【10月16日 AFP】
【「本物の停戦が始まった」】
ウクライナ東部の情勢については、10月5日ブログ“ウクライナ東部 「かつてないほど和平に近づいているように見える」 プーチン大統領の思惑は?”(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20151005)でも取り上げましたが、そのときのタイトルにもあるように、戦闘の停止、緩衝地帯からの戦車と軽火器引き揚げなど、鎮静化の流れにあります。
その流れは今も基本的には変わっていないようです。
親ロシア派は、先の4者首脳会談が中止を求めていた独自選挙を延期することを発表しています。おそらくロシアの影響力行使があったものと思われます。
****ウクライナ東部、親ロ派が独自選挙を延期 代表が合意****
ウクライナ東部2州の一部を支配する親ロシア派武装勢力は6日、今月18日と11月1日に支配地域で予定していた独自の選挙を来年2月に延期するとの声明を発表した。
ウクライナのポロシェンコ大統領、メルケル独首相、オランド仏大統領とロシアのプーチン大統領が2日、パリでの4者首脳会談で中止を求めることで一致していた。
「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」を名乗る親ロシア派のそれぞれの代表がベラルーシの首都ミンスクで会談し、延期で合意したという。
独自選挙を2月の停戦合意違反だと批判していたポロシェンコ氏は6日、自らのフェイスブックで「東部にウクライナ(の支配)が戻る第一歩だ」と延期を歓迎。一方、親ロシア派の声明は支配地に特別な地位を与えることなどウクライナ側が2月の合意を守るようクギを刺した。
ロシアのペスコフ大統領報道官によると、プーチン氏は4者会談で、選挙中止をめぐって親ロシア派と協議はするものの結果は保証できない、としていた。【10月7日 朝日】
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こうした情勢に、ウクライナのポロシェンコ大統領は「本物の停戦が始まった」とも。
****ウクライナ大統領、「本物の停戦が始まった」****
ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領は7日、同国東部で「本物の停戦」が始まったと述べた。一方で親ロシア派との長期的な和平にはまだ時間がかかるとの見通しを示した。
ポロシェンコ大統領はテレビで放送された演説で「一発も銃弾は発射されていない。(とはいえ)これはまだ平和ではない。まだ戦争は終わっていない」と語り、「終戦は、ウクライナの全ての国土が、敵であり占拠者であり侵略者である者たちから解放されたときに訪れる。とはいえ、現状はただの一時的な停戦ではない──本物の停戦だ」と述べた。演説は、キエフ(Kiev)の軍事訓練学校の学生らを前に行われた。
前日、親ロシア派は、数週間以内に行うとしていた地方選挙を来年まで延期することを表明した。ドネツクとルガンスクでの選挙の具体的な日程はまだ決まっていない。
ウクライナ軍は6日、ルガンスクとの境界から戦車の撤退を開始。
ルガンスクの親ロシア派の広報担当者は露タス通信(TASS)に対し、親ロシア派側も小型の兵器を境界から15キロ離れたところまで移動させたと語った。より規模が大きく好戦的なドネツクの親ロシア派も、10月18日から戦車や小型兵器の撤退を始めると表明している。
「武器撤退の合意と停戦により、万事うまくいけば、継続して交戦のない状態がもたらされるだろう」とポロシェンコ大統領は語った。【10月7日 AFP】
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【「事件でのロシアの役割について臆測はしない」】
もちろん懸念材料がない訳ではありません。
ウクライナ東部で昨年7月、アムステルダム発クアラルンプール行きマレーシア航空17便(ボーイング777型機、乗員乗客298人)が墜落した原因調査を主導するオランダ安全委員会は13日、「地対空ミサイル『 Buk ( ブク )』に撃墜された」と断定する最終報告書を公表しました。
「ブク」はロシア製ミサイルですが、誰が発射したかについては特定していません。
“オランダのルッテ首相は「事件でのロシアの役割について臆測はしない」とコメントする一方、犯罪捜査を継続し、責任追及を続ける考えを強調した。オランダ司法当局は安全委とは別に2016年初めにも捜査結果を公表する予定。”【10月13日 時事】
