映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

のんちゃんのり弁

2009年10月14日 | 邦画(09年)
 渋谷のユーロスペースで「のんちゃんのり弁」を見ました。

 この映画の監督の緒方明氏が以前制作した「いつか読書する日」(主演・田中裕子、2005年)が非常に素晴らしかったものですから、今度の作品も随分期待して見に行きました。

 映画を見ていますと、イロイロな疑問点が見つかります。
 例えば、あれほど独り立ちしたいと絶えず願っている主役の小卷(小西真奈美)が、働きに出もせずにどうしていい加減な男性と若くして結婚してしまったのかがヨク分かりませんし、また弁当屋を開く前にもかなりの数のお弁当を作っていながら(お米を相当使っているはずです)、その材料費は誰が賄っているのか(時々は代金らしきものをもらっているようですが)不思議に思えました。

 とはいえ、そういった疑問を持ちながらも、マアそんなこともあるのかなと余り躓かずに通り過ぎることはできます。ただ、見終わってしまうと、全体としてあまりにも単純で常識的な映画で、様々の要素が重なり合って描かれている「いつか読書する日」のような作品を期待していただけに、かなりがっかりしてしまいました。

 もちろんこの作品はコメディで、シリアスな内容の「いつか読書する日」とは性格を異にしています。ですから、小梶勝男氏が言うように、「喜劇には達者な役者も欠かせないが、小巻の母親役の倍賞美津子、居酒屋の主人の岸部一徳、小巻の幼なじみの村上淳、ダメ亭主の岡田義徳らが、自然に下町の風景に溶け込んでいて、物語もテンポよく進む。緒方明監督の演出は非常にバランスがよく、見せたいところは思い切りよく見せ、大袈裟になるぎりぎり手前で抑制する。押し引きの呼吸がとてもいい」とは、私も思いました。
 ですが、どこまでも手堅く手堅く制作されているがために、コメディのもつ破壊力・爆発力といったものは失せてしまっていて、その意味でもつまらなかったといえます。

 どうしてこんなことになってしまったのかを探るべく、原作の漫画を読んでみました(注)。
 すると、「女の子ものがたり」のように、映画制作にあたって著しく改変した点がほとんど見当たらないのです(小巻の弟夫婦までもお母さんの家に入り込んでくるといる話が省略されていたりはしますが)!

 なにより、「ととや」の主人(岸辺一徳)が言うキメの言葉(「「家で食うのとかわんない」なんていわれちゃ、お金取れませんから」とか「あちこち食べ歩いてごらんなさいよ。まだまだ奥さんの知らなかった「感動の味」ってのが見つかるよ」など)は、ほとんど漫画に出てくるのです。

 ただ、主人公の小巻が作るお弁当の扱い方が違っています。
 映画では、4層~6層にもなる超豪華な「のり弁」が何度も大写しになります。他方、漫画に登場するのり弁はごく普通のもので、それもそんなに数多くの画面で登場するわけではありません。
 そこで、監督の意図したところかどうか分かりませんが、この映画の陰の主役はこの「のり弁」なのでは?そしてそういった辺りから、この映画についての評価を考え直してみたらどうでしょうか。

 福本次郎氏は、この映画については、「のり弁」に関してだけ論評して、「お惣菜としてではなく、ご飯そのものにさまざまな具材を混ぜ込み、栄養のバランスを取ろうとするお弁当。表層は海苔が敷き詰められているために見た目の美しさはないが、断面は色も種類も違う混ぜご飯が幾層にも重なってそれぞれのうまみを引き立てあう「小巻風のり弁」は、子役俳優が食べている姿を見ているだけでよだれがわいてくるほど」と述べています。
 当初、この論評では、「キャデラック・レコード」に関し福本氏がタバコに拘ったのと同じことになるのではと思いましたが、もしかしたらこういう態度こそがこの映画についてはふさわしいのかもしれません!

 なお、こうした「のり弁」を考案したのはフードスタイリストの飯島奈美氏で、なんと『かもめ食堂』や『めがね』、『南極物語』や『プール』の料理をも手がけているのです!
 劇場用パンフレットには飯島氏の話が掲載されていて、そこには「原作のマンガ通りに作ることを心がけました」とありますが、映画の画面でお弁当の「断面をくっきり見せる」ために様々な工夫を凝らしているようで、その結果あのような超豪華「のり弁」になったのでしょう。


(注)4巻の単行本は絶版でしたが、映画の公開にあわせて「新装版」(上下)が刊行されました。ただ、それは3巻までを収録しているに過ぎません。映画に関係するのは3巻までですからソレでもかまわないわけですが、念のためネットで探してみましたら、「eBook」から出ていることがわかり、はじめて電子書籍というメディアを使って4巻目も読んでみました(400円)!目が疲れるのではないかという先入観があったものの、以外と読みやすいので驚きです。