吉祥寺で「カムイ外伝」を見てきました。
この作品は、映画評論家の間では総じて評判が悪いものの、昨年10月に出版された法政大学教授・田中優子氏が著した『カムイ伝講義』(小学館)(注)を読んだこともあり、また『ウルトラミラクルラブストーリー』で主演の松山ケンイチが出演していることもあり、見に行ってきた次第です。
実際に映画を見てみますと、主演の松山ケンイチの動きが素晴らしく、相手役の小雪もかなり頑張っています。特に、剣戟の場面が全体のかなりの割合を占めていて、それが昔の時代劇のチャンバラ・シーンとはかけ離れたスピードとスケールで行われるものですから、最後まで息吐く暇がありませんでした。特に、ラストの伊藤英明との壮絶なアクション・シーンは出色です。
ストーリー的にやや難はあるものの、アクション・シーンの面白さから、娯楽映画としては及第点だなと思いました。
ですから、私としては、小梶勝男氏の論評に近いものを感じました。
小梶氏は、「忍者アクションとしてのレベルの高さに驚いた。カムイ役の松山ケンイチを始め、役者たちの動きが実にいい。ワイヤーワークも素晴らしい。日本映画では余り例がない凄いアクションではないか」と述べて73点を与えています(尤も、「スタッフは豪華だが、ドラマとしてはまとまりがなく、主役のカムイがどんな人物なのかすら、よく分からなかった」と述べていますが)。
ところが、他の映画評論家の見解はまるで違うようです。
特に、前田有一氏はこの作品に30点しか与えていないところ、まず「日本映画界の重鎮・崔洋一監督、そして日本一の人気脚本家・宮藤官九郎。……どう見ても彼らの得意分野とはズレたコンセプトによる映画化で、いずれも力を発揮できていない印象」で、彼らならば「たとえ一度も時代劇を撮ったことがなくてもそれなりのものは作れるし、手堅い脚本だって書けるだろう」が、「本作の場合は残念ながら裏目」に出ていると述べます。
ですが、元々、時代劇と現代劇のどこが違うというのでしょう。過去をタイムマシンで見たわけではないのでしょうから、どんな時代劇といえども現代の観点からしか作り得ないはずです。
それに、崔洋一監督は、俳優として『御法度』(監督大島渚)に近藤勇役で出演していますし、宮藤官九郎も『真夜中の弥次さん喜多さん』(2005年)の監督・脚本を手掛け、『大帝の剣』(2007年)に出演もしていますから、二人は決して時代劇の門外漢ではありません。
その上、この二人が協同して脚本を作り上げていますから、「どう見ても彼らの得意分野とはズレたコンセプトによる映画化」であり、「一流のスタッフをそろえても、不慣れなものを作らせればいいものはできない」とまで言うのは、誤った先入観に基づいているとしか言いようがありません。
続けて前田氏は、「唯一気を吐いていたのが、アクション監督・谷垣健治によるソードアクション」と述べますが、こうした書き方だと、アクション・シーンについては崔洋一監督が谷垣氏にすべて任せ切ってしまっているように受けとられますが、そんなことはあり得ないはずです。
とりわけアクション・シーンが多いこの映画においてそんなことをしたら、いったい崔洋一氏の役割は何だったと言うのでしょうか?
さらに、他の評論家の評価も総じてかなり低いものです。
福本次郎氏は、「差別される人々の心情を語ってこそカムイの渇望が表現できるはずなのに、中途半端なアクションシーンばかり繰り返され、肝心のカムイの怒りや苦しみが見えてこ」ず、「原作の読み込みが足りず完全な失敗作に終わってしまった」として、40点しか与えません。
渡まち子氏は、「消化不良のアクションだけが目につく時代劇」であり、「映画で描かれるそれは、CGやワイヤーアクションに迫力と工夫が足りない。特に渡り衆のサメ退治の場面のCGは苦笑を誘う。必殺忍法は、カムイの得意技・変移抜刀霞斬りなどが登場するが、もう少しバリエーションがほしかったところか」と、アクション・シーンについて小梶氏とは正反対の評価で、55点です。
山口拓朗氏は、この二人の論評を合わせたような見解で、一方において「この映画が、そんなカムイの逼迫した心情を描き切っているかといえば、残念ながら答えはノーだ」とし、また他方において「唯一の見せ場となるアクションは、決して完成度が高いとはいえないワイヤとCGが邪魔をして、失笑とツッコミを誘う滑稽なシーンも少なくない」として、評点は50点です。
以上からすると、この映画を評価する人もしない人も、ストーリーに難点があることではほぼ一致しているようです。
そこで、この映画の原作となった白土三平の漫画『カムイ外伝-スガルの島』(小学館)が、書店でちょうど売り出されていたので買って読んでみたところ、映画はこの漫画をかなり忠実に実写化していることがわかりました(福本氏は、「渡衆」と名乗るサメ狩り集団の「リーダーたる不動がカムイを始末するために派遣された「追い忍」に突然変ぼうするというあほらしさ」と述べていますが、コレは原作に従っているまでのことであって、スタッフに対して「原作の読み込みが足り」ないと叱責できるほどご自身で読み込んでいるとはとても思えません!)。
ただ、その結果、ヒロインは小雪とされているものの、松山ケンイチと小雪のラブシーンはなく、また、二人の格闘場面が何回もあるのに、ラスト近くになって小雪が漁民たちと一緒に簡単に毒殺されてしまうのは、いくら原作に忠実とはいえ見ている方は拍子抜けしてしまいます。
また、心境著しい佐藤浩市が殿様役として出演しているものの、原作と同様、存在感が乏しい役回りしか与えられていないのも残念です。
ですから、映画として見た場合、ストーリーに問題がないこともないわけです。ただ、漫画も、そしてそれに基づく映画も、その重点はアクションにあって筋立ての方にないのではと思えるところです。
それに、福本次郎氏は、「「」階級のカムイと、一応「人」の農民、権力を握る殿様。同じ赤い血が流れる人間なのに、生まれついた身分で運命は全く違ったものになる」が、「差別される人々の心情」が語られていないと述べていますが、そんな「心情」などこの映画の中でわざわざ語らずとも、時代背景として観客はよく承知しているのではないでしょうか(少なくとも福本氏は!)?
