが、例えば、父親が病院のリストバンドを付けたまま戻ってきたところからすれば、近くに現代の病院は設けられているようです。
 また、父親は、ハッシュパピーを連れて水路に入って、魚の捕り方を教えたりしますが、その際に使用するボート(何かの大きな箱を代用したもの)には、ちゃんとエンジンが付けられています(どうやって燃料を得ているのでしょう?)。

(注2)よく取り上げられるのはツバルですが、その地盤沈下の原因は、地球温暖化だけではなさそうです(例えば、このサイトの記事を参照)。

(注3)例えば、このサイトの記事によれば、「ニューオーリンズ市内の約80%のエリアは、海抜ゼロメートル地域であった。しかも、メキシコ湾での石油の採掘などが影響し、70年代から一貫して地盤が沈下しており、水害の危険性は非常に高かった」とのこと(P.3)。
 また、このサイトの記事によれば、「ルイジアナ南部の湿地消失量の約10%は,メキシコ湾沿海部における石油やガス探査や採掘用の人口運河ネットワークの開削に起因すると推定されている」とのこと(P.28)。

(注4)2005年にルイジアナ州ニューオーリンズ市を襲ったハリケーン・カトリーナのようなものすごい嵐だったのでしょうか(死者が1500人以上)。

(注5)堤防を爆破したことによって水が引いた島で暮らしていたハッシュパピーらは、強制的に立ち退かされて収容所に連れて行かれ、それどころか父親は、医師の診察で緊急の手術が必要だと、ベッドに寝かしつけられてチューブを取り付けられます。しかし、彼らはそんな収容所を脱出して元の島に戻ってしまうのです。
 こんなところは、本作の反現代文明的な立場によっているのでしょうが、それにしても、死んでしまった父親を、インドのガンジス川でよくみかけるような火葬にわざわざ付すこともないのではないでしょうか(父親の遺骸を積んだボートは、堤防で堰き止められた水路の中をどこに行き着くというのでしょうか)?

(注6)それも、決して一本調子ではなく、逃げ去ってしまったママを追い求める場面が何度も出てきます。最後には、ハッシュパピーは、仲間たちと一緒に、女たちがたくさんいるナマズ料理を出す店に行き着きます。ママらしそうな女が、彼女にワニ料理を出してくれますが、「あたしとパパの面倒を見てくれない」と頼むと、「あなたのパパを知らないから」と断られるものの、ハッシュパピーは思い切り抱いてもらいます(「ママに抱っこされた数を覚えている」などと言いながら)。
 それで吹っ切れたのでしょう、その店から戻る途中、巨大なオーロックスに追いかけられますが、ハッシュパピーはそれに立ち向かい、「あんたたちはヒマね、あたしは家族を守らなくちゃ」と言ってのけます。すると、オーロックスの方も立ち去ってしまいます(オーロックスは、ハッシュパピーの前に立ち塞がる厳しい現実を象徴しているのでしょう)。



★★★☆☆



象のロケット:ハッシュパピー