ウクライナ政府をはじめ欧米側は、親ロシア派による犯行と断定していますが、親ロシア派・ロシアはこれを否定しています。
****オランダ調査は「偏向」=ミサイル「ウクライナ保有」―ロシア****
ロシアのリャプコフ外務次官は13日、ウクライナ東部のマレーシア機撃墜事件に関するオランダ安全委員会の調査報告書について「政治的な注文を遂行する試みであることは明らかだ。偏向している」と批判した。
ラブロフ外相も「多くの不審点がある」と疑問を呈した。最終報告書は「実行犯」に踏み込んでおらず、ロシアとウクライナの非難合戦は今後も続きそうだ。
ロシア軍需企業アルマズ・アンテイ社は13日、機体の破損状況から、「ブク」地対空ミサイルは「親ロシア派ではなく、ウクライナ軍の支配地域から発射された」とする独自調査結果を発表した。
また、使用が疑われるミサイルの型番はソ連時代の1986年を最後に製造しておらず、ロシア軍は2011年から配備していないと説明。ミサイルはウクライナ軍が保有していたと指摘し、「ロシアから持ち込まれた」という欧米やウクライナの批判をかわそうとしている。
昨年7月の撃墜事件当時、ロシア国営メディアは「親ロ派がウクライナ軍のミサイルを奪取した」「親ロ派がウクライナ空軍機を撃墜した」と戦果を誇示していた。ロシアはこうした経緯には口を閉ざしている。
最終調査報告書を受け、親ロ派「ドネツク人民共和国」幹部は「事件当時、ブクミサイルは持っていなかった」と強弁した。ウクライナのポロシェンコ大統領は「マレーシア機は、ロシアに占領された地域からロシア製兵器で撃墜された」と非難した。【10月14日 時事】
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責任問題は、ウクライナ政府と親ロシア派の対立を再び激化させかねない懸念材料のひとつです。
犠牲になった多くの方々・遺族には納得できないところでしょうが、ようやく沈静化してきた今の微妙な段階では、親ロシア派をあまり追い詰めるような議論は敢えてせず、責任問題を先送りするというのもひとつの見識でしょう。
衝突が皆無ということでもなく、親ロシア派からの発砲で1か月ぶりの犠牲者もでたようです。
ただ、見方を変えれば、1名犠牲者が出たことがニュースとなる状況は、8000人以上の死者を出した以前の戦闘状態の時期に比べると様変わりしているとも言えます。
****ウクライナ、1か月ぶり戦死者 「親ロシア派発砲で兵士死亡」****
2015年10月15日 10:01 発信地:キエフ/ウクライナ
ウクライナ軍は14日、同国東部で親ロシア派武装勢力の発砲により兵士1人が死亡したと発表した。同国軍に戦死者が出るのは1か月ぶり。分離独立を目指す東部と政府軍との間で結ばれたばかりの停戦合意は、最大級の試練を迎えている。
首都キエフの軍当局によると、東部の親露派が一方的に「首都」と宣言しているドネツクの北郊アウディーフカの南に配備されていた軍部隊に対し、親露派が発砲した。
ウクライナ軍は声明で「無法者らはいつもの挑発で止まらず、銃身付き自動擲弾銃で発砲してきた」「兵士1人が死亡し、2人が負傷した」と述べている。
ウクライナ政府と親露派勢力は9月1日、新たな停戦合意を結んだ。これにより、1年半にわたり8000人以上の死者を出した同国東部での戦闘は鎮静化していた。【10月15日 AFP】
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【戦闘の再開を待つか、市民としての生活に戻るか、あるいは内戦下のシリアに向かうのか】
懸念材料がない訳ではありませんが、概ね鎮静化の流れが継続しているウクライナ情勢を今日また取り上げたのは、下記の記事が興味深かったからです。
戦闘の鎮静化で、ロシアからの「義勇兵」を含む親ロシア派戦闘員が「暇を持てあましている」とのことです。
****ウクライナ親露派、次はシリアへ?停戦で「暇もてあます」戦闘員****
ウクライナ東部の戦闘が鎮静化するなか、親ロシア派反政府勢力の戦闘員らは、今後の選択肢について考えを巡らせている──戦闘の再開を待つか、市民としての生活に戻るか、あるいは内戦下のシリアに向かうのか。
「戦闘がなくなってしまい、暇をもてあましている者もいる」と、トゥロク(「トルコ人」の意)と呼ばれる戦闘員はAFPに語った。「知り合いからは、もっと暖かいシリアへ行けと促された」
欧米諸国とウクライナ政府は、親露派武装勢力がロシアの支援を受けていると主張している。政府軍と親露派の18か月にわたる戦いは、9月上旬に新たな停戦合意が交わされたことにより、突然の休止を迎えた。
その後、ロシアは長く同盟関係にあるシリアのバッシャール・アサド政権の要請を受け、同国領内で空爆作戦を開始。