それよりなにより、この映画で追及されているのは、漫画では静止画の連続としか描けない剣戟シーンをあえて実写化して、スムースな動きとして捉えることではないでしょうか?
そのアクションについては、「CGやワイヤーアクションに迫力と工夫が足りない」との意見が多いようですが、崔洋一監督が力を込めて描いており、私としては小梶氏の言うように、素晴らしい出来栄えだと言いたいところです。
(注)全体としては素晴らしい出来栄えの田中氏の著書について、1つだけ問題点を申し上げると、そのp.327に「階級制度を捨てたかに見える日本には、まだ公式な階級制度が一つだけ残っている。天皇制だ。生まれたときから自らの身分と職務が決まっており、それに従って教育され、それに従って結婚し、それに従って生きる」云々とありますが、これでは「天皇制」と「天皇家」を同一視し、あまつさえ一家族が「階級」を形成するというとんでもないことになってしまいます(本書の基になった法政大学における講義については、Web版「カムイ伝から見える日本」で概要を読むことができます)。
この作品は、映画評論家の間では総じて評判が悪いものの、昨年10月に出版された法政大学教授・田中優子氏が著した『カムイ伝講義』(小学館)(注)を読んだこともあり、また『ウルトラミラクルラブストーリー』で主演の松山ケンイチが出演していることもあり、見に行ってきた次第です。
実際に映画を見てみますと、主演の松山ケンイチの動きが素晴らしく、相手役の小雪もかなり頑張っています。特に、剣戟の場面が全体のかなりの割合を占めていて、それが昔の時代劇のチャンバラ・シーンとはかけ離れたスピードとスケールで行われるものですから、最後まで息吐く暇がありませんでした。特に、ラストの伊藤英明との壮絶なアクション・シーンは出色です。
ストーリー的にやや難はあるものの、アクション・シーンの面白さから、娯楽映画としては及第点だなと思いました。
ですから、私としては、小梶勝男氏の論評に近いものを感じました。
小梶氏は、「忍者アクションとしてのレベルの高さに驚いた。カムイ役の松山ケンイチを始め、役者たちの動きが実にいい。ワイヤーワークも素晴らしい。日本映画では余り例がない凄いアクションではないか」と述べて73点を与えています(尤も、「スタッフは豪華だが、ドラマとしてはまとまりがなく、主役のカムイがどんな人物なのかすら、よく分からなかった」と述べていますが)。
ところが、他の映画評論家の見解はまるで違うようです。
特に、前田有一氏はこの作品に30点しか与えていないところ、まず「日本映画界の重鎮・崔洋一監督、そして日本一の人気脚本家・宮藤官九郎。……どう見ても彼らの得意分野とはズレたコンセプトによる映画化で、いずれも力を発揮できていない印象」で、彼らならば「たとえ一度も時代劇を撮ったことがなくてもそれなりのものは作れるし、手堅い脚本だって書けるだろう」が、「本作の場合は残念ながら裏目」に出ていると述べます。
ですが、元々、時代劇と現代劇のどこが違うというのでしょう。過去をタイムマシンで見たわけではないのでしょうから、どんな時代劇といえども現代の観点からしか作り得ないはずです。
それに、崔洋一監督は、俳優として『御法度』(監督大島渚)に近藤勇役で出演していますし、宮藤官九郎も『真夜中の弥次さん喜多さん』(2005年)の監督・脚本を手掛け、『大帝の剣』(2007年)に出演もしていますから、二人は決して時代劇の門外漢ではありません。
その上、この二人が協同して脚本を作り上げていますから、「どう見ても彼らの得意分野とはズレたコンセプトによる映画化」であり、「一流のスタッフをそろえても、不慣れなものを作らせればいいものはできない」とまで言うのは、誤った先入観に基づいているとしか言いようがありません。
続けて前田氏は、「唯一気を吐いていたのが、アクション監督・谷垣健治によるソードアクション」と述べますが、こうした書き方だと、アクション・シーンについては崔洋一監督が谷垣氏にすべて任せ切ってしまっているように受けとられますが、そんなことはあり得ないはずです。
とりわけアクション・シーンが多いこの映画においてそんなことをしたら、いったい崔洋一氏の役割は何だったと言うのでしょうか?
さらに、他の評論家の評価も総じてかなり低いものです。
福本次郎氏は、「差別される人々の心情を語ってこそカムイの渇望が表現できるはずなのに、中途半端なアクションシーンばかり繰り返され、肝心のカムイの怒りや苦しみが見えてこ」ず、「原作の読み込みが足りず完全な失敗作に終わってしまった」として、40点しか与えません。
渡まち子氏は、「消化不良のアクションだけが目につく時代劇」であり、「映画で描かれるそれは、CGやワイヤーアクションに迫力と工夫が足りない。特に渡り衆のサメ退治の場面のCGは苦笑を誘う。必殺忍法は、カムイの得意技・変移抜刀霞斬りなどが登場するが、もう少しバリエーションがほしかったところか」と、アクション・シーンについて小梶氏とは正反対の評価で、55点です。
山口拓朗氏は、この二人の論評を合わせたような見解で、一方において「この映画が、そんなカムイの逼迫した心情を描き切っているかといえば、残念ながら答えはノーだ」とし、また他方において「唯一の見せ場となるアクションは、決して完成度が高いとはいえないワイヤとCGが邪魔をして、失笑とツッコミを誘う滑稽なシーンも少なくない」として、評点は50点です。
以上からすると、この映画を評価する人もしない人も、ストーリーに難点があることではほぼ一致しているようです。
そこで、この映画の原作となった白土三平の漫画『カムイ外伝-スガルの島』(小学館)が、書店でちょうど売り出されていたので買って読んでみたところ、映画はこの漫画をかなり忠実に実写化していることがわかりました(福本氏は、「渡衆」と名乗るサメ狩り集団の「リーダーたる不動がカムイを始末するために派遣された「追い忍」に突然変ぼうするというあほらしさ」と述べていますが、コレは原作に従っているまでのことであって、スタッフに対して「原作の読み込みが足り」ないと叱責できるほどご自身で読み込んでいるとはとても思えません!)。
ただ、その結果、ヒロインは小雪とされているものの、松山ケンイチと小雪のラブシーンはなく、また、二人の格闘場面が何回もあるのに、ラスト近くになって小雪が漁民たちと一緒に簡単に毒殺されてしまうのは、いくら原作に忠実とはいえ見ている方は拍子抜けしてしまいます。
また、心境著しい佐藤浩市が殿様役として出演しているものの、原作と同様、存在感が乏しい役回りしか与えられていないのも残念です。
ですから、映画として見た場合、ストーリーに問題がないこともないわけです。ただ、漫画も、そしてそれに基づく映画も、その重点はアクションにあって筋立ての方にないのではと思えるところです。
それに、福本次郎氏は、「「」階級のカムイと、一応「人」の農民、権力を握る殿様。同じ赤い血が流れる人間なのに、生まれついた身分で運命は全く違ったものになる」が、「差別される人々の心情」が語られていないと述べていますが、そんな「心情」などこの映画の中でわざわざ語らずとも、時代背景として観客はよく承知しているのではないでしょうか(少なくとも福本氏は!)?
それよりなにより、この映画で追及されているのは、漫画では静止画の連続としか描けない剣戟シーンをあえて実写化して、スムースな動きとして捉えることではないでしょうか?
そのアクションについては、「CGやワイヤーアクションに迫力と工夫が足りない」との意見が多いようですが、崔洋一監督が力を込めて描いており、私としては小梶氏の言うように、素晴らしい出来栄えだと言いたいところです。
(注)全体としては素晴らしい出来栄えの田中氏の著書について、1つだけ問題点を申し上げると、そのp.327に「階級制度を捨てたかに見える日本には、まだ公式な階級制度が一つだけ残っている。天皇制だ。生まれたときから自らの身分と職務が決まっており、それに従って教育され、それに従って結婚し、それに従って生きる」云々とありますが、これでは「天皇制」と「天皇家」を同一視し、あまつさえ一家族が「階級」を形成するというとんでもないことになってしまいます(本書の基になった法政大学における講義については、Web版「カムイ伝から見える日本」で概要を読むことができます)。