ロシア政府は、この作戦の標的はイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」だと説明しているが、欧米諸国は、追い詰められたアサド政権を助ける狙いがあると主張している。
そして今、ウクライナの戦闘員の一部は、シリアの前線で戦うことを検討していると話している。こうした戦闘員の多くはロシア出身で、同国政府が言うところの「義勇兵」たちだ。
トゥロク氏によれば、多くの戦闘員がロシアの軍事介入を支援するために、ウクライナ東部からシリアへ向かったという。
■「大規模」なシリア出征はない
親露派の戦闘員がシリアへ向かったという情報は、ウクライナ東部の独立を一方的に宣言した分離派の「政府」からも、独立した情報筋からも確認されていない。
ロシアは、アサド政権の政府軍と共に戦う地上部隊を派遣する可能性を否定し、当面は空爆のみを実施する方針を示している。
だがロシア下院のウラジーミル・コモエドフ国防委員長は12日、インタファクス通信に対し、ウクライナ東部の親露派志願兵たちが今後、シリア政府軍と共に戦うことになる可能性は「非常に高い」と、インタファクス通信に語った。
だがウクライナから戦闘員が大挙してシリアへ向かっているという噂に懐疑的な声もある。
ロシアの軍事アナリスト、パベル・フェルゲンハウエル氏は、分離派戦闘員の一部がシリアへ渡航したとしても、その数は「大規模」ではないはずだと語った。
「イデオロギー的な理由から(イスラム教で多数派の)スンニ派と戦うためにシリアに行く(同少数派の)シーア派がウクライナ東部いる可能性は低い」と同氏は言う。
ウクライナ東部からの雇い兵は、シリアでは「中東紛争の当事者全てから嫌われている、キリスト教の十字軍」とみなされるのだという。
■「FSBはここを離れない」
ロシアによるシリア空爆は、ロシアメディアのウクライナ紛争の報道に影を落としている。ロシアメディアは、数千キロ離れた場所で政府が行う空爆の報道に何時間も費やすようになった。
分離独立派の兵士たちは、ロシアからの経済的、軍事的支援が減っていると認めているが、ロシア軍の将校たちはまだウクライナ東部にとどまっている。
「もはや衝突はなく、多くの兵士は酒を飲み始めた」と、親露派戦闘員のアンドレイさん(42)は言う。「ロシア人は停戦の合意内容を履行するために秩序を回復しようとしている。だが、誰もこれを喜んではおらず、軍を去った者もいる」
「FSB(ロシア連邦保安局)のメンバーはここを離れようとしない」と、彼は言う。「戦闘が再開するかもしれないということだ」【10月15日 AFP】
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ロシア政府が「義勇兵」を組織的大量にシリアに送り込むというのは、国際的関心の的になっているシリア情勢を考えると、あまりありそうにはないようにも思えます。
(ロシアが「義勇兵」を送り込まなくても、イランの革命防衛隊などから地上軍は供給されているようでもありますし)
その話はともかく、戦闘が落ち着き始めたとき、戦闘員をどのように処遇するのか(武装解除や、今後の生活設計など)・・・というのは、その後の平和にとって大きな問題です。
紛争が長引くほど「戦闘しか知らない」「普通の生活に戻れない」戦闘員が多数存在し、そうした者は「和平」を望まず、戦闘が継続することを望みます。そのことが和平実現の妨げともなります。
ウクライナ東部の場合は、そこまで長期化している訳ではありませんが、「義勇兵」として参戦している者には、ある意味「戦闘依存症」のような状態にもあり、常に戦いを求めている・・・ような者も多くいるのではないでしょうか。
14日に1か月ぶり戦死者を出した発砲事件も、そうした「暇を持て余した」戦闘依存症にあるような者が引き起こしたものかも。
“戦闘の再開を待つか、市民としての生活に戻るか、あるいは内戦下のシリアに向かうのか”・・・ぜひとも“市民としての生活に戻る”方向で進んでもらいたいものです。
「義勇兵」はロシアに帰ればすみますが、ウクライナ東部出身の戦闘員にとっては、戦闘で崩壊した経済の立て直しが“今後の生活設計”には不可欠です。
停戦が真の和平につながるためには、自治権に関する政治問題と併せて、崩壊した東部経済をどのように復興していくかということも重要な課題となります。
財政的に窮地にあるウクライナ政府にとっても、東部経済の復興は死活的に重要な問題です。
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